大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの社長をしている 大谷光彦のブログです。

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人と人の繋がり方 

ツイッターというブログとチャットの間のようなインターネットのコミュニケー

ションツールがあるそうな。”ゆるい”人間関係を好ましいと思っている人

が多数であることを前提として開発されたものらしい。名前を聞いたことは

あったけど、どんなものか知らなかった。というより知ろうと思っていなかった。


このたび我社のHPにこの機能を組み込みたいという提案が社員からあり、

そもそもよくわからないので”やってみたら”と言ったらあっという間に何やら

リンク(と呼ぶのかどうかも知らないが)した仕組みが出来上がった。

だから何がどうなんだ、ということも良くわからないが、会社がどんなこと

をしているのか、ということを発信をすることはとても大切であるし、それを

評価されるように頑張るのは会社の姿勢としてすごく健全だと思う。

そうなるように社員みんなが努力することは大いに結構である。


まあ、社員の自発性が向うところに会社の目指すところがあるのは理想

であるが、それは社員も経営者も努力が必要である。”会社の利益は

社員の利益”(その逆もまた真)ということを徹底して追及するためには、

社員同士・会社(結局経営者とか株主?)と社員の考え方のシンクロと

情報の共有が不可欠であろう。大きな会社ならかなり難しいと思うが、

我社のような会社ではこれはどうしても追及したいところである。


これからも社員一同いろいろ発信していくようである。大いに邪魔しないで、

彼ら(というか主として彼女たち)社員の自発性を重んじて会社の利益→

社員の利益→社員の幸せ、を大真面目に追及したいと思っている。


で、このツイッターがどうなるんだっけ?

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Posted on 2009/11/30 Mon. 18:09    TB: 0    CM: 0

夜の街と文部省唱歌 

昨夜は本当に久しぶりに徹夜してしまった。今日のバンドの練習用の編曲

が間に合わなくて、夕方から始めて終わったのは朝の7時だった。

本番が12月末にあるのだけど、あと何回も皆が集まっての練習ができない

ので焦ってしまった。もっと早く終えておくべきだった。


人間の脳はこのくらい根をつめて使っていると、完全に反応が鈍くなって

間違いだらけになる。かといって放り出して寝る訳にもいかず、働きの

落ちた脳を苛めてしまった。


フレッシュな頭でやればすぐのこともとにかくスピードが夜が更けるに

従って遅くなるのが解る。


まあ、それはいいんだけど、朝の弱い私としては、あの朝靄に景色が

浮き上がってくる感じを久しぶりに経験した。


若い時は結構、朝まで飲んだりしたもんだけど、最近はそういう機会も

なく、品行方正この上ない生活をしていることを、久しぶりの朝もやが

教えてくれた。


学生の頃の3年間くらい新大久保に住んでいた。明治通りに近い方なので

いくらか静かだが、まあ夜の街であることにはかわりない。

夜が昼みたいな町で、夜がこの世からなくなると絶対存在しない街だった。


いまでも思い出すのは、銭湯の帰り道(そう、あの南こうせつの「神田川」

そのままの世界です)に一見の何の変哲もない居酒屋があって、なぜか

いつも文部省唱歌(うさぎ追いしかの山?とかの歌)をお客が皆で歌って

いるようで、声が外まで聞こえていた。妙に街と合わないその歌が少々

不気味ながら、何故かしんみりとしたもんだ。

地方から出てきた当時の自分にはそれに呼応する何かがあったんだと

思う。


当時キャバレーとかクラブから学生バンドにパートタイムで穴埋めの

演奏依頼が来たりしていた。いわゆる「トラ」というやつだ。

鶴見とか川崎のキャバレーにサックスを抱えてアルバイトに行って、

深夜この街に帰ってくるような夜が多かった。


当時あの世界はプロとアマとの境界線がはっきりしていた。演奏する

方もそうだったけど、働く女性もそうだった。今は女性に関してはもう

境界なるものがなくなっているようだ。そもそもその”キャバレー”なる

ビジネスもないか。


でもあの薄暗い世界にうごめいていた生きることへの健全なエネルギー

を懐かしく思い出す。今の日本も貧しくなってきたけど、当時は皆貧しかった。

でも貧しさの中身が違っていたなあと思うのである。


久しぶりの朝靄に、学生時代の新大久保の朝とあのキャバレーの楽屋

を思い出した。



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Posted on 2009/11/28 Sat. 23:27    TB: 0    CM: 0

ショーとしての事業仕分け 

連日「事業仕分け」のニュースがTVを占領している。


今まで”政治の世界はいろいろあってしょうがないか・・・”と諦めるのが

大人の分別だと思っていた多くの日本人が”こういうことができるんだ”

という感動を持ってみている一種のshowになっている。何でも初めて

のことをするにはリスクがあるし、マイナスも多い。でもしなかったこと

をするのはそれ自体意義がある。そんな思いで見ている。


ただ心配がないわけではない。それは”分かりやすさは非常に危険

でもある”ということである。世の中には”すべての人に分かる”という

ことはそもそもない。単一の価値観でYesとNoが出せるものもほとんど

ない。政治はその最たるものかもしれない。


もう一つ懸念するのは、「正義」の怖さである。ヒットラーも毛沢東も

「正義」によって人を動かした。


民主主義というのは難しいものを単純に見せる力を持っている。

見えることも単純であることも時として大切だし、そうでなければ大きな

ものは動かせない。でもそうだから良いんだ!というのは大きな間違い

でもある。


まあ、どうであれ長く戦後の日本になかったものを見せてくれている

ことは楽しいことではある。今後事態が進行する中で、自分も含め国民が

どういう体温の変化を示すか、そっちのショーも大変楽しみである。


でも、ビジネスに大きな影響があることも確か。その被害者にはなりたく

ないというのも本音。それも「友愛」政治が解決してくれることを切に願う。



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Posted on 2009/11/27 Fri. 14:48    TB: 0    CM: 0

良いストレスと悪いストレス 

ここのところまた急に忙しくなって、ブログを書く時間もない状況が続いて

いた。やっと一息ついたことろである。そもそも忙しくて書けないようなもの

ものをブログと呼んで良いのだろうか、という疑問を持ったりした。


当社のサービスメニューの中に、「そしきカルテ」という企業の組織ストレス

診断がある。これは大学の先生と共同開発してきたもので、「産業組織

心理学」という学問に基づいて開発されたツールである。


この産業組織心理学というのは、企業などの産業領域の中で働く人の

こころの問題を捉え、企業という環境の中で人がどうやったら生き生きと働き、

労働生産性が上がり、企業の利益になるか、というようなことを研究する学問

のようである。ある会社のレポートの完成が近くて、そのコメントを「人事

コンサル」的視点から書く仕事である。結構量があるとこれが大変であるが、

詳しくそのレポートの数値を見ているとその会社の人的状況が浮かび上がっ

てくる。


ストレスというのは、基本的には心の健康を害するもの、と理解されているが、

ストレスにも良いストレスと悪いストレスがある。休みなく働いていると、脳が

休む時間がなくなり、心の健康が害され、いろんな症状がでる。

通常、まず活気がなくなり、次にイライラ感が出て、疲労感、身体愁訴

(いろんな体の不調のこと)がでて来て、不安感から最後に抑うつ感に至る

流れ、というように説明されている。 しかし良いストレスと言うのもある。

例えば演奏会の前の緊張とか、会社の立ち上げ時のプレッシャーだとか、

フィギュアスケートの選手の演技の時の3回転半ジャンプの前とか、、


良いストレスとは、ある目標があり、それを達成するためのストレスであって、

それが終了すればそれもなくなる。理想を言えばそれが成功し、大きな

達成感を味わえれば、”ストレスがあったからその開放感もある”という

最高のストレスになる。


だから、問題はそれが適性なストレスかどうかである。毎日目標がなく、

暇な人は実はそれも一種の悪いストレスにもなるので、緊張だけでも

ない。まあとにかくややこしいのである。


そういう意味では最近とみにこの悪いタイプのストレスが多く、それで心の

健康を害し、最悪は自ら命を断つというようなことになってしまう。


心療内科とかメンタルカウンセリングでどこまでこれが治癒されるのか、

イタチごっこが続いているようにも思う。


もっと違うアプローチがあるのではないか、と自問自答しながら日々あがいて

いるが、仕事が一段落すると、そのストレスを分析したりしている自分が

居て、つくづく嫌になることがある。


今夜はJazzでも聴いてまた明日からのストレスに備えましょう。

こう言うときはバラードですね。ヘレンメリルですかね・・・



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Posted on 2009/11/26 Thu. 20:24    TB: 0    CM: 0

音を楽しむということ 

昨夜、丸の内の「Cotton Club」でDuke Ellintonを聴いた(そして”見た”)。

昨年来日した時行きそびれて、今回は是非と思っていた。

コットンクラブは青山のブルーノートの姉妹店で、一度行ってみたいと思って

いたところだった。エリントンも良かったし、コットンクラブも良かった。


まず演奏であるが、第一印象として、もう少し新しい音楽もやるのかと思って

いたら、やはり徹底的に往年のエリントンサウンドを守ろうとしていることが

わかった。まあビジネスとして考えれば当然と言えば当然であろう。

ジョニーホッジスが居る!とまでは思わなかったが、よくpreserveされた

音で感心した。


本当に久しぶりに学生の頃耳にしていたあの音質を思い出した。

当時カウントベーシーは猫も杓子も真似していたが、エリントン

をやろうとしたバンドはほとんどなかった。マネしにくいのである。難しい、

と言えばカウントベイシーだって難しい。マネしても永遠にその音には

ならないのであるが、どっちかと言うとカウントベーシーの譜面の方が

見た目にも易しかったことがあるのではないかと思う。


最近聴く音楽は筋肉が緊張する。ビッグバンドもそう。自分でやりたいと

思う曲もそう言うのが多い。そういう中で、「ああ、音楽ってこういうものだよな!」

とジワジワと体の中から生理が教えてくれる、そういうサウンドであった。


アドリブも、オタマジャクシをフォローできるようなオーソドックスなものが

ほとんどだけど、楽譜にできてもあの音にはならないっていうあの本場の

高みを改めて突きつけられた思いである。


身についたものが自然にかもし出されるのが名人の境地とすれば、

戦前のアメリカのビッグバンドJazzには、そう表現せざるを得ない力がある

ことを改めて思い出させてくれた。「上手い」ということの意味をまたいろいろ

考えさせられた。


コットンクラブも良かった。今まで行った東京のライブハウスでは一番

上質なものを感じた。そう、”ショーを演出する欧米文化”の再現に忠実

な設計をし、それを生かす空気をまた忠実に演出しようとしているように

思った。インテリア、照明、音響、客の動線、客席配置などに一貫した

思想を感じる。しかし初日ということもあろうが客はそう多くなかった。

こういうライブハウスの事業は、その良さをビジネスにできるほど甘くは

なさそうである。


とにもかくにも、こういうビッグバンドをまたやりたい!! と、

突きあげてくる衝動を抑えながら、体を過剰なほど揺らしていた夜でした。





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Posted on 2009/11/19 Thu. 12:35    TB: 0    CM: 2

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