大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの社長をしている 大谷光彦のブログです。

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EAP:職場におけるメンタルヘルス-個人と会社の間に存在する永遠のテーマ【後編】 

ヒューマニーズは「組織のメンタル診断」のツールを持っている。
これには「組織心理学」という領域の学問が近いようである。大学の先生と何年もかけて開発した「そしきカルテ」という名称の診断ツールを持っている。これもまだまだ発展途上で、今後サンプル数が増えて行くに従って、ヴァージョンアップして行かなければならない。

とにかく“現状の把握”が必要である。個人の相談にはもちろん電話や面談で常に対応しているが、「会社」に関してそういうことを分析しようとすると、現状がどうなっているのかという点をきちんと「診断」しなければならない。

社員の部門ごとのストレス度合いを出すのであるが、ストレスが高いからと言って、すぐ問題に直面しているとは言えない。それには「緩衝要因」と言って、ストレスが高くてもそれが問題につながらないさまざまの条件も重要であるからである。場合によっては、ストレスが高いからこそ生き生きした職場であることも多い。そんなことを会社の人事や労務の人と一緒に考えていって、なるべく社員が生き生きとした職場にして行きたいと思っている。

つまりメンタルと言っても本当に範囲が広いし、病気と普通の間は簡単に線引きできない。また、ストレスが少なければ生き生きしているわけでもない。会社がうまく行っているわけでもない。残業が多くても、高い目標や自分でなければできない期待を受けていたり、それができる能力があると思っていると、ストレスが高くても充実した会社生活は送れる。良く眠れるし、食欲もある。会社はいかにそういう環境を作るかということである。

しかし、個人の能力・性格・年齢などいろんな差異の集合体である会社での社員のあり方は難しい。とにかく奥が深いのである。

今、このビジネスに非常に興味を持っている。利益を出すのが非常に難しいので大変苦労しているが、これから真剣に取り組む価値のあるビジネスだと思っているからである。EAPという呼称も何か違うと思っている。うまく言えないのであるが、たぶんこれは、個性や能力の異なった人の集合体としての会社組織と、利益とか効率を追求しなければならない会社というものの境目に存在し続ける永遠のテーマで、そのソリューションも無限に存在するのであろう。

だから興味が尽きないし、今後の日本の中での社会的意義も大きいと思っている。
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Posted on 2008/08/29 Fri. 12:51    TB: 0    CM: 0

EAP:職場におけるメンタルヘルス-個人と会社の間に存在する永遠のテーマ【中編】 

当社は、このEAPをなるべく組織としての企業というものを軸に考えたいと思っている。なぜなら、世の中にメンタルヘルスをケアする組織というか会社というか個人も含め、そういうものは多い。

その典型がクリニックである。心療内科とか精神科である。この種の専門機関に行ってもらったらわかるが、まず予約がなければいつまで待たされるかわからないほど混んでいる。それだけニーズが大きいとも言えるが、この治療というのが、実に難しいからである。

体の病気にも、いわゆる難病というのがたくさんあって、未だに治療法が見つかっていないものも多いが、このメンタルも(と言ってもこの場合「うつ病」のことに限定して話をする。それ以外のたとえば「統合失調症」などはちょっと話は別であろう)、病気と捉えると、実にとらえどころのないものである。それは、多くの場合「病気」と「健康」の境目が明確でないからだと思っている。

普通の生活をしていても、いろんな事がうまく行かなかったりすると気分が落ち込む。自分の目標が見えない、将来に不安がある。病気が治らない。皆そんなときは気分が冴えないし、それが続くと眠れなくなる。そうするとたぶん脳になんらかの変化が起こって、意欲が無くなったり食欲がなくなったりする。少しひどいと心配になって医者に行く。医者はいろいろ話を聞いて薬を出す。でもよほど症状がひどくない場合、その原因が多少なりとも取り除かれれば治る。

なぜ患者が多くて、かつ待たされるかと言うと、ひとりひとりの“診察時間”に相当のバラつきがあるからである。また思ったようにしゃべれないとか、気持ちを表せないことも多く、症状の程度の特定に医師も時間がかかることも多い。つまり、時間の計算ができないからである。

ちょっと話が逸れてしまった。つまり、EAPというのは、医療機関ではないのであって、従業員を相手にするということは「会社の中」のことに原因があると考えることを中心に置いたサービスである。もちろん社員も個人であるから、相談の内容は個人の生活を原因としたことも多い。それにもちゃんと相談にのる。そうしなければ社員として会社の期待した働きをするとき障害になるからである。でも、やはり会社の問題、例えば職場の環境、労働時間、上司や同僚との関係、会社の将来、経営方針・・・そういったさまざまなものになんらかの原因があるので、“生き生きとして働けない”場合を中心に考えていかなければならない。

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Posted on 2008/08/27 Wed. 12:56    TB: 0    CM: 0

EAP:職場におけるメンタルヘルス-個人と会社の間に存在する永遠のテーマ【前編】 

先般のブログに、社員があまり見ていないようだ、と書いたら「見ている」という意見が寄せられました。その割にはコメントがないじゃあないか、という話はしましたが、確かに内容がコメントしにくい内容であるように思った。反省しなければならないか・・・それと、ここのところつい政治絡みの話が多くなり過ぎている傾向があって、そういう意見もあった。これも反省である。どうしてもいろんな事件とかイベントがあるとつい物申したくなってしまう。それだけいろんな事件がありすぎるのではあるが。

そういう訳で、結局傾向が変わらないことになるかもしれないが、今回は当社で始めたメンタルヘルスセミナーのことや、メンタルヘルスに関する僕の思いなどを書いてみようと思う。

毎月1回、お付き合いを頂いている企業の人事とか労務の担当の方々に無料でメンタルヘルス(企業の従業員向けのもので、“EAP””と呼ぶ)のセミナーを開催している。
主催は当社の子会社でEAPを専門にやっている「ヒューマニーズ」という会社である。「Human」と「Needs」のNを重ねた造語であるが、“人間として必要なもの”を提供したいという“大それた”希望を含んでいる。社長は僕が兼務している。

そもそも何故メンタルヘルスの事業を始めたか、という話からしなければならないと思う(以前これにも触れた記憶もあるが)。

一言で言えば、会社がうまく行くためには社員との関係がうまくいっていなければならない。
何が「うまくいっている」ことなのかは非常に難しいが、一応“会社の一員として、社のミッションと自分のミッションに矛盾がない状態”というように理解している。但し、細かく言えば矛盾していることは多いし、それ自体仕方のないことだと思っている。例えば、給与・勤務時間・権限・通勤距離・福利厚生など会社と利害が一致していないことは多いし、社員全員の希望と会社の生産性から派生した希望は、永遠に一致することはないかもしれない。

でも、歩み寄れることは多いのではないだろうか。“その状態”になっている背景や理由を認識しあうことは出来るし、またその努力はしなければならない。理解とか賛同できるかというと、どこまで可能か一般的には言えない。それぞれの理解能力とか性格とかいろんなことで、理解できるかどうか、その程度はまちまちであろう。

しかし、僕はよく「納得」していることが大切であると言っている。

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Posted on 2008/08/25 Mon. 12:57    TB: 0    CM: 0

正義の告発とヒロイズム 

またまたNHKの番組をネタにさせてください。

例のBSE(狂牛病)に絡んだ、雪印食品偽装の告発者の番組を見た。自分が正しいと考える信念を貫いた、倉庫会社の社長にスポットを当てた内容だった。倉庫業者が告発した直後、雪印食品以外の顧客もほとんどの食品をその倉庫に預けなくなり、その倉庫会社が倒産したという。

一体誰が本当の犠牲者だったのか、を考えて見ていた。雪印に気を使って、告発者の会社から商品を引き上げたと解釈するが、本当にそれだけなのだろうかと。

人間には、ヒーローを作りたい欲求と並行してヒーローを引きずり降ろそうとする欲求があるように思う。なんとなくだが、ヒーローになるにはある一定の経過を辿らなければならないような気がする。最初は村八分的な意地悪な感情が芽生え、次にそれを引きずり降ろそうとする気持ちが芽生える。特に利害が近い人や、その人を知っている人々の中にそういう気持ちが発生するのではないか。それは一種の嫉妬である。

ところが、そういう範囲に居ない人々がマスコミなんかでその話を聞くと、自分が嫉妬心を催す根拠がないので、ヒーローとして取り上げたいという欲求に最短距離で到達する。マスコミなんかはその最たるものかもしれない。利害が近い人たちも、世間の中でその人がヒーローとして認知されたと判断すると、自分もその側に立つ。そっちの方(つまり善人の仲間に入ると判断した方)が自分の利害に合致するという気持ちになって、あたかも最初から善人であったような振りをする。

結局、この倉庫会社の社長は皆の“善意”に最後は包まれて会社の再建ができ、ヒーローになった。でもそのプロセスをそういう見方で取り上げた物語にはなっていなかった。僕には、なかなか含蓄のあるプロセスと感じたが、番組制作者の意図がどこにあったのかもうひとつわからなかった。

最近は、告発という行為が礼賛され正義の主のように取り上げられることが多い。

しかし、人間の本質を注意深く見たとき、事はそう簡単ではないという気がした。

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Posted on 2008/08/22 Fri. 09:30    TB: 0    CM: 0

ペットのメタボ問題にみる自由の難しさ 

前回書いた日雇い派遣の問題が、先日NHKのニュースで取り上げられていた。そのまま見ていたら、その後の特集が動物のメタボの問題であった。

生活が成り立たないという雇用の問題の次が、ペットの肥満というのが如何にも皮肉で、かつ日本の現代の病理を浮き上がらせていた。可愛がりたいという人間の本能を“無責任に”ぶつける対象として、ペットは格好の対象なのであろう。

ボランティアはその奉仕に比例して自己の快感満足というご褒美があることを、以前ブログでも書いたと思う。ちょっと論理に無理がありそうだが、ペットに過剰な餌を与えることはどこかそれに通じているような気もする。感覚的に類似しているものがあるのではと。

しかし、「自由」ということも同時に考える。与える自由ということ。フリーターの問題は、主として経済問題として捉えられているが、「自由」の問題でもある。好きなことしかしない自由が許されるということが、結果として未来を喪失する危険に通じているという意味で。ペットに注ぐ不適当な愛情も、飼い主に与えられた自由の行使である。(虐待の真逆に見えて実は、結果としてペットの命を縮める行為という意味では“より手の込んだ無邪気な虐待”とも言えるかもしれない)

この二つの特集を見てまた落ち込んでしまった。現代の物質文明のゆがみを象徴しているように思って。その意味では、今起こっている資源価格の高騰が、このゆがみを是正する一助になるかもしれない。社会活動が自ら持っている自浄作用なのかもしれない。

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Posted on 2008/08/20 Wed. 10:07    TB: 0    CM: 0

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