大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの社長をしている 大谷光彦のブログです。

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枯れ枝に鳩 

先日の2月11日は「寒中暖あり」(なんて言葉はないが・・・)で、ちょっと近くの公園に出てみた。青空をバックにした枯れ枝というのは随分風情があるもんで、気持ちの上で寒さと暖かさを両方味わえる情景である。

ところが、鳩が何羽かその枝に止まっていて、それが妙に不思議な光景のような気がした。“鳩らしくいない”のである。鳩には情緒がそもそもない。平和のシンボルという言葉も、元来好きではないが、とにかく孤独さがないから絵にならない。しかし独特の愛嬌がある。“ぬいぐるみ”にするには似合わない動物が間違って“ぬいぐるみ”にされてしまったような・・・まあそんな上質な可愛らしさとでも言うようなところであろうか。

僕の住んでいる町は子供が多い。小学校もどんどん建っている。少子化の昨今珍しい都市である。団塊世代が子供のころは日本中がそんな状態で、町に生命力が溢れていた。決して豊かではなかったけれど、家庭をつくって、給料をもらって、車を買って・・・というように、少しずつ積み上げていける“慎ましやかで健全な人生の目標”があった。この町は子供が多いと言っても、別に大家族と言う訳ではなく、小さな子供のいる若い夫婦の家庭が多いということである。昔に比べればそれぞれは十分豊かである。だから当然、当時のように晴れ晴れとしてかつシンプルな表情はしていない。でも子供が目立つことは全体の明るさや勢いにはなっている。ただ「人生の目標」という意味ではどうなんだろう。今の日本のひとつの停滞感が子供の顔に出ているように思うのは考えすぎか。

鳩が鳩らしくないところの違和感にそれが重なって見えてしまった。
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Posted on 2008/02/29 Fri. 09:34    TB: 0    CM: 0

星には寒い晴れた日が良く似合う 

本当に寒い日が続きますね。
でも寒さのお陰か空気が澄んでいて、晴れた日の夜は星がとてもくっきりと見える。都心ではなかなか行かないであろうが、僕の住んでいる町では良く見える。

昨夜ちょっと出かける用があって星を見た。学生時代、武蔵境の亜細亜大学のすぐ近くに住んでいたことがある。北には「桜堤」という多摩川上水の桜並木と大きな団地があった。なぜそのことを思い出したかというと、当時風呂のない生活だったので、毎日(でもないか?)銭湯に通っていて、今はすっかり家で埋まってしまったと思うが当時は畑のあぜ道のようなところを10分くらい歩いて通うのだけど、行き帰りによく星を見ていた。その時の感覚に通じるものがあったからだ。南こうせつに「神田川」という名曲があるが、まさにあの時代のあの情景である。

昔の冬はもっと寒かった。懐が寂しかったので余計寒く感じたのかもしれない。家につく頃には本当に体が冷えていたし、自宅のアパートが見える角を曲がったときに目に入ってきた電球の色までよく覚えている。そもそも天を仰ぎ見ることって、なかなか生活のなかにはないもので、また最近は見たとしても心に残る風景にはならない。でも寒いと外に出て星を見たくなる。みんなして町を明るくして見える星の数を減らしているけど、きっと心の中にある星を見るために天を仰いでいるのかもしれない。

星は常にそこにあるのに、見たり見なかったり、見えたり見えなかったりするのは人間の営みと心のあり方のせいであろう。また同じところに同じように存在してもそのときの自分の在り様で星の色合いも意味も変わる。そう考えるといろんな星を見てきた気がするが、僕の場合は、あの時代の寒い空気の中で見た“凛とした”星がやはり好きだ。

これを書いているうちに他の星の情景も思い出したので、次回はそれを書こうと思う。


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Posted on 2008/02/27 Wed. 09:34    TB: 0    CM: 0

イチローという求道僧 

先日NHKでイチローの密着取材をやっていた。
想像はしていたが、現代にも彼のような修行僧のような人間が存在するもんだと驚いた。イチローは天才だという言い方をよく聞くが、その“求道”の姿勢が天才なのであろう。ストイックという言葉があるが、野球の技術を磨くということが実は目的ではなく、野球は、彼の内に向かって自分を徹底的に磨き上げていく性(さが)の完成のための触媒に過ぎない。宮本武蔵などと同様に、剣の技術というのは自己完成のひとつの結果に過ぎない。

もちろん野球という、その自己完成の動機足り得て充分な魅力を持つ素材を持った幸せを抜きにしては語れないが、彼を見ていると自分の求道の結果判定者もまた自分以外には認めないという“強い意志”、否、“強い本能”を見てしまう。彼の中にある自己達成できなかったときの恐怖とか、それへの不安も、求道者ならではの大きさで存在するし、それに対する敏感さも人並みではなかった。

凡人の感覚で言えば、彼の奥さんは彼をどうみているのか。
意見を聞きたい衝動を覚えたし、なかったのが残念であるが、そういう部分を取材対象に出来ないようなイチロー的世界が、このような番組にしたように思う。その意味で、「努力の人」という陳腐な表現が恥ずかしくなるような孤独な完成者を解説抜きで浮かび上がらせた。

良い番組だった。

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Posted on 2008/02/25 Mon. 09:35    TB: 0    CM: 0

興奮もリラックスもほどほどに 

以前、高橋俊介先生の講演を聞きに行ったときのことを書いたと思うけど、その時、人間にはドーパミン型とセロトニン型があるというような話をされていたことが印象に残っている。前者は、常に何かしていなければ落ち着かない行動派で決断が早い、メリハリをつけるのが旨く、少し休むともう次のことをやろうとする。後者はどちらかというと大人しく、忍耐強い。疲れやすく、いつまで寝ても疲れが取れないそんなような話であったと思う。

先日、安保徹の“免疫革命”という本を読んでいたら、交感神経優位型と副交感神経優位型という話が出ていた。アドレナリンとかドーパミンという物質は交感神経を刺激し、ヒスタミンとかセロトニンは副交感神経を刺激するというので、高橋先生の性格分類の説明にもなるのではないかと思った。この本は白血球の一種の顆粒球とかリンパ球の体内バランスの話が中心で、体内免疫のバランスで多くの病気が治るということを書いている。

赤ん坊は生まれたとき、肺呼吸に変わるという相当な酸素ストレスに遭遇するので泣くのだそうで、そのとき白血球の一種の顆粒球が急に増えて極度の交感神経緊張状態になってミルクも飲めない。黄疸が出るのも、体内にいるときに造血機能を担っている肝臓がその役割を骨髄に変えるので、胎児時代に肝臓で作られた赤血球が破壊されるからだという。

ストレスが多いと顆粒球が出て組織破壊が起こるのは交換神経緊張状態になっているそうで、ドーパミン型は、そうするとストレスで病気になりやすいということになる。逆にセロトニン型は、今度は白血球の一種のリンパ球過多の状況で、アレルギー体質なんかもそっちの部類に入るそうである。発展途上国とか、まだ豊かでなかった時代の日本人は外からの刺激に対応するために顆粒球が多く、これが伝統的には大人の体だそうで、最近アレルギー体質の人が増えているのは、化学物質のせいもあるが、過保護でリンパ球が多いリラックス状態のまま大人になれなかったタイプの生活環境があったのではないかというのである。

以前、豊かになって増える病気ということを書いたと記憶しているが、その考えは正しいと思った。要は、バランスが重要とのことで、外敵に対しての顆粒球と組織修復のためリンパ球がそれぞれの役割を負っているが、それが多すぎるとそれぞれ、がんとかアレルギーとかを起こすということ。性格と健康、ストレスのバランスの適正化みたいなことが面白かった。精神と健康は医学的にも密接に絡んでいて、そんなことも科学的に説明できるようになってきているようである。

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Posted on 2008/02/22 Fri. 09:36    TB: 0    CM: 0

メンタルヘルスの未来(後編) 

そういう意味では、今は随分と会社と社員の関係が薄くなったのかもしれない。業績評価の制度がその上に乗っかってくる。成果と給与が直接的に連動することが多くなった。成果を出す自信がない人がより将来への不安を持つ。その社員だってもっと違った形で会社に貢献できる部分はあるのに、その尺度に幅がなくなってきている。会社内の競争で敗れる人を明確にしてしまう制度と言ってもよい。

さらに言えばタフネスの減少もある。少子化とも関係するが、育つ過程で強者と弱者が存在する現実を見る機会が減った。争いを回避させてしまっている家庭と学校がある。だから弱いままでも生きて来られたし、守られてもきた。その背景によるものか、叱られたりすることに慣れていない「ストレス耐性」が弱い社員が目立ってきたように感じる。

本当に難しい問題である。
集団主義から個人主義へ。大家族から核家族へ。終身雇用から多転職キャリアへ。長期的利益追求から短期的利益追求へ。国内マーケットの独立性を許さないグローバル経済へ。
そして何よりも「日本経済の地盤沈下」。福祉を充実させるための財源の不足。未だに繰り返されている強者・弱者の二元論。本音のない政治・・・と枚挙に暇がなく、この国を憂いてしまう。さらに日本が“世界で最も自殺率の高い国の一つ”である事実を通じても、見えてくることがとても多い。

メンタル問題に接していると、これらの奥深さを本当に痛感させられる。ツギハギで乗り切れる問題ではないと思うと、メンタルヘルスをビジネスとしてやっている場合ではないのではないかという焦る気持ちになってしまう。そういう意味では僕もメンタルヘルスが必要なひとりであることは間違いない。

どこかに良いカウンセラーはいないものでしょうか。

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Posted on 2008/02/20 Wed. 09:36    TB: 0    CM: 0

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