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大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの会長と一般社団法人組織・人能力開発研究所の代表理事をしている 大谷光彦のブログです。

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篤姫 

今やっているNHKの大河ドラマの「篤姫」を毎日曜楽しみにしている。最近の大河ドラマの中では群を抜いて出来がいいと思う。シナリオも曲も素晴らしい。

原作を読んでいないので、宮尾登美子の力量とシナリオや演出家の力量のどちらがより大きな役割を発揮しているのかわからないが、どちらも優れていなければ作れない作品のような気がする。また、女優の宮崎あおいも、あの歳であれだけの演技力が出来ることに感心する。

実像をどこまで映し出しているのか本当のところはわからないが、天障院という人物の質の高さに関心する。あの激動の歴史の中でああいう役割を与えられてしまい、それを能動的な自分の意思に変えて人生として完成させた器量と言おうか。女性の持っている底深さも感じる。

このドラマでも思うのは、江戸時代の日本人の民度の高さというか、質の高さというか、現代の日本が随分見劣りするということ。武家以外ではどうだったのかよく知らないが、少なくとも武士のものの考え方は基準がしっかりしている。生きる目的とか人生の価値評価の基準が明確である。儒教とか家とか殿様とか、封建の世の中を構成した規範など、今から見ればいろんな制約の中で生きなければならない、随分不自由な人生であったとも言えるかもしれない。しかし見方を変えれば、自分の役割が明確でそれに向かって迷うことなく自分を高めて行ける。周りの環境と自分の目標に矛盾がなく、その分効率がよい。「役割」というものに純粋になれることで、大きな力を発揮できることが、世の中に多い。

明治維新という内戦を伴う革命は、日本の武士が持っていた質の高い志と、日本という国の質の高さによって成し遂げられたように思う。単なる権力闘争という側面が非常に少なく感じられるのは、僕の想い入れが強すぎるからであろうか。幕末という日本の歴史の一時期には、前からずっと強い関心があった。昔から司馬遼太郎をよく読んだものだが、その中でも幕末・明治ものが好きだった。

今の時代の方が、圧倒的に自由がある。でも幸せというものを深く考えれば考えるほど、あの時代にあこがれる自分がある。でも、現実逃避ではないかという自戒もある。「篤姫」を見ながらそういうことを考えてしまう。

良くできたドラマだと思う。

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Posted on 2008/10/10 Fri. 16:08    TB: 0    CM: 0

努力とチャンス 

先日、遅く帰ってきて、食事をしながらNHKの番組を見ていたら、北京オリンピックのリレーで銅メダルを取った日本選手のことをやっていた。再放送だったようで、結構前にやった番組だと思う。 番組のタイトルが「舞い降りた夢のメダル」だった。実にうまいタイトルをつけたものだと思う。

この番組はいろんなことを教えてくれた。リーダーである朝原宣冶さんと奥さんで元シンクロのメダリスト奥野史子さん夫婦の姿にも焦点を当てていた。そして朝原という、もう36歳でありながら現役のアスリートで在り続けている一人の人物とそれを尊敬している仲間達の存在も、このイベントが達成された大きな理由になっていた。
陸上競技の、特に徒競走はもうほとんど黒人選手の独壇場で、ましてやアジア人選手がメダルとれるのは奇跡に近いと思っていた。それが取れた。予選中に強豪チーム(米国とかナイジェリアなど)がバトン渡しに失敗したから、メダルに手が届いたと言ってしまえばそれまでだけど、そういうチャンスがあったからと言ってメダルが取れるとも言えまい。
千載一遇のチャンスが結果につながるということが持っている“確率を超えた人間ドラマ”を描き出していて、感動した。これに関して僕が思うことを書くと、相当な枚数を必要としそうである。
簡単には言えないが、「チャンスとそれが“舞い降りてくる”とき、そこにどういう姿で居るべきなのか。そうするために大切なことは何なのか。」「なぜあんなに強豪チームが失格したのか。」

それが、決して偶然ではないと考えている。

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Posted on 2008/10/08 Wed. 10:04    TB: 0    CM: 0

秋に想う 

とみに最近秋らしくなってきた。

自宅の近くのレストランのベランダから先日見た空は、もう夏の空ではなかった。顔に当る空気も秋の匂いがした。
その時、なぜか「札幌」を思い浮かべていた。日本の都市の中でもっとも好きな町のひとつかも知れない。学生のころよく行った。

僕は潜在的に「北方ロマンティスト」であると思っているが、北海道は本州とはまったく違う国である。温帯には属さない植物、日本とは思えない土地の広さ、明治以降に開拓されたやや人工的な町並みや札幌で聞く言葉も綺麗で好きである。住んでいる人は大変だろうが、雪の札幌などはもっと好きである。北大もまた好きな大学である。あの広さ、ポプラやエルム(楡の仲間)の並木。あそこで学んでみたかったと思ったものである。まあよく自分でも理由のわからない、好き嫌いの話である。

季節の変わり目には、昔体験したいろんな思い出が蘇ってくるが、やはり秋はいい。ちょっとこういう言い方をすると照れるが、真面目に人生を考えてみたり、旅をしたくなったり、自分の中の何かが動き始める季節のような気がする。

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Posted on 2008/10/06 Mon. 10:25    TB: 0    CM: 0

尾道北高等学校の思い出 

前回、「尾道」のことを書いたので、続いて少し僕が通っていた高校のことを書こうと思う。

高校は「尾道北高等学校」で、旧制の尾道中学だったところ。歴史のある学校で、昔の木造の“階段教室”がまだ残っていた。千光寺山という、町の真ん中にある小高い丘みたいな山の中腹にあったので、通うには坂を登って行かなければならなかった。しかし、自転車で通学していたので、行きは大変だったけど帰りは楽だった。戦災にあっていないので、昔からの狭い道が、至るところに存在する寺の間を細かい網の目のように縫っていて、海の匂いがどこからでもしていた。
今思うと、どちらかと言うと女性的な街で、丸味を帯びたやさしい風景に満ちていた。山陽というだけあり、明るい陽だまりのような部分も多くもっていた。当時はそういうところが、あまり好きではなかったような気がする。

高校では、軽音楽部に入っていた。校歌が大好きだった。平井康三郎の作曲で、3拍子で始まって途中から4拍子になる、まるで組曲のようなちょっと凝った複雑な曲だった。しかも、普段歌うときでも2部合唱になっていて、最初聞いたとき驚いた。非常に垢抜けた、おしゃれでちょっと自慢したくなる曲だった。ちなみに、作曲者の息子さんは世界的なチェロ奏者かつ作曲家の平井丈一朗。

高校は歴史があるのでOBがたくさんおられる。「槇ケ峰」と呼ばれる場所にあったので、そのまま同窓会の名前になっている。いろんな集まりがあるようだけど、忙しさにかまけてあまり参加したりしてないので、貢献できていない。
誰でもそうだと思うが、歳を重ねてくると故郷の印象や存在が、自分の中で変わってくる。

何かだんだん好きになる故郷である。

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Posted on 2008/10/02 Thu. 12:15    TB: 0    CM: 0

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