大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの社長をしている 大谷光彦のブログです。

09« 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.»11
 

わが社の3つのサービス(第二部) ?再就職支援(アウトプレースメント)? 

最初に、わが社では一番古いサービスである再就職支援から書こうと思います。これはアメリカで始まった一種のキャリア支援のビジネスが日本に入ってきて、再就職支援と呼ばれるようになったものです。産業構造の変化で日本の製造拠点が海外に移転して従業員の仕事が減ってきたとか、市場の変化に合わせて事業部を統廃合するとか、そんな理由で予定していたのとは違う形で会社を辞めることになった方々を支援します。

主なサービス内容は、「キャリアカウンセリング」と「施設利用」と「求人情報の提供」の3つです。ほとんどの従業員の方々は辞めることを予定していたわけではないので、戸惑いと不安をお持ちです。しかもそれぞれの方々が抱えている背景は全て違います。だから仕事を探すまでの環境整備に少し時間がかかります。仕事も今までと同じようなものはなかなか見つかりません。引退できればそうしたいと考えておられる方もいます。転職慣れしていない高度成長を支えてきた日本のサラリーマンには初めての体験です。いろんなことを考えさせられる、なかなか奥の深い難しいサービスだと思います。

戦後の日本では、多くの会社は高度成長の波に乗って業績も右肩上がりで、社員の給与も長く勤めて年齢を重ねるのに比例して上がって行くという、いわゆる年功序列型でした。国際競争力もどんどんついて海外の仕事も増えて行きました。それがいわゆるバブルの崩壊で一気に環境が変わって、社員の給与とその成果がアンバランスであることが表面化したのです。配置転換するだけでは駄目で、成果連動型給与制度とか職能資格制度の見直しなど人事制度の再検討も行われ、その結果、会社が支払うことのできる給与とその社員の生産性が合致していない人のキャリアを見直す必要が生じたということです。これは企業にとっても社員にとっても予定していなかったことかもしれません。でも放置しておくと他社に負けたり、海外での競争力が失われて会社の経営が危なくなる。そういうときに使うサービスです。会社を辞めた従業員の方々をお預かりして、彼らが次の道を見つけられるためのお手伝いをするサービスと言っても良いでしょう。格好よく言うとお世話をするサービス、ケアビジネスの一種と言った方が良いかも知れません。

ここで一番問題になるのがやはり仕事を探すことです。3年前くらいにフジテレビの「EZ!TV」という番組で、わが社の北海道での再就職支援の実態が取材されて30分くらいの番組として放映されました。ここではわが社の社員は自転車に乗ってその町にある全ての企業を訪問しました。それでもなかなか仕事はありません。やっとあっても年齢とかの壁で応募に至りません。全国ではそんな過酷な現場もまだ多くあります。

今景気がだいぶ良くなったと言われています。確かにその頃より求人は多くなっています。でもやはり地域・年齢・性別・スキルや経験による偏りは相当あります。これからはどんな産業、会社でも常に経営が上向いたり下降したりすると思います。それが一斉に起こるわけでもありません。今は概ね求人意欲が盛んで人手不足でもありますが、社内でのミスマッチや事業ごとでも採算の違いから依然再就職支援のサービスのオーダーはあります。但しニーズは微妙に違ってきています。このマーケットは3年前あたりと比べるとかなり縮小しましたが、存在意義を少しずつ変化させながら、むしろいつも必要なサービスになって行く様な気がしています。
スポンサーサイト

カテゴリ: 未分類

[edit]

Posted on 2007/10/30 Tue. 09:55    TB: 0    CM: 0

わが社の3つのサービス(第一部) 

今回は仕事のことをちょっと書いてみます。少し長くなりそうなので何回かのシリーズのようになるかもしれません。適当に飛ばして読んでください。


HPを見てもらえればある程度わかってもらえると思いますが、わが社には3つのサービスの柱があります。 「再就職支援」「人材紹介」「メンタルヘルス・ケア」の3つです。それはたまたまそういうことになったのではなく、歴史的にそうなった理由があるのです。


最初はフェアプレースという名前の会社で、まず「再就職支援」(英語ではアウトプレースメントと言います)から始まりました。会社を積極的に退職したのではなく、自分が考えていたのとは違う時期に退職することになった人たちにキャリア支援をするサービスです。いろんな会社と契約をしますが、中には地方の工場で辞める方々の支援をするようなものもあります。この事業部の社員の多くは地方勤務をしています。ここで発生する費用(=弊社にサービスの報酬として支払われる料金)は、退職者が属していた元の会社が支払うことになります。


次の「人材紹介サービス」はわが社では一番新しい事業です。積極的に自分の意思でキャリアアップを目指す方々のキャリア支援です。この際の費用は、求職者様からいただくことは一切無く、その方々を雇った会社側から、紹介手数料として頂きます。


最後の「メンタルヘルス」は主に企業の従業員の方々の心の問題をフォローする「EAP(Employee Assistance Program ― 従業員支援プログラム)」というサービスが主たるものです。これをわが社で始めるようになったのは、再就職支援をやっている時のある事件がきっかけになっています。これは企業と契約して従業員とかその家族の心の問題の相談に応じたり、そういったことに関する研修をしたりするサービスです。


次回からそれぞれ、もう少し詳しく説明したいと思います。

カテゴリ: 未分類

[edit]

Posted on 2007/10/26 Fri. 09:57    TB: 0    CM: 0

他人に「ハ?イ!」って言える国 (後編) 

アメリカでよく経験して少し苦痛だったのは、エレベーターでまったく知らない人から「ハーイ」と笑顔で挨拶されること。もちろんオリエンタル・スマイルよろしく作った笑顔で応えるんだけど、いつも居心地の悪さを感じた。その後、何か一言二言しゃべったりするとその変な感じは無くなるんだけど、それだけだと妙に変で落ち着かないものだった。

日本人は照れ屋だし、別に挨拶し合わなくても互いに違和感はない。むしろ「どうも」なんて言う方がよほど変だ。アメリカの西海岸やオーストラリアなんかは特にひどい。ボストンやイギリスは日本に近くて、殆ど黙って照れくさそうに乗っている。

文化の違いだろうけど、日本がアメリカナイズされて来たとか言っても、こういう点は相変わらず越えない壁だ。そういう意味ではアメリカも西と東でかなり違う。まあ日本と同じような意味で、アメリカはひとつの国ではないってことか・・・。でも日本でも子供は違う。子供はグローバル?固有文化もない?・・・とにかくアメリカでの自分の経験と、この朝の情景で少し考え込んでしまった。
――大人になるってどういうことかって。

カテゴリ: 未分類

[edit]

Posted on 2007/10/24 Wed. 10:02    TB: 0    CM: 0

他人に「ハ?イ!」って言える国 (前編) 

先日の朝、少し遅い時間の電車に乗った。乗った瞬間、座席を埋め尽くす幼稚園児の集団が目に入った。さぞ子供たちがうるさいであろうと少し後悔したが、今更降りるわけにも行かない。僕の最寄駅と東京の間にはいくつか公園があるのだけど、そのひとつの臨海公園に行くのかもしれない。

ところが途中、子供のひとりが立っている初老の婦人に話しかけた。大人びた子供だと思った。婦人もそれに応えている。距離があったので何を話しているのか聞き取れない。そのうちその隣の初老の男性もそれに応じ始めた。突然なにか普段見慣れない、違和感のある世界がその辺りに漂っているのに気づいた。そう、家族とか知り合いなどが話し合っているのではない。赤の他人同士の会話なのである。そして何人かの大人がそれに参加しているのだった。

やがて電車はその公園駅に着いた。思ったとおり、子供たちは先生に引率されてぞろぞろと電車から降りた。その時だった。さらに違和感のある珍しい光景に出くわした。子供たちが一列になってホームから手を振っているのに応え、先程子供たちと話していた2人の大人だけでなく何人かが手を振っていた。電車が走り出した後も妙に車内が和んで、そこには他人同士ではない雰囲気が生まれていた。この全てをぼんやりと見ていたが、小さいけど妙な感動を覚えた。その時は不覚にも僕も笑顔が出ていたと思う。

カテゴリ: 未分類

[edit]

Posted on 2007/10/22 Mon. 10:03    TB: 0    CM: 0

神尾真由子、大器の片鱗 

この前の日曜日、ふとつけたNHKのBSで、今年6月に開催されたチャイコフスキーコンクールで優勝した神尾真由子の番組をやっていた。つい見てしまったが、また新しいタイプの天才が現れたという感じがした。

まだ20歳の女の子なのに、何か大きなエンジンが非常に正確に楽譜に記された音をのびのびと再現しているというか、大げさな叙情的解釈などなく、ひどく謙虚に淡々と演奏しているからこそ醸し出される大らかでスケールのある音。とにかく変な社会性に巻き込まれていない野生を感じる。サンフランシスコで一人で聴いた五島みどりもすばらしいと思ったけど、神尾真由子はもっと大胆で奔放な音を奏でていた。まあ年齢の違いもあるので単純な比較は出来ないが。

そもそも演奏家としてこういう大きな賞を取れる人はとにかく負けず嫌いで、ある意味わがままなはず。そうでなければこのプレッシャーに勝てない。もっと言えば、ここまでの道を歩いてくることは出来なかったはず。そういう意味では繊細さより生命力が勝っていて当り前。そこから人生の経験とかが積み重なって行って、もっと奥行きのあるデリケートな味が出る演奏ができるようになるのであろう。

決して後に音楽的野生が備わるのではない。そう思っていたがその原型を見たような気がした。とにかく将来が楽しみな良い音であった。

カテゴリ: 未分類

[edit]

Posted on 2007/10/19 Fri. 10:04    TB: 0    CM: 0

プロフィール

カテゴリ

カレンダー

リンク

検索フォーム

最新記事

月別アーカイブ

QRコード

RSSリンクの表示