大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの社長をしている 大谷光彦のブログです。

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桜と日本人 

オレゴンの友人から桜の写真がメールで届いた。桜は咲くがなかなか晴天がないとかで、限られたシャッターチャンスだったとのコメントがあった。

その桜はたぶんソメイヨシノだと思うが、花自体は日本のそれと同じである。ニューイングランド様式というのかチューダ様式というのか知らないが、向こうの建物を背景にした桜もまた味があり、綺麗である。しかし、アメリカに住んでいたときに感じたことであるが、この「桜」という花の持つ意味が日本人にとって特別であることを何度も感じた。

そもそも気候の前線になぞらえて「桜前線」などと言う国が他にあるだろうか。日本が南北に長い国であるという地政学的な背景もあるかもしれないので“花”だけでくくれないかもしれない。しかしそれを割り引いたとしても、総じて花というものへの感性が日本人の多くを語っているようにも思う。

そういえば最近、日本の植物学の創始者である牧野富太郎博士に関して彼のお弟子さんが書いた文をある雑誌で読んだが、全ての植物にその国固有の名前をつけているのは世界の中で日本と中国だけだとのこと。普通は、固有の名前だけではなく、学名を使っている由。中国はともかく、そのことが日本人にとっての植物や花との独特の距離感を表しているようにも思う。もっと言うと、小林秀雄の名著「本居宣長」には、本居宣長がいかに“山桜”を愛していたかが書いてあるが、確かに日本人にとっての「桜」の位置づけは“ソメイヨシノ”ではなく「山桜」である。有名な和歌、“しきしまの 大和心を ひと問わば 朝日ににほう 山さくら花”に表される日本人の“もののあはれ”とか武士道なんかに通じる世界である。だから厳密に言えば、日本人と花の関係を語るには、どんな花でもよいわけではないのであろう。

まあそれはそうではあるが、現在の状況で言えば、“花見”文化の固有性という点でも十分日本を語れる。だから何なんだという声も聞こえそうだが、海外で向こうの人から聞かれると答えるのに困る日本人も増えたことと思うので、ここは一度自らの“感性”の振返りをお勧めしたいところである。

将来の、温暖化と桜前線の関係も気になるし、“日本人固有の感性”などというものがいつまであるのか、あるいはどう変わっていくのかにも興味がある。
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Posted on 2008/03/31 Mon. 09:16    TB: 0    CM: 0

人格と風格を持った果物-ドリアン(後編) 

僕は、マレーシア(ドリアンの原産地はマレーシアと聞いた)にいたとき、その林(農園と言うほど生育をコントロールできない)のオーナーになったことがある。と言うと皆さん驚かれるかもしれないが、本当の所有権を持った訳ではない。ある年のひとシーズンの販売権というか、収穫権を複数の投資家(というほどの金額ではもちろんないが)のひとりに誘われてなったのである。

現在はどういう法律になっているのか知らないが、僕がクアラ・カンサーという山奥の町に住んでいた頃は、ブミプトラと呼ばれているマレー人以外、土地所有(農地所有だったかもしれない)が禁じられていて、中国人はファームを持てない。マレー人は商売が得意ではないので中国人に貸す。中国人は何人かから出資を仰いで、土地を借りて、そのシーズンの売上から配当をする。至ってマレーシア的(つまりマレーシアは、マレー人・中国人・インド人の複合国家で、それぞれの持ち味を旨く融合させてなりたっている。政治はマレー人・経済は中国人・技術はインド人というように)な分業と言える。

案の定、配当は無かった。案の定というのは、誘った中国人の言葉を信じるにはマレーシア流を知っていたからであるが、応じた理由は、そのシーズンはファームのドリアンを好きなだけ食べてよい、ということを言われ、それは信じられると思ったからである。結果はその通りで、そのシーズン(7月とか8月だったと思う)は何度もその林に言って好きなだけ食べた。従って十分すぎる元をとった。僕は大好きで、娘(当時まだ5歳くらいだったか)も大好物であった。最初はかなり面食らう味であるが、好きになるとある種の中毒になるくらい忘れられない味になる。

ドリアンを育てるのは大変で、土地の古老なんかに聞くと、丁度腕の長さくらいの穴を掘って、そこに5、6個の種を放り込んで土をかける。最初の目が出てきたら、穴を掘り返して残りの種を捨てて、その芽にかけるんだとか。高い木で、おそらく30mくらいはあるのではないかと思う。1シーズンで収穫が良いときで1本で200個くらいはとれると思う。中国人にピンハネされたとしても、そこそこの収入にはなるはずである。これが何十本もその畑にある。熟れて自分で落ちてくるもので、登ってとるものではない。当然泥棒が待っているので、(別に囲いとかもないし)夜は大きな鉄砲を持った警備員が雇われている。彼はウトウトとしても“どすん”という大きな音がするので、目を覚まして落ちてきたドリアンを集めるわけである。当然ヘルメットをかぶっている。直撃を受けると死ぬのではないかと思う。あの棘もあることだし。

日本ではドリアンは1万円以上するだろうか。しかも乾燥していてあまり美味しくなさそう。今でもあの味はしっかり覚えている。サランラップに種ごと包んで冷凍庫に入れておいて、欲しくなったらシャーベット状になったドリアンを口に放り込む。涼をとりつつあの癖のある味を楽しんだ。

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Posted on 2008/03/28 Fri. 09:17    TB: 0    CM: 0

人格と風格を持った果物-ドリアン(前編) 

ドリアンという果物は日本にはないが、一部高価だが輸入したりしているし、東南アジアに旅行したりすると見たり食べたりしたことが皆さんおありだと思う。これはking of fruitsとも言ってなかなかどうして、個性が強く強烈な果物なのである。“嫌われてもかまわない。評価する人はしてくれる。”とでも言っているような孤高の風格というか人格を備えている果物(?)である。

ドリアンというのは非常に変わった食べ物で、まずその匂いがすごい。資料によるとアルコールとかアルデヒドとか、聞くだけで怖くなるようなものが含まれていて、“さもありなん”という“貫禄フルーツ”なのだ。酒と一緒に食べると異常発酵して入院騒ぎになると言われているほど危ない食べ物でもある。また通常ホテルや飛行機などに持ち込もうものならただでは済まない。罰金とか損害賠償とかに発展する可能性大である。

ドリアンは手で割れない。棘がすごいから。10センチから20センチくらいの高さで幅が10センチ強のラグビーボールのような(そんなに両端は細くないが)頭のてっぺんにナイフを入れて、切れ目をつけ、そこに指を入れて裂くのであるが、内部は5、6の部屋(?)に分かれていて、それぞれ1個から2個の種があり、その周りについているチーズのような色(味も同類)のペースト状のものを食べるのであるが、あまり美しい食べ姿ではない。タイ産のものは少し甘めで黄色、マレーシアのものはちょっとビターな感じがして色もちょっとグレー系。

マレーシアでは、通常道路の両端に出している屋台で売っているのだが、値段は結構ピンキリで、高い(と言っても100マレーシアドル:当時で80円くらいだったか?)ものは“Guaranteed”というような札がついていて、”味が悪かったら金返す”とか言った自信に満ちた掛け声で売っている。まあ、とにかく匂いはすごくて、例えば道路を車で走っていて、後からドリアンを荷台に満載したトラックなんかが来ていた場合、見なくてもドリアンが近づいてくるとわかるほどである。その時はたらふく食べた。体からドリアン臭が漂っていたはずである。

それと、同じ時期にランブータンとかマンゴスチンという小ぶりな果物もとれる。これは日本人なら誰でも好きな味で、特にマンゴスチンは非常に美味しい。ランブータンの味はライチー(日本でもジュースがあると思うが)とかロンガン(竜の目と中国語で書く)に似ている。ランブータンとかマンゴスチンはドリアンと一緒に食べるとドリアンでHotになる体を冷やしてくれるので良い、などと言われ一緒に買ったりする。

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Posted on 2008/03/26 Wed. 09:20    TB: 0    CM: 0

時の不思議 

今回は「時間」の話をしようと思う。最近はめっきり海外出張が減ったが、前職の頃は多いとき月に4回日本と海外を行き来したこともある。

当たり前のことを書いて恐縮だが、“時差”というのは厄介で、人によっては(特になぜか女性に多いように思うが)結構順応できているみたいであるが、僕は大の苦手である。メラトニンなんかを飲んで多少調整していたが、いつも悩まされている。経験で言えば、西から東へ行くときがより辛い。特に日本からアメリカに行くときは、夕方成田を経って、“同じ日”の朝向こうに着く。時計を戻すのである。飛行機でぐっすり寝られればよいがそれも苦手で、いつもそのまま仕事をする。夜遅くサンフランシスコの自宅に車を運転して帰るときなど、眠気で事故を起こしそうになったことが何度かあった。そりゃ当たり前で、丸一日以上無睡眠で動いていることになり、普通ではない。

それはそれとして「時差」というのは考えれば考えるほど興味深い。例えば日本で生まれてアメリカに住んで一生を終えた人は、“見かけの時間”と比較すると、実際は何時間か多く生きたことになるのではないか。アインシュタインではないが、“時は相対的に決まる”のである。この延長で思うのは太陽暦と太陰暦のこと。さらに日本の江戸時代のように日の出から日の入りを6つに分けるようなやり方もある。何が本来のあり方かも大いに議論してよいと思う。江戸の時間は、従って季節によって違う「昼の時間」の長さに合わせ調整していたようで、それ自体非常に高度な技術であったはずである。

時差のことに戻るが、人間は、光とともに活動を初め、闇とともに活動を止めるように出来ているようである。アナログ時計がいつ頃できたのかちゃんと調べてはいないが、18世紀の初頭くらいではないか。それまでは天体や光という自然現象にあわせた生活システムだった。電気などのテクノロジーの発明などによって、それに合わせなくても活動できるようになり、人類は物質的には豊かになった。医学も発達して寿命も延びた。まあそういう意味では今の多くの人間の生理とか体にかかわる問題と、この「時」の問題は密接に関係しているのではないかと思う。地球は太古の昔と同じように自転しているのに、である。そう考えると、温暖化の問題は時間と人間の関わり方から派生する問題でも言える。

心地よく眠りに入れるときのあの幸せって、人間の根源的な幸せに触れているような気がしますが、そう思いませんか?

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Posted on 2008/03/24 Mon. 09:21    TB: 0    CM: 0

死生観 

僕の好きな女性作家の一人に「曽野綾子」がいる。彼女の言った言葉の中で印象に残っている言葉のひとつに、「生まれるのは自分で決められる行為ではないが、死ぬのは人間にとって言わばひとつの修行である」というものがある(ちょっと正確な言葉とは違うと思うが)。

人間は死を自ら選択できる唯一の動物である。そのことが死を特別なものにもしているし、死に多様性とオリジナリティーをもたらしている。つまり死そのものが医学的世界ではなく文化あるいは哲学的な研究対象にもなっているのである。日本は少子化が進んで中高年人口がどんどん増えている。医学の技術的発達は目覚しいので、肉体的な意味での寿命はどんどん延びる。それが、社会の人的資源になれなければ、日本が豊かにならない限り逆に国民生活は苦しくなる。しかも総生産は減るので若者も苦しくなる。今の政治の状況・官僚の力を見ると、言いにくい話だが、全国民(というのは大げさであるが)が納得するスケールのある「理念」が感じられない。

先日ある記事で元アイルランド大統領のメアリー・ロビンソンの考えに触れたが、国を導くための明確な理念とその実績に感心した。それと比較するのも単純で申し訳ないが、日本の国際的差別化案を全員必死になって探さなければならない状況になっていると思う。

話がそれたが、これからは「死生観」というようなものがとても大切なのではないか。なぜ長生きするのか。健康で生きるということはどうすればいいことなのか。如何に自分らしく死ぬか、である。「千の風になって」がヒットしたが、あれもそれに通じていると思う。日本人が社会と自分を同一に考えて本音を語れる環境が欲しい。

私ごとであるが、父親がホスピスで長くボランティアをしている。死に接した方々に合うことの意義深さについて教えられる。自分が逆に大きなエネルギー(単なる強さというような意味ではなく)をもらうと言う。

高齢者の多い国、まだ日本が歴史的に経験したことのない環境。それは大きなチャレンジでもあるが、大いなる勉強と成長の場になるはずである。

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Posted on 2008/03/21 Fri. 09:22    TB: 0    CM: 0

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