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大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの会長と一般社団法人組織・人能力開発研究所の代表理事をしている 大谷光彦のブログです。

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社員のモチベーションについて(前編) 

人材の仕事の質は結局のところ社内の“人材”の質によって決まります。社員の質を決める中で、最も心を砕く価値があるのは「モチベーションの維持向上」だと思っています。もちろん社員個々の持って生まれた資質とかそれまでの経験で習得したスキルとか、会社に入って学んだこととか、そういうものも大きな要素ですが、人間気持ちが乗ればそれらが最大に発揮できるわけで、それで出来ないことは“出来ないこと”と諦めがつくからです。


僕は人間は結局“好き嫌い”という大きな力によってその成果が左右される生き物だと思っていて、仕事は結局のところ“楽しい”かどうか(楽だとか仕事が簡単だからとかではなく)によって能率が違ってくる。また、所詮人間は自分のことが一番大切で、自分や家族のために仕事をしているという感覚があれば“楽しい”のではないかと。他人のためとか犠牲になるとかボランティアなどというのも結局自分のある種の充実感とか快感に繋がっているわけです。だから少しでも会社の仕事をそういうベースの上でできるように近づけることは経営者ができることの中でも非常に大切なことなんだと思っています。

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Posted on 2007/08/20 Mon. 11:44    TB: 0    CM: 0

梅雨明けに想う ?マレーシアの思い出? 

梅雨が明けて一段と暑くなってきましたね。温暖化と言ってしまえばそれまでですが、ひと昔前までは夏でもだいたい32度とかそんな気温だったのが、最近は平気で35度とかの日も珍しくなくなってきていますよね。

僕はマレーシアに6年以上も住んでいたので暑いのは慣れているはずなのに、東京は緑が少なくて人が多いせいか、(歳をとったこともあるかも、、)本当にこの暑さには閉口してしまいます。マレーシアでは、最初の3年半はクアラ・カンサーというジャングルの中の町(ジャングルの中のペラ河という河に橋をかける仕事をしていました)に住んでいました。この話をすると小説みたいな話がいくつもあるのですが、とにかくのんびりして非常に人間的(自然に従順な生き方という意味で)な生き方をしている人々に囲まれていました。だいたい台風というのは赤道直下では発生しないので(もっと北で発生します)とにかく“嵐”というものがない。一年が、日本の梅雨のような“雨期”と、スコール以外ほとんど雨の降らない“乾季”に2分されていて、それはそれで安定(最近は不順になってきているようですが)していたものです。もちろんスコールはすごい雨量で一瞬にして道が川のようになりますが、短い時間で済んですぐ太陽が照り付けてきて、自然の循環を肌で感じたものでした。

マレーシアは、服装も正装でも“バティック”というロウケツ染めのシャツだし、もちろんネクタイなんかしている人は首都クアラルンプールのビジネスマンくらいです。すごい雨で倒れた木で電線が切れて停電することは多かったけど、多くの家ではクーラーがあるわけでもないのでそんなに大騒ぎにはなりません。ときどき家に蛇が入ってくるのにはまいりましたが、周りがジャングルなんだから、そこに住んでいる人間の方が悪い。壁には何十匹というヤモリがそれぞれ縄張りを持って昆虫を捕獲すべく忙しく働いていました。

住んでいるときは適応するまでそれなりに苦労することも多かったけど、今思えばゆったりとした時の流れに包まれていたもんだと思うわけです。またマレーシア時代のことはいろいろ書きたいと思っていますが、僕の青春の1ページとしては悪くない6年でした。これからはあの世界はきっと見直されていくんだろうなと思います。

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Posted on 2007/08/10 Fri. 11:45    TB: 0    CM: 0

故郷と今の自分 

僕は広島県の尾道市という町の出身です。大林宣彦監督の“尾道三部作”と言われた映画なんかで名前が知られていますが、神戸を小さくしたような海と山に挟まれた細長い坂の町です。明貿易で栄えたという多くの寺院がある、なかなか味のある古い町です。ここで生まれて高校生まで住んでいましたが、結構好きな町です。

「尾道サポーターの会」という尾道出身の首都圏在住者の集まりがあるのですが、その交流会が銀座であり、それに参加してきました。僕の高校の時の同級生が今年の4月に尾道市長(平谷祐宏君と言います)になって、彼が上京してこれに参加するというので誘われて入会したものです。今まで、郷里に帰って昔の仲間に会ったり、東京の同窓会に参加したとき“尾道”を定期的に身近に感じてはいますが、それらはあくまでプライベートな領域の話であり、仕事に関係した話に尾道が出てきたことは一度もありませんでした。ところがこのサポーターの会は、初めて会う人がほとんどであり、当然その名簿に書かれる“私”の名前には“何をしている誰”ということが一緒に書かれていました。

少し大げさな言い方になるのですが、僕の人生の中で故郷と、自分の会社とか仕事というのが始めて一緒になったような体験で、妙に落ち着かないながら同時にどこか新鮮な感覚を終始感じながらその会に出席していました。別にだからそれがどうしたということでもないのですが、ブログでこの尾道の会を紹介しようと思ってそのことに気がつきました。

それでちょっとその理由を考えてみたのですが、たぶん、自分の中で郷里は非常にプライベートな存在、それとたぶん昔の自分と結びついているものではないかと思うのです。それが上京して仕事について、その職業を一緒に紹介されるような“今の自分”とは一線を画すような存在だからなのではないかと。だから昔の世界と今の世界が何か強引に混ぜ合わされたようなそんな気持ちが落ち着かなさに通じていたのではないかと――。

皆こんなときにそんなことを感じたりするものですかね。皆さんはどうですか?

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Posted on 2007/08/07 Tue. 11:46    TB: 0    CM: 0

台風の思い出 

台風の季節になりました。この季節になるといつも高校1年生の頃、友人と四国を自転車で回ったときのことを思い出します。

多度津から金比羅山を経由して、猪ノ鼻峠を越えて吉野川沿いに高知まで出てユースホステルに入ったときのことです。これから行くことになっていた室戸岬に巨大な台風が接近しているというのです。確かに風雨も強くなってきていて、翌日室戸に向う予定の我々を周りの大人達は止めようとしました。

しかし無謀にも僕たちは予定を変更せずそのまま岬に向かって走り始めました。途中で風雨は一段と強くなり、車という車は全て高知の方に戻ってきており、僕たちの行く方向に向かう車は一台もありません。海際の道路は大きな波に洗われていて、波を避けながらペダルを漕いでいきました。夜になって室戸の町までなんとか辿りついたところでブレーキが雨で利かなくなり、事故。自転車のクランクが大きく曲がってペダルを漕げなくなってしまいました。雨戸を閉めた自転車屋に何とか店を開けてもらって修理。室戸岬の山の上にある東寺という寺がユースホステルになっていて、自転車を麓の灯台に預かってもらって、暴風雨の中を山頂まで歩いて登ったのでした。

若くて怖いもの知らずと言えばそれまでですが、今思い返してもよくも無事にたどりついたものだと思います。この季節になるとあの時の自然の怖さと自分の小ささを思い出します。

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Posted on 2007/08/03 Fri. 11:47    TB: 0    CM: 0

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