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大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの会長と一般社団法人組織・人能力開発研究所の代表理事をしている 大谷光彦のブログです。

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正しいことにも裏がある 

日本人の煙草離れが進んでいる。詳しい統計は知らないが、総数としては確実に減っているであろう。

アメリカではもっと前から煙草は不健康の代名詞で、特に本人がどうということより周りの人の健康を害することが権利侵害として認識されていたように思う。そういう考えから言えば喫煙者は一種の犯罪者でもあり、意志が弱くて知性の低い人種のように見られていたような気がする。

嫌煙運動は西海岸の方が強くて、サンフランシスコの会社の時など、法律で室内喫煙が禁止されていたので、吸うときは冬でも外に出た。吸うのは社長だった僕と社員の中でも一番下クラスの数人で、外に出て吸うという肩身の狭い思いを共有していたので随分と仲が良かったし、その場では大切な情報を交換していた。学歴の高い幹部の連中はまず吸わなかったので、彼らからは馬鹿にされていたように思う。確かに止められなかった僕は駄目な男であった。しかし、負け惜しみではないが(もちろん少しはそうでもあるが)どうもその嫌煙家の“天下をとった”みたいで誇らし気な“あっけらかんとした”論理には抵抗があった。清潔とか健康とかを、“肉体のみの健康”でよいように見ているような気がして、言ったら大変なことになるので言わなかったが、釈然としない気持ちを持っていたことも事実である。

その後、僕も禁煙した時期もあったが、最近また始めてしまった。ストレスのレベルが高くなったのが理由であるが、意志が弱いことを証明していることは確かである。しかし人類は煙草を太古の昔から嗜好品かつ贅沢品として楽しんでいた。芸術や文化とも強く結びついていた。また、戦争の時や刑務所の中など人間生存の一種極限状態ではタバコの功罪はその質を変えることも証明されている。どう言ったらよいのか・・・決して喫煙を擁護する気はないし、実際自分で止めていた時は相当の煙草嫌いであったので誤解して欲しくないのだが、たぶん、人生何でも表裏があるもので、そのどちらかだけが全て正しいと言い切られる場面に遭遇すると、いつも照れくさいと言うか、恥ずかしくなると言う事を言いたいような気がする。難しい問題だけど。
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Posted on 2007/12/11 Tue. 15:23    TB: 0    CM: 0

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