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大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの会長と一般社団法人組織・人能力開発研究所の代表理事をしている 大谷光彦のブログです。

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静かに逝ったピアニスト 

ジャズ史の生き証人Hank Jonesが亡くなりましたね。最後のライブを聴いて、そして見たのはついこの前のブルーノートでした。もう91歳。覚悟はしていましたが、突然の訃報でした。

大器晩成という言葉がありますが、Jazzをやる黒人ミュージシャンのイメージには合わない言葉です。でも彼はそう呼びたくなるような音楽家だったと思います。僕には東洋的で心静かな修行僧のように映っています。

5月17日付のニューヨークタイムズの記事を読みました。タイトルに「多才なピアニスト」という言葉がありましたが、アメリカではそういうイメージなのかもしれません。でももっと深い言葉を使いたくなります。

1962年のケネディーの誕生日にマリリンモンローが歌ったあの有名な"Happy Birthday"の伴奏も彼でした。スタジオミュージシャンやエラフィッツ・ジャラルドのバックなど裏方で下積み期間が長く、還暦を過ぎてから表に出てきたようなイブシ銀の名ピアニスト。チャーリーパーカーやベニーグッドマンと同じ時代を共有していながら、最近になって一段と存在感を増した、本当に息の長いミュージシャンでした。

どんな人にも合わせ、長い時間をかけて静かに自己主張をしてきたような人生ですね。晩年になっていくつも賞をとっていますが、大きな夢を持つのではなく、一定の努力を長く続けて得ることのできた穏やかな人生。なんかその生き方に”癒される”ような眼差しを感じてしまう。休むにはそろそろ良い潮時だったのでしょうか。

時を同じくして、あの「スウィングジャーナル」が休刊になるって言うニュースも飛び込んできました。随分お世話になりました。ジャズ喫茶と煙草と沈黙とこだわりと・・・また昭和がひとつ終わるのでしょうか。

ありがとう。ハンク!
この演奏が好きです。

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Posted on 2010/05/19 Wed. 00:14    TB: 0    CM: 2

どうにも心が痛みます 

メキシコ湾での原油流出のニュースが少々気になっています。気になるニュースは枚挙にいとまがありませんが、このニュースは何故気になるかが自分の中ではっきりしています。


自分はこの分野はまったく素人なのですが、水深1500Mと言うと太陽の光も届かない深海です。こういうところで原油が流出するってすごいことじゃあないかとまず思う訳です。こういう深海で石油を掘削する以上、こういうことが起きたときどれだけ深刻な被害が出るかは当然予想できていたはずで、それが起こらない確率が相当高いか、万一起こっても比較的容易に被害の拡大を食い止める方法が確立されていると思っていました。


それが、”誰もどうしようもない”ような論調のニューズが多く、そういうことってあって良いのだろうか、とかなり素朴な疑問を持つわけです。許認可を与える州の審査はどうだったのか、普通はこういうやり方で簡単に食い止められるはずが運悪く想定を超える何かが発生してどうだとか・・・ 少なくともそういうことに関する記事を期待して読むのに、その手の情報がないことに大いに違和感を覚えるわけです。


僕は、エンジニアではないけれど、結構こういう海外のプラントものの契約や交渉を担当してしていたから分かるのですが、トラブル回避義務とか、回避方法とか、その場合の責任分担などに関しての条件が契約の多くを占めているはずです。


それと、それほど熱心な環境保全派ではありませんが、原油流出というのは捕鯨などとは比較にならない環境破壊をもたらすことは歴史が証明しているし、今回も相当な被害をすでにもたらしているであろうし、しかも今流出が止まっても環境が元に戻るには信じられないほどの時間が必要なことでしょう。


そう言えば例の捕鯨反対のシーシェパードの逮捕後のニュースがないですね。どうなっているのでしょう。彼らが非難しているのが環境破壊の話なのか、動物愛護なのか未だにわからないので気になっていますが。


たまたま昨夜HNKのBSで、ヤノマミと呼ぶ奥アマゾンの原住民の番組をやっていた。よくぞあれだけのフィルムが収められたと感心しましたが、人類も、”ついこの前まで”自然に畏怖の念を持って生きていたことに心を打たれました。


火山の被害は勝手に空を飛ぶ人間が悪いのだけど、この石油の話は人間がいなかったら起こらない話だもんね。地下深く眠っていた大魔神の目を覚ましてしまったのかもしれません。


石油文明の恩恵を受けていながら他人ごとのようには発言できないけど、自らの行いをどれだけ理性によってコントロールできるのか・・・ 核不拡散の話もそうだけど、人間は後退していることはあっても実はまったく前進していないのではないかと、暗い気持ちになってしまいます。

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Posted on 2010/05/17 Mon. 14:38    TB: 0    CM: 1

It's a 内視鏡 world ! 

今日のカープはサヨナラ勝ちでした。このシーズン、マツダスタジアムでのサヨナラは結構多いけどマエケンでのサヨナラは初めてだとか。相手が天下のダルビッシュとはまた気分の良い夜でした。

ところで今日は朝早くから空腹を抱えて病院に行ってきました。昨日遅くまで会食していたので胃に何か残っていないかと心配しながらの胃カメラとMRIとエコー検査。

病院に行ったというブルーな一日だったせいか、それとも昨日と一昨日があのブラウン楽天に負けたという複雑でネガティブな気持ちだったせいか、とにかくそんな気分を払拭してくれた勝利でした。

ところで胃カメラの話です。

最近は触診だとか問診だけで判断することがほとんどなくなって、ちょっと気になるとCTだのMRIだのエコーだのX線だの果てはPETなどと、とにかく文明の進化がすごくて、こころの病気以外のほとんどのことが可視化できるようになってきたのでそういうデータがなければ判断しなくなってしまった。

しかしそういう風潮の中でも、胃や腸の内視鏡というのは特別な存在であると前から思っていました。なぜなら、それでも「生の体を見ている」からです。もちろんカメラとかの光学技術の発達があって可能になった”今まで見られなかった内部”である訳ですが、人間の目で実際の体を見ているという点においては未だに非常にアナログな世界だからです。義理の妹が放射線科の女医ですが、多くは暗室で画像診断をしているそうです。デジタルな映像を見ながら判定する文字通り”暗い”仕事だと言っていました。

ベッドに横になってモニターをみていると、自分の「肉の内部」が眼前に現れて、どうしてもややナルキッソスな世界に引き込まれます。”美しい”と言う表現をしてしまうと、いわゆる美術解剖学の世界になってきて、良くて松井冬子の世界、見方を変えれば荒俣宏的世界、間違ってしまうと稲垣足穂的世界になってしまいますが、語りたくなる世界であることは確かです。僕は軽い麻酔をかけてもらうので、その感性を助長するファンタジーな映像になってしまいます。昔「ミクロの決死隊」という映画がありましたが、面白くなく言えばあの決死隊の世界ですか。

別に内視鏡フェチという自覚はありませんが、そういう陶酔に自らを導くと、あながちあの異物としてのカメラが胃に入って行っても抵抗なく受け入れられるから不思議です。そういう意味では腸の方はかなり訓練しなければ、その部位ゆえか、なかなか”美学”には転嫁できないようで、プロへの道は遠いように思います。

今日は、2mgの麻酔のせいか、そのあと休憩室で1時間も寝てしまいました。良く寝ていたと看護師さんに誉められ(?)ました。今日のクリニックは結構「イキツケ」で、看護師さんとも面識がある。どんだけ行ってんだって話だけど、何でも好奇心旺盛で質問するせいか、自分の中でもテーマパーク化しているのではないかと怖くなる部分があります。ちなみに今日MRIの時ヘッドホーンから流れていたギター演奏がすばらしいと思って誰の演奏が聴いたら、副院長の友人の演奏で市販されていないそうな。あの音のうるさいMRIの時だから良く聴こえたのかもしれないけど、なんと手作りであることか・・・

でも正直病院は面白い。素人にとって間違いなく”未知”の世界に”満ち”ていて、しかもそれが自分の体に直接関係する世界の話である。外に向かう好奇心と内に向かう好奇心が自然に一体となる珍しいワールドなような気がします。

ところで検査結果はどうなんでしょう。そっちの好奇心だけはテーマパークなどど暢気に言ってはいられませんが・・・



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Posted on 2010/05/15 Sat. 23:05    TB: 0    CM: 3

「女性専用車両」と「大人カワイイ」の関係について 

昨日の話ですが、客先に直行していて、9時半頃市ヶ谷で地下鉄を乗り換えました。階段からホームに降りたところに電車が入ってきたので一番前の車両に飛び乗りました。


時間にしてはガラガラで席も空いていました。おかしいとは思ったのですが、どうも生来思い込みが強いタチで、”ラッキー”と思ったとたんそれ以上その理由を詮索せず、すぐ読書を始めてしまった。


その時です。社内放送があって「一番前の車両は女性車両なのでお気をつけください」と。“ラッキー”なのか”アンラッキー”なのかわからないけど、その放送が耳に入り、おかげでその空いている理由がわかったのです。窓にデカデカと「女性専用車両」と書いてありました。時間もまだ9時半に少し間がありました。


後から思うと、確かに僕がドアから飛び込んで入ってきたとき、何かサーっと空気が変わった。向かいに座っていた女性が突然組んでいる足を下ろしたし、その隣の若い女性はやっていた化粧を止めた(ように見えた)。


知らないということは一番強いです。羞恥心がないこともとても強いパワーを持っています。但し、それが事実の誤解によると分かってしまうと、倍返しでダメージを受けます。まあ、そういうことになって次の駅で車両を変わりました。今思うと社内で車両移動ができたのに、それすら思い浮かばなかった。誤解によって内的に生じたパニックというのも研究対象としては面白いと思いましたが、それはこれを書いている今の話です。


世の中の多くの「社会的ルール」は、男女が共存すること前提にしています。かの福岡伸一博士によるとY染色体がどんどん短くなっているのでそのうち男性がこの世から消え去るそうですが、まあここ数年(?)は大丈夫でしょう。


もちろん、男性が世の中に存在していながら、”その場にいない”ことを前提としている場所がいくつかあります。例えば女性用トイレや産婦人科などです。それにこの「女性専用車両」を加えなければならないことを学びました。


今「大人カワイイ」というファッション文化が「アラサー」世代を中心に生まれ、広がってきているらしいです。そしてどうもそれは”男性を意識することで制約されているものから解き放つ”ことや”年齢によって縛られている伝統的規範から自由になる”ようなことを指していると勉強しました。


男性を空間的にオフリミットするってことは”男性を思いっきり意識している”ことですから、「女性専用車両」を求めるトレンドとこの「大人カワイイ」はどうも真反対の現象ということになります。


進化というものは、拒否することではなく、それを乗り越え有益なものに変えていくことではないかと思います。


自分の誤解によって生じたささやかなダメージから、進化論まで考えてしまったところに、やや不健康な疲労感を感じた事件でした。


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Posted on 2010/05/14 Fri. 12:39    TB: 0    CM: 0

自分の顔に責任を持つ 

どんなに冷静になっても嫌いだと言わざるを得ない自分の生理に困ることってありますよね。最近の小沢幹事長の顔が、忍耐の限界を超えて嫌いになってしまった。


人間自分の顔に責任を持たなければならない、って言った人が長い歴史の中でたくさんいたと思います。だからそういう意味で小沢さんの顔は彼の人生を”360度”表していることはまあ当然として、その人生が嫌いだと言わざるを得ないこの忍耐の枯渇をどう表現しようかということに苦しんでいるって言いたいのです。


僕自身は自分の顔をかなり客観的に批評することができると思っています。良いところもあれば悪いところもある。自分でその必然に納得できているところの方が多いいが、そうでない発見も未だにあります。そういう意味でも自分の顔、それ自体が歴史であり、”今を生きるている”フロンティアでもあるのでしょう。残念ながら「自分の顔」なので嫌いなところは屈折した嫌悪感になりますけどね。


政治家というのは、物事を一元的に見ないことを究極の責務にしている人種ではないかと思っています。白黒で表現すると楽なのに、最後までそれができない孤独を背負う職業だからです。


品性という言葉を政治家に当てはめれば、その顔からその職業がにじみ出てくる人を品性のある政治家って呼びたい。


まあ、とにかく此処へきて、明確に品性のない政治家であるということを、生理的に多くの人に伝えてしまっているその姿に惻隠の情を禁じ得ません。


すみません。ちょっと”らしくない”突っ込み方を自分でもしていると思いますが、どうしようもなく嫌いな顔に本当に久しぶりに出会った気がして、その興奮が出てしまいました。自虐ギャグにしたいと少し足掻きましたが、どうもそれにも失敗しました。


参議院選挙が楽しみです。本当に多くの意味で。

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Posted on 2010/05/13 Thu. 22:56    TB: 0    CM: 0

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