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大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの会長と一般社団法人組織・人能力開発研究所の代表理事をしている 大谷光彦のブログです。

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通勤電車の飲酒に思う事 

今日家路についた時間はそんなに酔いつぶれての帰宅者が多いような時間帯ではありませんでした。9時くらいかな。ところが缶ビールとか酎ハイなんかの缶を片手にしている客の多いこと。中には立ったまま缶を開けている人もいました。

最近少し気になっていました。中年が電車の中で飲酒している姿を目にし過ぎると。

これはどういうことでしょう。道徳の欠如、アル中の増加、それとも一種の流行?

まあ、確かにストレスの多い世の中ではありますが、旅行でもないのに通勤車両内での飲酒というのは、どう見てもみっともない。人間の弱さを感じてしまう厭な光景です。

若者(?)の化粧や飲食というのは随分前から見かけます。それを中高年は時として諫めていたように思っていたので、ブルータスお前もか! という心境です。何なんでしょうねこの現象は。

何を恥ずかしいと感じるかは時代によって違うと思います。服装なんかはその最たるものだと思います。でも一般的に羞恥心というのは時代が下るとその全体量(?)が減ってくるのかもしれません。「自由」とか「個性」の礼賛と関係しているような気もします。

僕は、人に迷惑をかける、という倫理感覚とこの羞恥心は結構比例しているのではないかと思っていたので、羞恥心は道徳と関係するということになります。つまり「個性」と「公衆道徳」はある意味対立する概念ということになります。他にも似たようなことは多いですよね。自分の自由と他人の自由の衝突という言い方もできますね。

まあ、嘆いているだけで、その場で強く抗議出来るほどのテーマではないし、そうだとしてもとてもそれをする程の意欲はない。評論家でしかない、というこれまた嫌いな世界ですが、あのアルコールの匂いを通勤電車で嗅ぎながら、「我慢できない」人の弱さに少し同情している自分もいたかもしれません。

自分の中にも同じような変化があるのに自分では気付いていない、と言う事もあるでしょう。

例えば、90%が電車の座席に着いたら携帯(特にスマホ)を取り出して、いじり始めますよね。見方によっては明らかに滑稽です。でも自分も間違いなくその一人です。しかしあそこまで当たり前に全員すればもうあれは「個性」ではなく「常識」とか、ひょっとしたら「規則」に至っているのかもしれません。

しかし通勤電車で「飲酒」を皆がして、だからそれが規則というレベルになると考えると、もう星新一の世界ですね。きっと楽しいのかもしれません。自分の駅に着く頃にはそういう発想になっている自分に少しホッとしました。
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カテゴリ: プライベートブログ

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Posted on 2011/06/13 Mon. 23:35    TB: 0    CM: 0

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