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大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの会長と一般社団法人組織・人能力開発研究所の代表理事をしている 大谷光彦のブログです。

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"闇"と"明かり"とそして"希望"・・・ 東京ディズニーランドに思う 

今日のテーマは「明かり」です。

未だに東京ディズニーランドは閉鎖中です。その横に元々鉄鋼団地という工業団地があって、夜はTDLとは対照的に真っ暗だったのが、今どっちも真っ暗で本当に不気味です。

不夜城と言う言葉がありますが、本当にTDLはそんな世界でした。夜の花火が終わってしばらくすると、舞浜の駅が人で溢れます。特に埼玉の方に行く武蔵野線の列車は舞浜で満杯になります。京葉線がTDLの為に存在すると言っても過言ではないといつも思っていました。今、舞浜駅は”そこに住んでいる人々”の為の駅であること以外その存在意義を失っています。如何にその利用者の落差が大きいか、驚くばかりです。

一日の半分は夜、つまり闇です。でも火を発明して以来、人類は少しづつ闇を駆逐して行きました。近代になって電気が発明されてその勢いは決定的になり、昨今の都市は「24時間」昼のようになっていました。

コンビニなんかを見ていてもその事は感じますが、24時間ではないにしても、TDLのその迫力は相当なものでした。夜の暗さを明かり(灯り)によってより強調しながら、その暗を利用して素敵な別世界を作り出しています。夜の魔術もまた灯りによって生まれる。

今、生活のための電気まで節約しなければならないこの時、この「明かり」を必要とするTDLが開業できないのは、浦安の液状化の被害だけが原因ではないのでしょう。昼間だけの営業もアリかもしれませんが、アトラクションの機械を動かすだけでも相当な電力を使う事でしょう。

文化とか芸術はそもそも「無駄」なものです。そこまで言わなくても、「娯楽」ではお腹は一杯にはなりません。衣食足りて礼節を・・・という意味でも、この震災と原発不安の中でミッキーマウスはないでしょう、ということです。映画なんかも同じかも知れません。

しかし、です。敢えて言いますが「衣食足りて」の境は結構難しいと思うのです。人は何を目標に生きるのか?何を楽しみに前に進んで行くのか・・・ どこかでそういう事と食べ物の話は重なってきます。

桜の季節を迎えようとしていますね。液状化の被害が未だ癒えない浦安の境川でも桜並木が色に染まり始めています。「自粛」も良いでしょう。でも桜花を見てつかの間の希望を持ちたいという人間の本能もまた存在すると思います。

「再生への道」が何を必要としているのか。不気味なTDLの闇の世界を車窓から見ながら、どういう形でこういう「夢の世界」をまた取り戻して行くのが良いのか、考えさせられます。

カテゴリ: プライベートブログ

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Posted on 2011/04/04 Mon. 23:54    TB: 0    CM: 0

震災に思う事 

今度の震災は日本と日本人の何かを大きく変えてしまうでしょうね。
現地の映像や原発の情報に触れるたびに思います。

先ず自然の災害に対する人間の無力さを思います。
でもその圧倒的な力を見せつけられた後に抱く自然に対する謙虚さと、それを皆と共有できている時のある種の「安心」や「喜び」を思います。そしてその効果は確実に何かを変えると思います。少なくともその記憶を多数が失って、次の天災でまた気付くかなければならない時まで。

今日、海に漂う瓦礫の上で生存していた犬が発見されたニュースを見ました。もう残念ながら生存している人の発見はなさそうですが、それ故に本当に”心に血が通った”ような暖かな気持ちになったニュースでした。そう、「生きている」という言葉から伝わってくる底知れない感動です。

生命の誕生に接したとき思わず涙が出ることがあります。我が子の出産に立ち会った時もそうでした。それはきっと太古の昔から人類が繰り返えしてきた”感動”です。いつ訪れるかもしれない「死」がいつも身近にあった人間だから「新しい命の誕生」に勇気づけられ、また前に向かって歩いて行くのでしょう。

今回の地震と津波にはそういう諦観が潜んでいます。

しかし原発の問題は少し複雑な思いを含んでいます。

人類が作ったモンスターの反乱という意味での人間自身への暗い問いかけなのか、それとも”豊か”になりたくて結局はまた乗り越えていく人間の業としてのハードルなのか。闇が怖くて火を求め、やがて火の災禍によって滅びる運命を感じながら、同時に火をコントロールしてまた更なる豊かさを手に入れる人間という高等動物を思います。

今日、この震災のあと初めて音楽仲間が集いました。それぞれの体験をやや興奮を持って自慢げに披露していましたが、東北に事業所があり社員に行方不明や犠牲者を出した者もいて、”自分が無事”であることへの罪悪感のようなものが底辺に流れていました。

海外の友人から様々な励ましや、友情を示すメールが来ます。有り難いことですが、今度の災難との距離感がどうも違います。メディアから伝わってくる情報にも違いがあるでしょうけど、やはり、この地に生まれ日本語を話し、この地で死んでゆく運命を自らに課している者とそうでない者の違いがあるように思います。情報の違いや危険に対する考え方の違いでは説明ができない、もっと違ったプリミティブな何かです。だから感謝の返事を作ってもどこか表面的で大切なものを伝えきれないもどかしさを感じます。

来週はどんな進展を示すのでしょうか。どこまで逃げなければならないのか、どこで踏みとどまって前に歩き始められるのか。不安と落ち着きのない日々がまだまだ続きます。



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Posted on 2011/04/03 Sun. 00:38    TB: 0    CM: 0

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