FC2ブログ

大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの会長と一般社団法人組織・人能力開発研究所の代表理事をしている 大谷光彦のブログです。

12« 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.»02
 

千代大海と小沢幹事長 

昨日魁皇の話を書いたら、千代大海が引退するというニュースが入ってきました。最後の取り組みが魁皇だったこと、抜いた記録が千代の富士のそれであったこと、これには偶然とは言い切れない何かがあると、ちと気になってしまいました。千代大海と魁皇の個人的な関係とか、角界の政治的な駆け引きとか年寄り株がどうこうというような計算も背景にはあるかもしれない。しかしどこか根っこのところで、魁皇の記録とともに残る自分の最後の取り組みだとか、自分の新記録とともに一人の力士が引退したんだ、というのは何とか絵になる事実だとは思いませんか?

それと、これは僕だけの感覚かもしれないけど、そう、何か仲間意識のようなものがお互いにあるのではないかという気がします。魁皇も千代大海も、モンゴルの横綱や大関の陰で、何か「無言」の力をいぶし銀のように出している力士、というある種の共通点を持っているってこともあるような気がする。確かに強くはない。でも大切なものをわかり合えているという仲間意識がありそうな気がします。そして互いのことには寡黙になっている。違った形の強さとでも言おうか。ちょっと意識過剰なことはわかっているけど、こういうのにやはり日本を感じます。

昔、外人に”沈黙の価値と日本人の美学”ということを説明したことがあります。何度か、僕が入っていた建長寺に連れていったときなんか、禅と沈黙の関係がよく可視化できていて説明しやすかった。そのことにこの角界の2人は通じているような気がします。

偶然にも小沢幹事長の違法行為が話題になっていますが、沈黙にもいろんな沈黙があるってことを今更ながら思わざるを得ません。

カテゴリ: 未分類

[edit]

Posted on 2010/01/14 Thu. 22:18    TB: 0    CM: 2

魁皇に見る日本人 

魁皇が幕内通算808勝を挙げて、千代の富士を抜いて単独1位になりましたね。相撲に詳しいわけではないが、最近はあまり良い話のなかった相撲界に久々の日本人好みの話題だと、ニュースの映像を何度か見ながら思いました。


皆が注目する記録には2種類ありますよね。ひとつは、天才的な素質とセンスで誰もできないすごいことをあっさりやってしまったと言うような記録。もうひとつは、地味だけど忍耐が必要で、投げないで地道にコツコツとやらなければ出来ないような記録。スポーツで言えば「金メダル」というのはどちらかと言えば前者型の記録で、イチローとかの記録は後者だろうか。魁皇の記録はもちろん後者型記録で、日本人が伝統的に好きなタイプの記録だと思います。


最近の角界は日本人の地盤沈下が著しく、それに伴って文化としての相撲の内容も変わって来ているように思います。柔道なんかも、オリンピックの競技として採用されてからその性質が変わってきています。”勝つこと”の重要性と”どのように勝つか”(あるいは”どのように勝たないか”)を問う気持ちの関係はなかなか奥の深い問題です。


どんなものでもより多くの人に見てもらえたり、世界で注目されたりしたいと思うのは自然なことだと思うけど、そうなって失っていくものもあることへの理解はとても大切なことだと思います。魁皇の記録とその振る舞いに伝統的な日本人の琴線に触れる水脈を見ます。この不況で余計にそういうものが見直されているようにも思います。


インタビューでも寡黙。表現が控え目で謙虚。周りの人を立てる。感謝の気持ち。少々苛立つものもあるけどそれが嫌いな日本人は少ないとい思う。


幕内ではない通算勝ち星は、千代の富士がまだ1位で1045だとか。魁皇は976勝ですかね。これを破るのは10勝しても7場所かかる。ちょっと難しいかもしれないが十分可能性はある。また今場所は99場所目らしいので、100場所到達という数字もある。もう少し魁皇で日本的快感を味わいたいと思っています。






カテゴリ: 未分類

[edit]

Posted on 2010/01/13 Wed. 12:10    TB: 0    CM: 0

成人式と平均寿命 

昨日は成人の日。

考えてみると成人というのも何か変な表現ですよね。何が「成った」人のか良くわからない。選挙権とか結婚とかの法的年齢という以上の”大人”という抽象的な意味を世間は語っているけど、まあ考えてみれば、「大人」というのはある時点がきたら達成されるもんでもないし、そもそもその定義も曖昧ですよね。


よく、歳より若く見えるとか老けて見えるという言い方をしますよね。あれは”外見”のことが多いけど、外見は内面の反映でもあるので、”こころ”とか”気もち”が若い、ということとも関係していると思います。”柔軟な考え方”ができるとも言えるし、”子供っぽい”というあまり良い意味ではない要素もあるかもしれない。でも20歳を超えると総じて年齢より若く見られたくなるものではないでしょうか。そうすると「大人」という割と良い意味の言葉と年齢は比例はしないと言えなくもないですね。


江戸時代の「元服」はだいたい15歳くらいだった。平均寿命という数字で見ると、ついこの前までは生まれてすぐ死ぬ人が多くて、20歳とかが普通であったようです。昭和の後半になって急に伸びてきて、日本の今の平均寿命は女性はぶっちぎりで世界1位の86歳。男性は1位ではないが、ほぼ80歳で3位くらいだけど1位とは僅差。


これは明らかに医学の発達と経済力の増大が背景。戦争とかがなくなってきたこともあるだろうけど、やはり食べ物があって病気が治せるようになってきたからであろう。


日本人か貧しくなってきていると言われている。若者に希望が与えられなくなってきていると言う。現在のところ依然として医学の発展は進んでいると思うけど、経済力は停滞ないしは減少しているのかもしれない。ということは医学の発達と経済力の増大が比例しなくなるのだろうか?その場合今後寿命はどうなっていくのだろう。


少子化が進めば高齢者比率が高くなるので、その範囲まではまだ平均寿命は延びるということになるが、その後は? 


今年の新成人は初めて全員平成生まれであり、数も戦後最低だとか。今、平均寿命が逆に少なくなって行く分岐点に差し掛かっているとしたら、その「意味」を考えなければならない時代なのかもしれませんね。

カテゴリ: 未分類

[edit]

Posted on 2010/01/12 Tue. 11:15    TB: 0    CM: 0

emailが運んで来たカリブ海の風 

ちょっとうれしい驚きがありました。先週の金曜日のことです。

新年に入ったので今までの顧客とか友人とかを振り返ろうと名刺の整理をしていました。たまたま、そう言えばたぶんこの5年くらいは会っていないなあ、どうしているんだろう、という人物の名刺を見つけ、なぜか急に顔をみたいと思った人がいました。名刺の番号に電話してみました。そうすると海外に駐在していると言うのです。とっさに、私の名前とメールアドレスを伝えて、社内で何か連絡することがあれば伝えて欲しいと頼んで受話器をおきました。

その国はカリブ海の島ジャマイカで、駐在先としては結構びっくりするところでもあったし、そう言えば昔カリブ海の島々を巡る”おいしい仕事”をした事があったことを思い出し、ますます話したくなった気持ちのまま電話を切りました。

そうしたらですね。それから本当に10分くらいでしょうか、彼からメールがきたのです。時差から言えばまさかという時間です。きっと深夜のはずです。あまりの速さに驚いてしまいました。インターネットで地球が小さくなった言うが、このスピードは異常です。インターネット恐るべしです。電話の女性がすぐメールを打ってくれたこと、彼がまだ寝ないでPCの前にいた事、そして僕が外出もせず机についていたこと。そして何より、彼がすぐメールを打とうと思ってくれたこと。そのお陰でまたチャンネルがつながりました。それらのことに驚き、かつ感謝しました。

昔バブル全盛期の頃、ある会社の日本でのリゾート開発の手伝いをしていたことがありました。そのテーマがカリブ海で、マスタープランをボストンの設計会社に依頼して、私がそこと客先の橋渡しの役をしていたのです。そのときこの設計会社の人や顧客企業の担当者と「勉強のため」カリブ海に行ったのです。

プエルトリコのサンファンでセスナに乗り換え、すぐ東側にあるヴァージン諸島のセントトーマス島と、少し南の仏領とオランダ領が半々のセントマーチン島、それから結構南下してセントマルティニーク島、確かこういうところを1週間くらいかけて回りました。セントトーマス島なんか滑走路がぎりぎりの長さで、しかも斜面になっていて、パイロットが「ここは着陸直前にエンジンを切って降りるんだ」と言ってその超絶技術を見せてくれたり、マルティニークなんか、イミグレーションがなくて、頼んだらやっとスタンプを押してくれて、そのスタンプが椰子の木で大笑いしたこととか、いろんなことを彼のメールを見て思い出しました。

カリブ海の島々は(もう随分前なのであの”のどかさ”が残っているかどうか不安だけど)、とにかくその距離だけではなく日本から文化的にも遠くて(ヨーロッパからは近いので彼らのバカンスの行き先としてはポピュラー)、結構何から何まで新鮮で、今まで見て来たものとは比較できない独特のものがありました。

ヨットの白い帆とコバルトブルーの海。それを取り囲む赤い屋根とピンクやオレンジの派手な壁と白い砂浜。聞こえてくるカリプソやサンバのリズム。そしてあのスティールドラムの音。仕事そっちのけでカリブ文化の魅力に引き込まれた1週間でした。ラム酒なんかもこの辺りのものが有名です。

もうあんな遠くへ行く元気もないだろうなあと思いつつ、あのカッと照りつける太陽と湿度の少ないさわやかな風を懐かしく思い出しました。ひょんなことでカリブの香りを運んでくれた出来事でした。




カテゴリ: 未分類

[edit]

Posted on 2010/01/11 Mon. 14:27    TB: 0    CM: 0

日本人だと防げなかった飛行機テロ事件 

アメリカでテロ未遂事件が起こりましたよね。最初の一報を聞いたとき、アルカイーダがチェック網をかいくぐれる新たな爆薬を開発したんだ、と思いました。しかし実際は特別新しい発想の爆弾ではなさそうで、未遂とは言え、ほとんど成功一歩手前まで行っていたことに驚きました。体に装着していた粉末のものは確かに発見が難しそうですが、瓶に入った液体は目薬までチェックしていたシステムで、液体の持ち込みができたことに、あの厳重なチェックは一体なんだったんだ、と思ったものです。

それもあったけど、一番気になったことは飛びかかった乗客のこと。彼はオランダ人で、犯人から少し離れた座席に座っていたのを、火を見た瞬間、間にある席を飛び越えて「何も考えずに飛びかかっていた」そうな。あの飛行機の乗客がもしほとんど日本人だったらどうなっていただろう。ひょっとして未遂では終わらなかったのではないかと。火を見た瞬間皆水を打ったように静かになってしまって、誰一人状況把握ができず、固まってしまっていたかもしれないと、いかにもありそうな情景が浮かんできました。自分がオランダ系の会社にいただけに、その情景がリアルに想像できるのです。きっと背の高い大男ではないか。声を出す前に映画でよくあるように空中を飛んで犯人に殴り掛かっている姿が。

アメリカにいたとき、特に男性の瞬間行動力の見事さと言うか、体の初動の早さのようなものに感心(というよりびっくり)した経験が何度かあって、自分も含めた日本人にそういうことができるかなあ、とそのたびに考えたものです。例えば、溺れている人を見てすぐ川に飛び込めるとか、侵入してきた強盗に瞬間的に飛びかかれるとか、そういう場面です。最初は騎士道精神とかキリスト教的教育とか、西部劇などに見る男らしさ像とか、そういうものが原因ではないかと思っていましたが、何度かそういう場面に遭遇したり、新聞などのニュースに接するうちに、もっともっと古くから形成された人間のタイプというかDNA的な違いが原因ではないかと思うようになっていました。例えば、狩猟民族と農耕民族の違いとか、リーダーのいるオオカミの群れ型社会システムと日本のような村秩序維持型形式的平等システムの違いではないかと。(ちなみにイギリス人も少し日本人のようなところがありますね。アメリカ人はオランダ人よりもっと素早いかも。でも日本人が一番遅い事でしょう。)

とにかくこういう突発的な異常事態への対応は日本人は弱いような気がします。だからテロを実行する側から見ると日本のような社会の方が成功しやすいのではないかと思ったりします。ただ一方では、日本人って(伝統的にはですが)皆で同じ事をしている方が安心できる民族だから、挙動不審とか、人種の違いだとか、そういうちょっと異質に見えるものを発見するセンサーが非常に発達している社会なので、その前に見つかってしまうかもしれない。

アルカイーダなんかの組織的活動をしている集団には、それなりの戦略と費用対効果を考え決定するメカニズムが存在するんだろうけど、日本っていうのはどういう風に見えているのか、非常に興味があるところであります。

しかし、飛行機の中でのこういうのは本当に怖いですね。そもそも空中に浮いているだけで、生理的に緊張しているのだから、その恐怖たるや半端じゃあないように思います。昔マレーシアのジャングルの町からしょっちゅうプロペラ機で都会に出張していたとき、すごい雷の中を降りたり、着陸できず木の葉のように揺れながら引き返したりしたときの恐怖を体が覚えているもんですから。

しかしテロのいたちごっこはその根本原因を解決しなければ永遠に続くでしょうね。どうなっていくんでしょう。確率の問題と割り切り飛行機に乗り続けるしかないのだろうか。

カテゴリ: 未分類

[edit]

Posted on 2010/01/10 Sun. 13:00    TB: 0    CM: 0

プロフィール

カテゴリ

カレンダー

リンク

検索フォーム

最新記事

月別アーカイブ

QRコード

RSSリンクの表示