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大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの会長と一般社団法人組織・人能力開発研究所の代表理事をしている 大谷光彦のブログです。

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被災地と写真アルバム 

最近広島カープが強い(?)ので、つい放送があると見てしまい、負けてしまうと時間のロスというダメージが残ります。昨日と今日はそういう日でした。期待すると裏切る。まるで素直でないところが魅力的な恋人のようです。

ところで、先日東北でボランティアが、泥をかぶった写真アルバムをぬるま湯で綺麗にしている様子をニュースでやっていました。何もかも無くした人にとって写真が如何に重要かよくわかります。

僕も学生時代に生家が豪雨による土砂崩れで流され、育った家の全てを失いました。尾道は坂の町ですが、ここまでひどい土砂崩れはなかったように思います。周りで何人もの人が亡くなりましたが両親は奇跡的に助かりました。大学に行っていなかったら僕たち兄弟も助かっていなかったかもしれません。

その時は、あんなにたくさんあったはずの写真アルバムなのに、ひとつとして掘り出すことができませんでした。後で親戚や友人が持っていた僕たち家族の写真を送ってくれましたが、未だに生家で過ごした日々の多くは僕の「記憶」を頼りにするしかありません。

よく「記録には残らなかったけど記憶には残った」などと言います。「記録」と「記憶」を対比して言う時、いろんな意味で「記憶」の価値に軍配を挙げることが多いように思います。物質の存在より想いとか心の方が大切だ、と言うような意味で。

でも、被災した場合などのことで言えば、やはり記録の価値は格別です。たぶんそれは“全てを失う”ような目にあった時に顕著に表れるような気がします。写真は、その中の人や風景という自分が失ったものに何度も何度も触れることができるからです。記憶は曖昧なものですが記録は残ります。失ったものに触れるのは辛いことです。でも、必ず写真の中のものが懐かしく思える時が来ます。

昔、山田太一の脚本で「岸辺のアルバム」というドラマがありました。多摩川の決壊で家が流される話です。家が流され始めたときに家族が持って出たのがアルバムでした。その前に家族の絆が崩壊していく過程が語られます。最後に家が流されて行くのを家族皆で見ています。

全て失って最後に残ったアルバムと、その中にあった幸だった家族の時間。そして家族の大切さに気付く、っていうような内容だったと思います。

何万という家族が辛い体験を今しています。家族を失った人はもちろん、命が助かっても全てを失った人も大勢います。水や食糧の次は住むところでしょう。そして次は未来に向かう希望でしょう。でもそんな中でこのアルバムが持っている価値やそれがこれからを支える力になるのを知っています。

これは、「記憶」ではなく「記録」の持っている力なのだと思います。過去を忘れることも必要ですが、過去にあった時間を心の支えにする必要もあるのだと思います。



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カテゴリ: 社長ブログ

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Posted on 2011/05/01 Sun. 23:59    TB: 0    CM: 0

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