大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの社長をしている 大谷光彦のブログです。

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アジアカップ優勝おめでとうー希望は意思で作られる 

ブログがサッカー続きになってしまいましたが、今日は寝不足です。

悲観は気分・楽観は意思という言葉があるそうです。負けたときのこころの準備をしながら観戦する癖がある自分を少し詰りました。

良い試合をしました。ミスもあったけどチームがネガティブではなかった。韓国に勝った時点である種のトラウマを感じさせないチームになっていたのかもしれません。誰がヒーローというスポットライトを当てる必要のないさわやかな勝利でした。

監督も日本チームの背景にあったいろんな湿り気を知らない。川島はいい顔をしていた。代わりばんこに選手が活躍。結構サポートに回った本田がMVP。最後の得点が李忠成。すばらしいシュートだった。

あんなに苦しい試合の連続だったから喜びも大きかったのでしょう。

希望は意思で作るものなのですね。

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Posted on 2011/01/30 Sun. 23:15    TB: 0    CM: 0

痺れた日韓戦のPK戦 

昨夜のサッカー、手に汗握る熱戦でしたね。結果が良かったから言える話でしょうが、PK戦まで行ってより深く試合を味わうことができたと思います。


日本チームは強くなりましたね。良く個の力とかチームとしての力とか言いますが、今の日本チームはその両方が備わっていたように様に思います。日本が豊になったと10年前に言っていたのに最近は貧しくなったと皆言いますね。でもサッカーのチームを見ていると、やはり「豊になった」から実現した国際級のレベルを感じます。


お金で豊になったのとは違う豊かさと誇らしさを感じていました。スポーツは教育と同じように、効果が表れるのに時間がかかるのかもしれません。


それにしても、PK戦というのはかなり心理学的に興味深いイベントだと思います。あの「静止」した状態からのキックがまず問題です。ピッチの上での戦いはほとんどが動きの中でのキックです。普段の練習通り体が反応してボールをける。


でもPKは、自分がその”全ての時間”の主人公なんです。あの静寂を破るのはキッカー自身です。選手がナーバスになる舞台が完全に整っています。そして自分の結果だけで試合の結果が決まることがある。


もうそれは選手ではなく”ひとりの人間”になっている世界です。


韓国のキックがひとつも入らなかった(と言うか、”川島が防いだ”というべきだろうが)ああ言う情景は記憶にありません。なぜそれが起こったのか少し考えてみました。


1.負けた試合だと一回思った試合を同点にした。それによってPKで落とすとせっかくの成果を棒に振る、という無

  言の空気が自分を支配していた。つまりあまり健全ではない「勝利への執着」があった。

2.後攻になったことで、この圧力がより強調されやすいシチュエーションが作られた。

3.試合の中のPKで止められた本田(結局細貝が押し込んだので救われたが)が最初に志願(?)して、見事に

  その少し前のネガティブな成果を帳消しにした。その迫力とテンションが残像として残ったまま最初のキックを

  して、そして止められた。

4.一旦劣性に立つと、次のキッカーの責任は2乗に重くなる。より動物的ではなく”人間的”になり、失敗の映像

  が浮かんでくる確率が高くなり、結果も”引き寄せの法則”が適用されてしまって失敗につながる。


そしてああ言うことが起こった!


あの120分の中に人生の全てを感じられるような濃密な時間を選手は持っていた。


次の決勝戦はどういういう時間が彼らに流れ、そして僕たちに流れるのだろうか・・・



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Posted on 2011/01/26 Wed. 17:32    TB: 0    CM: 0

サッカー日韓戦に感じたいカタール戦勝利の”必然” 

21日のカタール戦には教えてもらう事が多かったと思います。「諦めなければ勝つ」と言う解りやすい教訓だけではなく、勝つ確率が高い試合を作るメカニズムは何か、ということを考えていました。


「人の力」というのは、量的には測れないということでしょう。だから確率という考え方には最終的にはなじまないのです。


もっと言えば、逆境になったから勝った、と言っても良いのかもしれません。もちろん逆境になる方が勝てる可能性が高いと言っている訳ではありませんが、逆境の方が「人の力」を100%以上発揮できる可能性が大きいと言う事は言えると思うのです。


明日はいよいよ韓国戦。韓国チームが持っているメンタリティーは、日本チームが未だ持つことが出来ていないメンタリティーではないかと思っています。


サッカーが”自分の人生の最高の自己表現”という視点。それしかないという選択肢。


明日の試合は、今までの歴代の日本チームが、何を変えることができたのかということが証明できるような試合になるような気がします。


勝つかどうかは知りません。でもカタール戦の勝利に何がしかの「必然」があったのであれば、明日の試合は少なくとも後味の良い試合になるような気がします。


楽しみです。


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Posted on 2011/01/24 Mon. 22:33    TB: 0    CM: 0

白鵬に見る「優しさVS強さ」 

白鵬のことが気になっています。もう一息で連勝記録を達成する直前にそれを逃して、また昨日、稀勢の里に負けましたね。

朝青龍がなぜ強く、そしてあんなにも脆かったのか?

その事と対比して考えてしまいます。

白鵬は常識としての優しさと強さと真面目さと、そして無茶の出来ないデリカシーを持っています。
いい顔をしていますよね。狂えない安定と狂えない弱さを等身大に出している顔です。

強さとは何かっていうことをよく考えます。鋭利な刃物の強さ。人を潰しでも勝利を得ることができる強さを。

多くの勝負はそれが無ければ多分勝てない勝負でしょう。

例えばボクシング。究極のアドレナリン。究極の瞬発力。うまく自分のナイーブさを制御した、したたかで計算された冷静さ。でも健全(?)な「狂気」は必要です。

じゃあ、優しさは弱さなのでしょうか?
他人のことを考えてしまうと勝てないのでしょうか?
逡巡してしまうことは敗北なんでしょうか?

優しいことが強いと言うのは奇麗ごとなのでしょうか?

僕は甘いのかもしれません。でも白鵬はモンゴル人ですよね。でも日本人を感じます。
朝青龍に日本人を感じた日本人はたぶん居ないでしょう。

優しさと強さと日本人。

難しくなった時代の不幸とその中で簡単には見つけられなくなった”簡単にして強靭で安心出来る価値観”を失った「今」を他人のせいにしたくなる自分の弱さも同時に恥じています。

相撲に何か教わります。白鵬に何かを教えてもらっています。

関係ありませんが、YouTubeに新たにアップしたサクソンファイブの演奏です。

http://www.youtube.com/embed/FEiqUuj0Ajc




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Posted on 2011/01/20 Thu. 21:55    TB: 0    CM: 0

あしながおじさんVS伊達直人 

一週間がやっと終わった憩いのひと時、ブログに向かっています。


今日は「伊達直人」現象について書きたいと思います。


「善意」の輪が広がっています。久しぶりに素朴に心が温まる良い話で少し日本国民として”豊か”な気持にならせてもらっています。


タイガーマスクの話で当然思いつくのは「あしながおじさん」のことです。共通していることは”名前を名乗らない”と言う事です。


善意には照れが必要だと思います。照れる人間は名前を名乗らないものです。それが一番贅沢な快感だからです。それも偽善かもしれませんが、それまで偽善と言えば「愛」だって偽善です。自己愛という愛はもっと偽善でしょう。


アメリカにいたとき、何度も”寄付依頼”がありました。もちろん私が社長をしていた会社にです。

人助けということを否定するするつもりはまったくありませんが、寄付そのものが”持てる者”の「義務」であると言って憚らない驕りを感じました。


でもそれ自体、”持てる者”の免罪符になっているという社会構造にまで想いを致すと、システム化した偽善という考えに至ります。


「シルバーシー」トの”仕組み”は、人の本当の善意(照れのある質の高い心の在り方)は可視化できないという欠陥を持っていると思っています。同じ理屈で”赤い羽根募金”にも似たものを感じます。


そう言った理屈のよどみの中で、この伊達直人の行為を考えると、小さいゆえにつつましく感じられる善意の姿に想いが行きます。


素直にうれしくなった現象でした。日本人も捨てたもんじゃあない??







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Posted on 2011/01/14 Fri. 22:05    TB: 0    CM: 2

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