大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの社長をしている 大谷光彦のブログです。

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幸せのかたち 

今日はこの酷暑を味わうには最高の経験をしました。

通常、東京駅から20分で帰宅できるところを1時間11分もかかってしまったのです。”急がば回れ”とはよく言ったもので、こういう時の為に存在する言葉だと言う事が今更ながら理解できました。

京葉線に恐怖の通勤快速というのがありまして、気をつけていたのですが、それに飛び乗ってしまったのです。しかも本に夢中になっていて最寄り駅をすごい勢いで通過するまで気が付かなかったというボケ振りでした。途中からは終点まで停車しない電車です。

多少時間が余計にかかっても、座って本を読むかうたた寝を楽しむかしたい方なので、敢えて各駅停車を選ぶ事が多いのに、今日はその禁を破って、一刻も早く帰宅して”シャワーとビール”と思い、発車ベルが鳴っていた電車に飛び乗ってしまった訳です。待ち時間を無くしたくて急いだので余計に汗が噴き出して、毎日暑いが今日は特別に汗だくで乗車。

そう、終点まで行って折り返してきたのです。しかも飛び乗ったので当然空いている席はないし、途中で停まらないので席が空く訳もない。ずっと立ちっぱなしです。本当に我ながら愛想が尽きました。

ただ、有り難かったのは、当然ながら逆方向なので折り返しの電車が空いていたこと。人も少ないので冷房が良く効いていたこと。選択の余地もないので開き直って本を読めた事・・・ 酷暑のせいでミスったとすれば酷暑のお陰で贅沢な時間を過ごせたのかもしれない。

今日学んだこと:「ある種の幸せは意図しない状況でしか訪れないものだ。」
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Posted on 2010/08/31 Tue. 22:09    TB: 0    CM: 0

人が人を裁く意味と民主主義の怖さ 

法務省が東京拘置所の死刑執行場をマスコミに公開したそうです。千葉法務大臣が死刑の是非に関する”国民的議論”を促すために命じたとか。


そもそもあまり話題にしたくないテーマだし、考えれば考えるほど難しい問題です。人が法の名の下に人の命を奪うことを認めるのかということです。


「人」が意図をもって命を操作する形式には殺人と自殺があります。普通、自分の命は自分のもので、他人の命はその人のものだと考えますから、親子であろうが夫婦であろうが、殺人は自分の命ではないのにそれを奪うこと、と定義してもよいでしょう。そしてそれが法的に許される場合は戦争による殺りくと死刑です。


戦争が”許される殺人か”というのはまた難しい話ですが、事実として国際法では禁じていません。


従って、「法的」に許されているという意味では、死刑と戦争による殺人は同じことかもしれません。


”戦争反対”というのは簡単ですが、戦争体験者とそうでない人の言葉の重さには差があります。死刑反対というのも同じように、被害者の家族とそうでない人では圧倒的にその意味することの重大さは違うでしょう。


”人は進歩するのか”とか、”進歩とは何か”というのは個人的な哲学や倫理の視点でしか語れません。


僕は、”人の本質は昔も今もそして未来も変わらない”と考えています。知識や経験や立場で変わったように見えるけど、根っこのところは変わらない。つねに他人に優しくありたいと思いながら信じられない残酷仕打ちを平気でしてしまう。厭なやつでも信じられない善行をすることもある。悪魔は天使がなったものだとキリスト教では教えています。


しかしながら、少なくとも”考えたくない”というのは許されないのだろうと思います。そういう意味でこの公開は意味のあることでしょう。裁判員裁判とは法によって人が人を裁くことに参加することで、その極限の世界が死刑判決の言い渡しです。そして裁判員制度はもう始まっていてかなりの経験者を生んでいるからです。


でも難しい。自分の中で「当事者」と「非当事者」の両方の声がします。想像力の限界とその不純さに悩んでしまいます。


だから、この公開の目的が、「国民的議論」のためという言葉の”偽善”と、それによって安心してしまいたい”弱さ”と、それを「法的」に可能にしてしまう”民主主義”の怖さを思います。




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Posted on 2010/08/28 Sat. 13:57    TB: 0    CM: 0

猛暑ファッション 

夕方なんか少し秋らしくなってきたように感じていたら、今日なんか「残暑」と呼ぶには申し訳ないくらい立派な猛暑で、今年はいつになったら次の季節になるんだろうと不思議な感じがしています。

そういえば今年はもう何人もの、サンバイザーのような帽子をかぶって腕が全部隠れるような腕の靴下みたいなものに手袋をつけた女性に出会いました。最初は少々異様な感じを受けましたが何人も見ているうちに慣れてきて、それが日焼け防止の格好だと理解した後は、連日の暑さの中で”猛暑ファッション”として違和感がなくなりました。

厳格なモスリムの国に行くと目だけ出した全身を覆う布をかぶった女性に会います。アジアの国ではそんな国はありませんが、中東に行くといくらでもあります。最初その猛暑ファッションを見たとき一瞬それを連想してしまいました。

マレーシアではバティックという蝋けつ染めの綿のシャツがほぼ正装として通用していました。日本も熱帯のような夏の期間が長くなってくると、クールビズが正装化するのは間違いのないところであろうと思っています。そうすると女性のこの猛暑ファッションも新たに認知される可能性も出てきます。

僕は、この夏は「ネッククーラー」という名前が付いている首に巻いて使う保冷ベルト(?)を常に携帯していました。もうやめようと思ったけどまだ使っています。流石に襟の中に格納して一応見えないようにしていますが、そのうち例えば上半身全体を冷やすベストのようなものまで現れるかもしれませんね。

テクノロジーが進んでいる現代なので、いろんな形で環境順応が可能になってくると思います。本来は人間が長い時間をかけて進化するかわりに技術で”進化しなくてもよい疑似進化”をして行くのかもしれません。そうすると本当の進化をしなくても生存できるようになるので、「進化をしなくても種が連続するような進化」をするということになるのかもしれません。

宇宙服のような服をレンタルで着るような時代になるかもしれません。そのまま火星にでも住めるような。猛暑ファッションを見ていてそういう妄想まで浮かんでしまいました。熱中症かもしれません。

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Posted on 2010/08/25 Wed. 23:01    TB: 0    CM: 0

33人の濃密な人間関係 

今日は比較的早く帰宅。ブログに何か書こうと思っていたらチリの炭坑落盤での生存者のニュースが入ってきました。33人が17日間も生存していて、国民が注目する中、地下700mの世界で繰り広げられる人間ドラマが実況中継されているというものです。どんな死に方が嫌かと言えば”生き埋め”だと思っている自分にとって、このニュースはやや興奮して受け入れざるを得ない事件です。

ヒーローになれる要素が十分保証されている人々です。運が良いというのか悪いというのか分かりませんが、きっと運は良いのです。まだ救出されていませんが、これから下手すれば4ヶ月もかかるという救出のドラマが始まりました。

大統領もこのイベントを利用するし、マスコミも格好の話題を提供できるし、しかも結構長い時間のドラマが保証されている劇場型の事件。

例のイオンエンジンという超格好いいエンジンで無事帰還した小惑星探査機「はやぶさ」の人気でも思ったけど、今世界を覆っているこの閉塞感なればこその明るく健康なニュースであることは確かです。

しかし良く助かったものです。暗くて(手紙を書いているというので何らかの明かりはあるのでしょうか)高温多湿な閉塞空間の中で、もし一人だったら体より心が先に折れてしまうことでしょう。逆境の中で身を寄せ合う小さな戦友達。長い時間を一緒に過ごして最後に助かれば一生の友になることでしょう。33人の濃密な人間関係。そして「アンデスの正餐」になるかも知れなかった暗い部分も心をよぎった閉鎖社会。

事件を愛でるみたいでおかしな話ですが、台風が近づいて来ているときの家族の中に芽生えるあの禁断の恍惚の結束感を連想しました。不謹慎ですが、無事に助け出されるまでに味わえる海の向こうのドラマに少しワクワクしてしまいました。一日も早い救出を祈念します。

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Posted on 2010/08/24 Tue. 22:13    TB: 0    CM: 0

暑かった夏と高校球児 

甲子園が終わりましたね。沖縄に初めて夏の優勝旗が渡ることになってやや感慨深いものがありました。沖縄の人々にはやはり特別な思い入れをしてしまいます。


子供達の夏休みもあと少し。宿題にも手を付けなければならない現実が戻ってきます。子供の頃のことを少し思い出しました。人が居なくなった海岸に、静かに波が打ち寄せている情景・・  なんでああも物悲しく感じたのでしょう。ネクタイ締めて少し気取ったオフィース街がまた戻ってくるのですかね。太陽がまた遠くなっていく。そんな季節の折り返し地点。ことしは少し太陽に近すぎ過ぎたかもしれませんね。これで少しは涼しくなるか・・・


しかしいつ見ても高校野球は、今なかなか世の中では見当たらないシンプルに感動できるドラマがあっていいです。あの甲子園のグラウンドに立つことは、高校生の心に決定的な何かを残すことでしょう。きっと人生が違ったものになることでしょう。ある種の嫉妬を覚えるのは僕だけではないと思います。努力があって、それを続けられた「好き」という気持と、それを許してくれた体力と素質と家庭環境。そして競争の中で勝ち抜いて、多くはどこかで敗れて、一握りの高校生が最後まで残る。勝った者と負けた者いずれも多くを得たことでしょう。


僕の住んでいる街にまた新しい公民館ができました。人口がどんどん増えていて景気の良いことです。勢いがあって、学校やマンション今でもどんどん増えています。今の日本ではないみたい。


バンドの練習場所を増やしたいと思って見学に行ってきました。公民館もクライミングウォールまであって、もうスポーツクラブの乗りです。「公民館」という名前が似合いません。街がどんどん変わって行って自分も少し若返るみたいな気がします。陽性の街ですね。


暑さも少しノーマルになって、また一週間が始まります。週末をガサガサと過ごすとそれに続く一週間もまた忙しく散文的な日々になることが多いのですが、この5日間もそんな日々になりそうです。



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Posted on 2010/08/23 Mon. 00:03    TB: 0    CM: 0

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