大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの社長をしている 大谷光彦のブログです。

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ナンプレ~外科医~手相 

「ナンプレ」というゲーム(とは言わないか??)みたいなものがありますよね。

実はわがカミさんはそれに相当入れ込んでおられます。もう何年にもなります。

忙しい(主に掃除ですが)と言いながら、静かだなあと思うとナンプレと格闘しています。いつも犬が膝にいます。一体どういう関係なのかはわかりませんが・・

僕はまったくあの手のものに興味がない。別に大した意味も根拠もないけど、昔から、あの手のものに凝る人と凝らない人に明らかな属性の差があるように思ってきました。

例えば理系と文系。クラシック好きとJazz好き。よくしゃべる人と聞き上手の人。一戸建てが好きな人とマンションが好きな人。犬好きと猫好き。顔の大きな人と小さい人。車の運転が粗い人とそうでない人・・・

こういう風に感覚的に分類するのは好きなので、キリがなくなりますが、自分なりにこういう分類とその人の行動パターンの違いを説明するのが好きです。

犯罪捜査なんかにも使うプロファイリング。人の特徴とその人が送りそうな人生で分けて行く。似た人生を送る人には共通するものがある。

但しここで言う人生とはある程度の長さが必要でしょうね。もっとも「似た人生」という時の「人生」の定義も簡単に考えては行けません。単に独身とか職業とかそいう表面的なことでとらえては行けません。

先日、東大の大学院で勉強中のまだ30歳少しのお医者さんとお酒を飲んでいました。その時の話の中で気付いたのですが、外科と精神科が明らかに異なる人種によって構成されているということです。まあ例外はあるでしょうが、外科の執刀医は、手術中に患者の心の痛みに配慮する訓練はされていない。当たり前ですね。その必要もないでしょう。肉体の痛みにすら配慮しなくてよいように麻酔医という存在があるのですから。

生命を助ける時の優先順位と、その時の「生命」の中に「心」は入っていません。その典型が伝統的には軍医です。

決して「ナンプレ」に夢中になっている人が外科医派だとは言うような飛躍を容認しようと思ってはっていません。念のため。

実は手相を見るのが大好きで、よく頼まれて見ます。そのときに一番役に立つのがこのプロファイリングです。

そう、手相は統計学なのです。でもその統計的確立を知ることが未来の確立を当てることにはなりませんね。
それはその人がこれから作る「意識」そのものが未来を作るからです。それが人間だし、だから手相は遊び以上でも以下でもない。

人間っていうのは面白いですね。
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Posted on 2011/05/28 Sat. 23:14    TB: 0    CM: 0

思い出の中の雨の赤羽 

学生時代の思い出のひとつに「キャバレー」というのがあります。

ある意味、僕を育ててくれたところかもしれません。

当時は、アルバイトをしてやっと買ったヤマハのテナーサックスでバンドマンのアルバイトをしていました。

良く行ったのは、鶴見の「杯一」、川崎の「ブルーバード」、一番回数は少なかったけど、赤羽の「ハリウッド」。この中ではブルーバードやハリウッドは高級クラブと言ってもよかったかもしれません。

今日は、赤羽で友人と飲んだ後、本当に何十年振りかに赤羽の東口から出てブラブラしていたらちゃんと昔の場所に「ハリウッド」はありました。もっと大きかったような気がしましたが、雨の中にちゃんと建っていました。

大きなキャバレーには「託児所」があったものです。楽屋から見ていたら、職業上必要であった以上に濃密な母親との関係が存在していました。健全な生活のための神聖な母子関係とでも言えるかも知れません。

豊かさとは何かを思います。真摯であることの大切さ。少し美化が過ぎているのは歳のせいでしょうか。

今は、キャバレーも素人の世界になりました。

だから母親と子供の関係も素人の世界になりました。

赤羽から新木場が地球の裏側で結ばれていました。

埼京線と呼ぶようです。

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Posted on 2011/05/27 Fri. 23:39    TB: 0    CM: 0

英語の授業より「素読」のすすめ 

今日は小学生の英語教育の事を書きたいと思います。


先日から小学校で英語の授業が始まりました。
しかもどうも正確には、言語としての英語自身を教えることではなく、

「英語を使って自分を表現できる能力を身につける」

ようなことであるらしい。

僕はずっと前から”小学校”での英語教育には猛反対でした。
(もちろんそれ以前の初等教育ではもっと反対です)

日本語の助詞や敬語がきちんと使える外国人は尊敬していました。

その分日本人で助詞や敬語を正確に使えない人が如何に多いかを憂慮しています。
助詞が使えない人は間違いなく英語の前置詞が正確には使えません。

しかし、英語という言語を勉強するのでなければ、多少間違った前置詞でも英語を話せばいいのです。
外国人にとっての日本語もそれで一向にかまいません。

あくまで手段なのですから最低限度でも大した問題ではありません。


「日本語」を小さいときからしっかり勉強しないで一体どんなグローバル人材になるのか、というのが僕の意見です。言葉でどんな物事を表現するかという能力は、その言語が何であるかのずっと前から大切なことです。

だから、余計に、英語の勉強を通じて、たぶん”引っ込み思案”な日本人が外人と渡り合うためにもっと自分を出せる練習をして欲しく、それを英語という言語を利用して実現しようとしているのが文科省の考えなんでしょう。


海外に10年以上いて、外資系の社長を10年近くやって来た実感です。

間違いなく大切なものはそういうもののもっと奥にあります。
インド人は英語がうまいから自己主張ができる訳ではないのです。

流暢な英語で浅い内容のコンテンツを、さも格好よくしゃべっていた日本人を沢山知っています。

プロはプロにしか分からないように、その言語で表現する内容の質は、同じ質の内容を理解する人にしか理解されません。
どの言語を使う民族であるかはまったく関係ありません。
もちろんその言語のうまい下手は本質的には関係ありません。
(もちろん理解しやすいかどうかはさすがにあるが)。

それをグローバルのもっている一元性というのだと思います。

しかも、業者に丸投げしている学校がある一方、自分たちで企画して教えている学校もあるようです。

一体、日本人をどこに連れて行こうとしているのでしょうか?

「教える」ということ。

「育てる」ということ。

「人にする」ということ。

そして

「日本人にする」ということ。


政治が、国民が、みんなでもう一度原点返って考えるべきです。


僕は”声に出して美しい日本語を読む”事に賛成です。

素読です。

意味は二の次です。

どうして英語などと言う前に「音としての日本語」に愛情を持たせ、その音の響きを好きにならせないのでしょう。

どうせ、話す内容や意味はその人の成長に比例して解るしかないのですから。

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Posted on 2011/05/26 Thu. 23:30    TB: 0    CM: 0

人造りは幼児教育 

今日は、理事をやっている社会福祉法人「龍美」の新年度最初の理事会に出席して1日が終わりました。

分園や待機児童の施設を入れると全部で5つの保育園を経営しています。

僕のライフワークは、幼児教育~家庭教育での「人の土台」造りと、その後の初等・中等教育での「育人」に力を注ぎ、もっとスケールを持った社員として入社し、会社の発展に主体的に寄与することで社会人として未来に「希望」を持つ人材を増やす仕事です。

社員は社員になったときにはもっと「社会性」を持ってなければいけません。社員に希望を持ってもらうためにはそれは必須です。昔の日本にはもっとそれがあったように正直思います。

更に、その上に今、グローバルというニーズが多いかぶさっています。言うまでもなくそれは国際的な「多様性」への対応能力です。

今、企業の社員向けのこころのサポートをしていますが、明らかに今の我が社の力ではこれらのニーズに応えるのは力不足です。どうしたらよいのか日々考えています。

それに対応するために、”横展開”ができる人材や組織との連携や、それによって作り出せる新しい動きなど、新たな体制構築に邁進しています。

震災の年です。きっと変化させてみせます。

0歳児から学童保育までの現場の中で起こっていることにしっかりと耳と傾けたいと思っているし、次は学校教育や家庭教育の問題に正面から取り組もうと思っています。

人は、産まれた瞬間は「人」ではありません。人になるには、「人」とは何かの理念と、それを可能にする仕組みが教育に携わる全てのものの中に必要です。まずは「龍美」の保育という理念に携わり、その課程で得られるものを次の展開に結びつけようとしているのです。微力ですが決して無力とは思いたくありません。

今現場で起こっていることを考えると、全てが時間との勝負だとおもいます。時間が足りません。

カテゴリ: 社長ブログ

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Posted on 2011/05/25 Wed. 22:30    TB: 0    CM: 0

人の心に寄り添うこと 

今日は震災後初めて東北新幹線に乗って仙台に行きました。


ある工場での従業員の心のケアに立ち会う為でした。

近くで多くの人が亡くなり、未だに多くの方が発見されていない地域にある工場です。

[震災ケア]

と簡単な表現で呼んでしまっていますが、社員の一人ひとりの心の中のことは分かりません。


そういう距離感を保ちながら一人一人とお話しし、絵を描いたり、みなで笑顔を交換したり、
そうして短い時間でしたが職場の仲間として互いを慮り、そしてまた新たにかばい合う。

大したことは出来なかったと思います。

簡単にケアなどと言う事ができない事もわかりました。

でも、それでも数人の方が参加して下さり、何かしらの有意義な時間になったのかもしれません。

また、人の心に寄り添う会社として、新たな勉強ができたと思います。


ありがとうございました。



カテゴリ: 社長ブログ

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Posted on 2011/05/24 Tue. 22:38    TB: 0    CM: 0

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