大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの社長をしている 大谷光彦のブログです。

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人間の限界とマラソン 

僕はスポーツはだいたいが駄目で、どうも運動神経が鈍いらしい。今までスポーツで人に自慢できるような成果を残したことは殆ど記憶にない。特に球技系が駄目で、チームでやるものはもちろん、自分だけとの戦いであるはずのゴルフも駄目である。今は腰が悪くて医者に禁止されているのでやらなくなったが、海外では結構やった。しかしタマに自分でも感心するショットが続いてバーディーなどを取る事もあるが、ほとんどは景色の美しさや出会う動物に関心が行く方で(否、それに逃げてコンプレックスを消していたのかも)、何度やっても旨くならなかった。但し、小学校の頃は足が速くて、短距離では結構1番を取っていた。中学の時は“やや”長距離が得意で、学校対抗の駅伝なんかにも出た。運動神経とはあまり関係がない競技だったからだろう。しかし陸上部なんかに入ってちゃんと指導を受けたこともなく、やがて人並みになってしまった。

でも、そんな過去があるせいか、マラソンを見るのは大好きである。先日の東京国際女子マラソンも仕事をしながら見ていた。選手のことはそんなに詳しくないけど、すごい才能に恵まれていると言われている選手が勝つとは限らないところも面白いし、何より35キロを越えたあたりから繰り広げられる“1+1が2にならないドラマ”にわくわくする。自分でちょっと走っていた頃のあの辛さと、それに勝ったときの何とも言えないあの快感を今も思い出す。あの心臓が締め付けられる呼吸の苦しさと、それに負けたときの惨めさも同時に思い出す。そんなこともあって、最後のところの選手の気持ちが少しわかることもある。

今のことだから、ハイテクの靴とか保温とか通気性に優れたウェアーなどはすごいものなんだろうけど、それでもマラソンというのは、とにかく原始的な競技だと思う。しかも限界に近いあの絶妙な距離。なんか、シンプルに人間の動物としての健全さとか謙虚さとか神々しさとかがミックスして、生のまま現れる極限の世界のような気がする。日本人が勝つと素直にうれしい自分も好きだし、あれだけの苦しい練習を何ヶ月もしてきた後の一発勝負の舞台に賭ける選手の緊張感とかストイックさも好きである。今回は野口みずきが大会新記録で優勝したが、東京のあの過酷な最後の坂を制するものが勝者になるあのコースもなかなか設定としてすばらしい。マラソンの記録というのはどこまで伸びるのであろう。100メートル競走もそうであるが、人間の肉体と精神的能力の限界がどこまでなのか・・・興味は尽きない。
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Posted on 2007/11/30 Fri. 15:42    TB: 0    CM: 0

我がヴェディオール・グループ(前編) 

今回は前編と後編の2回にわたって、少しVediorというわが社が属しているグループの話をしようと思う。

僕たちヴェディオール・キャリアが属するVedior Groupは、最近また2社買収して国際ネットワーク(拠点数)が2,534箇所(50カ国)になったと発表があった。オランダに本部があって、そこで上場している国際グループだけど、正直、極東の日本からみると、地政学的な意味ではなく、まだまだ非常に遠い存在という気がする。定期的に社長連中が集まって会議をするけど、言葉の問題も多少はあるが、彼らの日本に対する理解があまりない。というか重要性に対する認識がない。売上シェアも低いし、別に日本がなくても食えて行っているので当たり前といえば当たり前ではある。観光や食事の話ならそこそこ関心は持ってもらえるのだけど。売上的にも日本(アジア全体でも)はこれからのマーケットであるし、世界的に見ても人材ビジネスでのプレゼンスは低い。理由はいろいろあるが、日本の人材ビジネスは製造業などに比べてグローバル化が進んでおらず、至ってドメスティックな産業に留まっているということであろう。目に見える物を作る産業では、世界のどこでもニーズが同じであれば売れるが、一部“業務”のアウトソーシングという部分を除けば結局「人が移動しなければ成り立たない」人材ビジネスは、そう簡単には行かない。結局一番大きな壁は文化の独自性と言葉の問題であると思う。

例えばわが社に資本を出してくれているスタッフサービスなどは3000億円を超える売上を誇る派遣のトップ企業であるが、その殆どを日本1国で挙げている。人材ビジネスで世界の10位までの会社でそんな会社はない。日本の国内マーケットそのものが大きいこともあるが、文化的・法律的・言語的に国境の壁が高いということでもあろう。Vediorの話ではなく人材ビジネスの国際比較みたいになってきたが、このことは多くを考えさせてくれる。

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Posted on 2007/11/29 Thu. 18:03    TB: 0    CM: 0

セレンディピティー ?幸運に出合える能力? 

セレンディピティー(serendipity)という英語の単語がある。映画のタイトルにも使われたが、元来は造語のようである。意味は少し複雑で、通常、「ふとした偶然から手に入れた幸せ」みたいな意味に使われているが、本来はそういうものに出合える能力を意味するようだ。

何故、この言葉のことを書いているかというと、先日、誘われて聴きに行ったプロのジャズ・ビッグバンドの名前だったからである。うちのカミサンの同級生のご主人がこのグループの代表なんだけど、ビル・ワトラスという往年のトロンボーン奏者を迎えてのコンサートだったが、なかなかすばらしい内容で、久し振りにザクザクする厚みのあるJazzを楽しんだ。

この名前はなかなか奥の深い内容で、冒頭でも少し触れたとおり数年前の米国映画でタイトルにも使われている(まだ観ていないのだが)。単に「ラッキー」ということではなく、いつも何かを達成しようと努力しているとき偶然出合ったまったく異なるすばらしい現象というような意味のようだけど、キーワードは「日ごろの努力」⇒「偶然の出合い」⇒「それを発見する能力」⇒「望外の幸運」という連鎖ということだと解釈している。自分の常日頃の姿勢とか、幸運と気づく能力というところがミソである。「人は一生の間、何度か“幸運”に恵まれるが、それに気づく人と気づかない人がいる。それは同じ数だけあるのに。」という言葉があるが、それと関係すると思う。

幸せは足元にある。一生懸命やっていると必ずご褒美がある。でも気づかない可能性もあるし、それを手に入れられない可能性もあるのだろう。別にわが社の言う「ヴェディオール・ウェイ」に結びつけようとは思わなかったけど、それにも通じているような気がする。自分の、そしてわが社のセレンディピティーとは何だろう?それに気づく日々を送っているだろうか?ビル・ワトラスのハイノートの痺れる音を聞きながら、そんなことを考えてしまった夜だった。

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Posted on 2007/11/28 Wed. 15:40    TB: 0    CM: 0

プロフェッショナル 

先日、客先へ行くためにタクシーを使った。品川から新宿までなので、通常は電車にしなければ時間が読めないのでそうする。しかしこの日はいくつか電話をしなければならない用件があり、また非常に疲労感があったのでついタクシーを拾った。

品川あたりを流しているタクシーは新宿近辺の地理に疎いことが多いので、乗る前に確認した。その時の運転手氏はとにかく“ニタっと”したような気がした。多くの運転手は迷惑がったり不安がったりするケースが多いのに、である。それで乗ったら、これがなかなか凄腕で、こっちがアポの時間を伝えたところ、それに間に合わせることを一種の達成目標にしたようで、ルートの選択肢を示した後、「山手通り経由と赤羽橋経由の方法があるが、どうするか」と聞く。そこまではよくある話だが、その後、「山手通り経由の場合は富ヶ谷と甲州街道さえ混んでなければ後は問題ない。しかし赤羽橋経由であれば混雑のポイントは読めない。従ってどちらが早く着くかはその状況次第である」との解説があった。僕はいたく感動してしまい、もし間に合ったらチップをやろうと秘かに決めた。

彼の解説から僕が指定したのは山手通りの方だった。その後の彼の運転は決して安全ではなかったが、その不安感を埋め合わせるだけの目的共有があった。挑戦する意義のある飛ばし方であった。結果は5分前にそのビルに着いた。しかも富ヶ谷の時点でかなり明確に、また甲州街道を横切るとき”自信を持って“到着時間”を予測してくれた。

よく思うのだが、タクシーも一種の運送契約(?)であり、そこまで安全に行けばよいというだけではなく、客のその運行目的を果たす一種のコミットメントであるべきではないかと言う事。また、それに一種の誇りを持っていることも期待してよいのではないかと。敢えて「プロフェッショナル」というタイトルを使ったが、職業とはその担い手がプロであるのかどうかということが大いに問われてしかるべきではないかと思うからで、久しぶりに相当解りやすくそのことを改めて考えさせてくれた運転手であった。もちろんチップをあげた。彼はそれに対して別れ際「ご馳走になります」という言葉を使った。違和感はあったが、何故か心地良かった。

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Posted on 2007/11/26 Mon. 17:58    TB: 0    CM: 0

本当の“組織の強さ”って何だろう? 

今回もまた仕事系の話です。今、一生懸命社員の評価で悩んでいる。このブログは一部社員も見ていると思うので、書くべきかどうかちょっと迷っているけど、自分にとってはかなり重要な問題なので正直に語ろうと思う。

どういう悩みかと言えば、成果を自分で出せる社員と自分が弱くて(あるいは不器用で)成果を出せない人間のこと。もちろん給与とか昇格とかは、その優秀な社員に照準を合わせて行わなければ会社は弱ってしまうし、そもそも経営が成り立たない。しかし、会社は同時に社員を育て、忍耐を持ってなるべく多くの社員と「志」を共有しなければならない。そうしなければ強い社員だけ集めなければならなくなってしまうし、そんなことは出来っこない。そうすると“継続的かつ発展的な”会社の成長は出来ない。今は良くても結局組織力は弱ってしまう。もちろん、いちばん困るのは、自分を誤魔化したり、課題から逃げて手を抜く社員。こういう社員は(説明を要するが)結局社員ではない。

長期的に成果を挙げていける社員を支えて行くにはどうすればよいか。成果を出すためには少なくとも「継続力」、「努力」、「(知識を含めた)技術」が必要であるのは当然としても、そのベースにもっと大切なもの(というよりそれらが長期的に可能となるのには絶対に必要なもの)があるはず。それはおそらく、周りの社員から尊敬されることであり、好かれること、と言ってもよいかもしれない。でも成果を出さない社員がそうであってはいけない。それは弱者の徒党に過ぎないから。

こういうことを社員と常に心を割って語り合い、それぞれの個性の上にありながらこれらの考えを共有するには、僕にも社員にも多くのエネルギーと時間が必要で、創業間もない部門ではなかなかそうは行かない。結局、会社は「社員」の質で決まる。人材系の仕事では客も社員も全てが「人」。しかも個人であろうが法人であろうが全て「お客様」になりうる。目に見える商品のように「客体」がない。永遠のテーマであるがチャレンジングなテーマである。でもそれらから「逃げてはいけない」ことだけは確かである。社員も幹部も社長も。ちょっと肩に力が入る今日この頃です。

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Posted on 2007/11/22 Thu. 18:00    TB: 0    CM: 0

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