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大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの会長と一般社団法人組織・人能力開発研究所の代表理事をしている 大谷光彦のブログです。

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音楽と年齢・若いということ 

僕がサンフランシスコに居た頃は、バークレーにKeystone Korner Yoshi’s という日本レストラン付属のJazz Live House があった(現在このYoshi’sというのは単にKeystone Kornerに名前を変え、場所もベイブリッジを渡ってすぐのショッピング・モールの中に入っているようであるが、当時は一戸建てでなかなか味のあるライブハウスだった)。

独り身だったこともあり、ほぼ毎週聞きに行っていたが、当時好きだったピアニストのひとりにゴンザロ・ルバルカバという人がいた。先月、青山のブルーノートに出るというので行った。ピアノトリオではなくサックスとトランペットが一緒だったこともあると思うが、残念ながら、あの当時の汗がピアノに落ちるような情熱的でスリリングな演奏には触れられなかった。1963年生まれっていうから当時まだ20代。あれから10年以上経っているのだからそりゃ違って当然なんだけど、「成熟さ」という点に期待していたがその点でもちょっぴり不満が残った。

自分が若かった頃に出会った「音」と、今聴く「音」は当然違う。演奏する方も同じだけ歳をとっている訳だから同じように演奏も違う。歳というより経験とか体力などが全然違う。ゴンザロを聴きながらそんなことを考えてしまった。たまたま今回の演奏にそんなことを感じただけで、違う日に行けばもっと感動したかもしれない。

でも他のPlayerでもこれと同じような経験は何度もした。普通経験を積むと「質」も高くなっていくと考えられているけど、必ずしもそうではないのかもしれないという、どこか本質的な問題が絡んでいるような気がする。そしてこれは芸術なんかの世界だけに当てはまることでもないような気もする。

経験が少ないほうが純粋に無知の正直さとか、それゆえの真剣さがそのまま露出する。隠す知恵もないかもしれない。だからもし才能があれば、それが生のまま外に出る。逆に経験を積んでくると、「調整」ができる余裕も出来てくるし、多くのものから場所とかそのオケージョンの中で出すものを「選択」できる能力も身につくであろう。思うのは、人間何かを得ると何かを捨ててしまうのではないかということ。なんか「総量」というのは一定で、若いときの財産を減らす代わりに、より技術的に高いことができる“可能性”を持つことができる。でもそれを生かしていない「大人」も大勢いるのではないか。失ったままなのにそれで良しとする大人が。

そう思うと自分の今のテンションとか仕事の質とか、それが若いときに持っていたものに比べてどうなのか。ちょっと飛躍したけど、彼のピアノを聴きながらそんなことを考えてしまった。でもそれでも好きなピアニストではあるんだけど・・・
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Posted on 2007/12/19 Wed. 15:19    TB: 0    CM: 0

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