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大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの会長と一般社団法人組織・人能力開発研究所の代表理事をしている 大谷光彦のブログです。

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偽善と無差別殺人(後編) 

それともうひとつ思うのは、「人を殺してはどうしてだめなの?」と質問されて答えられない親がいると聞いたことがあるが、“世の中のもの全て「理由」が必要”というその変な風潮に問題がある。

人間が動物ではないように、生きようとすると絶対にひとりでは生きていけない。そうすると、「他人に迷惑をかけない」「嘘を付かない」「ちゃんと謝る」というような基本的なことができなければならないのは当たり前のことであり、それらに理由なんかが必要なわけがない。一人で生きられない以上当たり前のことである。「理由なんかない。そうしなければ人間じゃあない。とにかくいけないことはいけない」と言えばよいのである。しかもそれは子供が3歳か4歳くらいまでにしっかりと植えつけなければならない基礎の基礎である。

「どうして人を殺してはいけないの?」と聞かれれば「もっとも人間としてやってはいけないことだから」以外に答えがあろうか?

ちなみに、「じゃあ自分だけを殺すのは?」ということへの答えは少し難易度が高い。
人を傷つけないで自分だけ死ぬのは何故いけないか? 本当は、それを悲しむ人がいるから。君をかけがえのない人だと思っている人がいるから。というのが正解だと思う。だから「親」は少なくともそう感じてもらえるように赤ん坊のころから接しなければならないのだと思う。そこから問題が始まるのであろう。

自分の家族や友人がこの種の事件の犠牲になった場合は、その怒りの感情はほとんど沈静できると思えない。どんな犯罪にもある種の正当性(?)や同情性が“かけら”でもあって欲しいと願うのみである。

犯人の親でもないし、友人でもない人はどういう風にこの「起こったこと」に向き合ったらいいのだろう。
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カテゴリ: 社長ブログ

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Posted on 2008/06/20 Fri. 11:28    TB: 0    CM: 0

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