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大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの会長と一般社団法人組織・人能力開発研究所の代表理事をしている 大谷光彦のブログです。

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学生時代の天源院と対面してきました 

鎌倉の話の続きです。学生の時に入っていたお寺は建長寺の中にある塔頭のひとつで、天源院というお寺です。北鎌倉駅のすぐ上にある円覚寺と違って当時素人の入山は例え短期間でも受け入れていませんでした。

若いということは無鉄砲なもので、手紙を書いたり押し掛けたり、いろいろ強引にお願いしたものです。最終的には、流石に建長寺本山の僧堂ではなく、塔頭ならということで幸運にもこの天源院に受け入れて頂きました。

その時の建長寺の老師は湊素堂老師。その後京都の建仁寺の老師になられました。平成18年7月24日に94歳で遷化されました。大変な高僧なのに、本当に権威を感じない無垢の深さを全身に漂わせられていました。その老師の計らいで天源院に預かって頂けた訳です。

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今回多分8年振りくらいに訪ねたことになると思うが、あの時の緑とあの山門も何一つ変わっていませんでした。毎朝一生懸命落ち葉を掃いて作った箒目がまぶたに浮かんできます。参道の石も当時のまま丸く削られ苔むしていました。いい匂いがしていました。

夜まで住職と語らってきました。住職は大病をされましたがお元気になっておられました。僕の四ッ谷のイグナチオ教会の結婚式に袈裟衣で出席して頂いたことが昨日のように思い出されます。

冷房がない本堂に入ってくる庭からの冷たく湿った風。少し山に入っただけとは思えない驚くほどの静寂。40年の時空を超えて学生だった自分と対面したような落ち着きのない少し恥ずかしい気持ちになりました。

今日は湊素堂老師の誕生日です。ご冥福をお祈り致します。

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Posted on 2010/07/14 Wed. 22:54    TB: 0    CM: 0

騒々しい日の雨の鎌倉 

昨日はなかなか騒がしい日でしたね。まずは選挙。次にサッカーの決勝。そして大相撲の初日。相撲はNHKの中継がないという記念すべきイベントの始まり。

選挙は願ったような結果になってそれなりに満足できました。サッカーは夜中に目が覚めたらTVをつけてしまって寝なくなってしまうので、遅くまで起きて居て一気に寝ました。おかげでLIVEではなく、朝の録画を結果を知らないまま見る事ができるという幸運に恵まれました。相撲は一気に興味がなくなって、相撲のこと自体を忘れていました。

選挙は思い通りになったけど、これからどうなるんだろうか。菅さんを引きずり降ろしたいものの、流石に1ヶ月そこそこでまた変わるんじゃあ対外的には支障があるだろう。みんなの党はまだ一部の人の党だし。
局地戦を勝利しても次につなげられないストレスがありますね。

サッカーは下馬評とタコのご神託通りスペインが勝者になりましたが、日本チームの今回の活躍は多いに国民に自信を与えたと思います。日本人らしいチームプレーと組織的な防御と運動量。十分世界と戦える力があることに皆驚いたと思います。低迷する日本経済と失った誇り。もう一度日本人も自信を持って自分たちの価値を見直して真面目に努力すれば日本の誇りを取り戻せるという希望を与えてくれたように思います。

シンプルに考え、シンプルに努力する。他人や国家のせいにしないで、ひとり一人が自分に立ち向かって行けば道が開けるような気がします。互いを好きになり大切にする。そう簡単ではないですが・・

僕は鎌倉に行ってきました。雨の古都。建長寺の緑はとても奇麗でした。雨のせいか人もまばらで、凛とした古の佇まいに背筋がピント伸びるような思いができました。古刹に雨はよく似合う。

$ヒューマニーズ社長ブログ この写真は立ち寄った明月院の石庭です。

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Posted on 2010/07/12 Mon. 22:28    TB: 0    CM: 0

候補者と握手する理由 

いよいよ明日が投票日ですね。叱られそうですが、今までほとんど投票をしたことはありません。選挙日にいつも何かしら用事が入ってしまうからですが、「期日前投票」をする真面目さも持ち合わせていない事が多かったからでもあります。確かオーストラリアでは投票しないと罰金が課せられるはず。日本でよかった。そして明日も鎌倉の建長寺に行くことになって、また”国民の義務”を果たせなくなってしまうところでした。

今日も我がサクソン・ファイブの練習日。夕方までヘトヘトになって心肺機能を高めていました。ところが、帰宅したときです。やたら屋外がやかましくなっていて窓からのぞいてみたら駅前広場が黒山の人だかり。「菅総理」が最後の遊説にお出ましあそばしていたのです。

それで、今回は「期日前投票」を思い出しました。折角だからと出かけ、投票を済ませました。民主党も菅さんも嫌いだけど、思い出させてくれたので感謝です。

しかし期日前に投票するには「宣誓書」なるものを提出しなければいけないのですね。知りませんでした。何を宣誓するかと言うと、当日投票できない理由なのです。いくつかの選択肢の中から選んで、”それに間違いありません”って宣誓する書式になっています。理由がなけば駄目なことは分かるが、宣誓すればよいというのも如何にもお役所仕事。まあ理由の証明などできるわけもないので仕方がないか・・

その帰り、演説を少し聞きました。内容はアレルギーがあるのかあまり記憶に残りませんでしたが、あの握手に群がる人々には少々引いてしまいました。TVのニュースを見ていたら多かれ少なかれどんな候補者でも大勢の人が握手を求めて集まっているようです。

普通握手をするのは、?尊敬している人だから ?好きな有名人だから ?めったに会えない人で嫌いな人ではないから のどれかであろう。この中で?の理由の人は今回その候補者に投票する可能性が高い。?の場合もその可能性はある。?の場合はどうだろうか。もしそれでも投票するのであれば候補者が街頭に出て握手をする戦略に出るのは意味のあることです。

しかし、である。民主主義というシステムの下で政治家を選ぶということの趣旨から言えば、?以外の場合には少々苦言を呈したくなる。「清き一票」をそんな形で使ってもいいのだろうかと。

このことは別に日本に限ったことではなさそうですが、今の民主主義を考えるとき大切なポイントのひとつです。まあ、僕のような「清き一票」を投じない人間にはそれを言う資格はありませんけどね。

あの駅前の群衆のうちどれだけの人が民主党に投票するのであろう。そしてあの握手をしていた選挙民は握手の見返りを投票で表すのであろうか...

さあ、明日はどんな結果が出るのでしょう。関心だけは高いので、そんなことを考えなから明日を楽しみにしているところです。 




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Posted on 2010/07/10 Sat. 22:51    TB: 0    CM: 0

角界と野球賭博のこと 

力士の野球賭博のニュースで騒がしいことですね。多くは中学を出てそのままあの特殊な決まり事に満ちた世界に入り、世間ならまだ駆け出しの年齢で既に大関とか横綱として社会的な高位を得る。そういう世界のことを余りにも通常の世間的常識で判断し過ぎてはいないのか・・・

野球賭博も暴力も容認されていたその世界の異常さを、単なる世間的正義感だけで断罪することに、居心地の悪さを感じている人は居ないのでしょうか?

「清い水に魚は住まない」という言葉もあります。なぜヤクザと関係するのか、タニマチの存在の特殊性、あの異常な体型を維持する特別食、角界全体を覆う”特殊な美意識”。そういうものが長い歴史の中で”育まれ”、半ば世間が事実上容認し、むしろその普通でないことを楽しんできたということはないのか。

今の世の中、何でも”標準”と照らし合わせて非難する。特別なものの光と闇は特別でない世界より大きくて深い。

文化というものは単純な是非・善悪で語れないものだと思うんです。麻雀で賭けている「普通の人」も、ある部分「普通の人」ではないのです。

今朝仕事で東陽町に行きました。朝から仕事をしないでパチンコ屋が空くのを待っている人の列を見ました。人間の業とか難しさをあまり単純にサバサバと否定して欲しくないのです。あなたは簡単にそういう人を悪人扱いできますか?

弁護したいのではありませんが、一方の側に天使がいてもう一方に悪魔がいる、っていう無邪気な軽薄さが嫌なだけです。人間ってそんなに簡単なもんじゃあないですよね。ひとつ間違えば同じ事をいつでもしてしまう危険な存在です。無責任な評論家になれない悪い自分が見えてしまって困っています。

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Posted on 2010/07/05 Mon. 22:47    TB: 0    CM: 0

自ら選ぶ死に対しても無力なのでしょうか? 

パク・ヨンハが自殺しましたね。と言うと如何にも韓流に詳しそうだけど、その写真を見て、冬ソナに出てきていたと人だと言われるまで誰か分かりませんでしたが、歌手でもある有名な人だそうですね。

僕が知っていた韓国は自殺が多い国ではありませんでした。マレーシアで高速道路を作っていたとき、隣の区間を現代建設が施行していて、定期的に韓国の人と打ち合わせをしていました。酒に強くて何でも一生懸命。確かに感情量がすこぶる豊富で、喜怒哀楽表現のレベルが我々とはまったく違っていた。それに比べると日本人は妙に冷めていたような気がします。だから韓国の人は生命力に溢れているような気がしていました。

しかし、今韓国人の自殺数はこの10年で2倍以上になったそうです。自殺率では日本を抜いたということで驚きました。20代の死因の最大のものは自殺だそうです。日本も20代、30代では自殺が最大の死因ですが、人口10万人当たりの自殺者は日本を抜いたとのこと。

動物は「生きたい」本能を持っています。だから子孫を残し何百万年も命を繋いできたのです。この自殺の数字は、動物という「種」のレベルで見たとき、「自殺」という「死の選択」にどんなメリットがあるのだろうかと考えたくなる数字です。ひょっとしたら新らしい進化の形なのかもしれないと。

このことを考えていたせいでしょうか。今日見たNHKの朝ドラでの水木しげるが言った台詞に感心しました。こう言ったのです。(実際使われた言葉は少し違うかもしれないが・・・)

”戦争で大勢の人間が生きたいのに死んだ。死んだ人間は本当に可哀想だ。だから生きている人間には同情しない。自分を可哀想がる人はつまらない人です。”

人は比較して幸せを理解します。不幸の質が軽くなると幸せの質も軽くなるのだと思います。今日本をはじめ先進国は不況の中にいますが、それでも昔に比べると物質的には豊かになっています。でもますます貧しさを感じるようになっている。韓国では他人の中傷もひどいそうです。受験戦争や就職での競争などもすごいようです。片や日本は何から何まで元気がなくなっていますね。みんな誰かに何かしてもらわなければ生きて行けないと思う国民になっているような気がします。まるで”弱っている動物”です。

人間は確かに「死」に対して無力です。でも「自ら選ぶ死」に対しても無力なのでしょうか?

もっともっと不幸が大きくなったら生きているだけで幸せに感じられるのかもしれませんね。





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Posted on 2010/07/03 Sat. 23:08    TB: 0    CM: 0

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