大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの社長をしている 大谷光彦のブログです。

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クリストのラッピング芸術 

昨夜は楽しい体験をしました。
自然や大きな建物などを巨大な布でラッピングする芸術家、クリストの講演(と言うより講義)が芸大の教室で行われるというので、参加してきました。実は僕の友達が彼の長年の友人なのです。

6時半から開始して8時に終わるはずが、学生からの質問が相次いで結局1時間もオーバーした白熱の講義になりました。聴衆の中には糸井重里も来ていて(なぜだかよくわからないが)質問していました。

とにかく、クリストと言う人(元はブルガリア人で1970年代に米国に移民。フランス人である奥さんの故ジャンヌ・クロードと一緒に行動し、作品を制作したので夫妻が一緒に呼ばれることもある)はとてつもないエネルギーを持っている人で、芸術家というより一大プロジェクトの統括責任者のようなバイタリティーがあり、恒久性のない自然を使った作品を次から次へと生み出しているので、”一体彼は何者か”と非常に興味を持っていました。

米国の現代ポップアートの一角を担っていて、ジャスパージョーンズなどと同じくまだ生存している巨匠と言ってよいと思います。

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講義の最初はスライドを使った作品説明でしたが、参加者からの質疑応答になったら俄然面白くなりました。

例えば、

建物のラッピングなどは建築物のディテールを隠すことによって、全体のフォルムや質感をかえって表すことができる とか、

最初の構想から完成、そして撤去までの荘大な時間のこと とか、

どれも許認可を取得するのに何年も何十年もかかっている とか、

何億というお金を自分の作図パネルなどを売って捻出しているとか、(作品は無くなるので売れるわけではない)

地元で説明会を何度も開いて住民の説得をしたり、、、、


また思った以上に細かい思想や理念を積み重ねてその時間そのものを作品にする動機を持っていたこと。

刻々と移り変わるとどまるところのない「自然」が作品の一部であること。

布を使う一番大きな理由は、それが歩んだ人類との歴史の深さと、自然の風に揺れて自然と一体になれるから、など。
そして作品のマテリアルの再利用の話など・・

なるほどと唸るような話に大変興奮しました。
それはそれはすごい忍耐力と意思が必要な芸術を目指している人という印象を持ちました。

芸大の教室というものに初めて入りました。女子学生が多かったと思いますが、美術部だけあって服装とか持ち物とか、そしてその表情なんかにとても素敵な個性と味を感じさせてくれる学生が多くて、そう言うことにも妙に感心してしまいました。「才能」ということを考えさせられました。

たまには、いつもと全然違う感性を刺激できるイベントはいいもんです。



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Posted on 2011/09/28 Wed. 18:31    TB: 0    CM: 0

無駄と少しの希望 

台風一過で一気に「秋」が訪れたようなこの週末でした。

訳あって日の出桟橋から出る”サンセットクルーズ”にのる機会がありました。
夕日が沈む東京を海から見ながらディナーを楽しむことが出来ました。

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海の近くで育った事もあるのでしょうが、海は好きです。久しぶりの潮の香りでリラックスできました。
海から見ると、同じ景色でも反対側や下から見られるので随分新鮮で、いろんな発見もありました。

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海からの夜景が随分暗かったのが印象的でした。節電の影響なのでしょうが正直残念な気持ちになりました。

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無駄が無くなったのは良い事ですが、少し希望とか未来の明るさまで少なくなったような日本に見えました。
レインボーブリッジからの夜景など、この前までシドニーやサンフランシスコと比べていたのにと。
心までは暗くならないような工夫が必要だな~。 
そんな気になりました。

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Posted on 2011/09/25 Sun. 18:14    TB: 0    CM: 0

多動的人間が好き 

先日の金曜にある友人と久しぶりに会って会食しました。古い友達ではなく今年知りあったドクターで、会うのは3度目かなあ。某国立大学病院に精神科と麻酔科医師として勤務しています。いつも僕がしゃべることを「脳科学」の世界で解説してくれるので好奇心が随分と刺激され、美味しい酒が飲めるのです。(但し彼は飲まないのでもっぱら僕の酒の肴になってくれている有難い御仁)

僕は昔から多動症”的”と言われているところがありますが、彼もなかなか負けていません。

何とパイロット免許を持ちながら、そっちを諦めて医師になったと。夢は飛行機で無医村なんかに飛んで行って医療ができるフライングドクターで、できれば会社組織として起業したいと言うのです。その話は初めて聞いたのでなんか嬉しくなってしまいました。

僕も住んでいたカリフォルニアのトーランスの訓練施設の話や何かで妙に盛り上がったので、その勢いで、僕の高校の同級生でANAのパイロットをやっている友人にその場で電話して、”面白い医者がいる”と紹介。本人とも話ししてもらった。今度一緒に飯を食うことになりました。

何度か会っていて面白い多動性の人間だと思っていたところ、やはりそうだった。

僕が知り合いとはじめた飲み会があって、互いに面白い人(この定義が難しいんだけど、まあ自己主張ができる世界を持っていて、実行力がある人で、オリジナリティーがある面白さを持っている人??)を誘いあって継続しています。毎月定期的に飲んでいるんだけど、今度それに誘うことになりました。充分資格があります。

また面白い人を見つけられて新しい可能性を感じていますが、最近一段と多動的でポジティブな人が好きになり困っています。

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Posted on 2011/09/20 Tue. 23:34    TB: 0    CM: 0

心地よい文章 

いつも思うのだけど「3連休」というのはとても有難い。
今週もまた金曜から3連休ですね。何か心が解き放たれるような気がする週が2週間も続くのです。

ただ、仕事の内容によっては、休みが多いと売上が下がりまずいこともあります。
だから仕事のことを考えるとそうも行きませんが、でもプライベートでは有難い。

理由は、特にイベントがなければ確実に本が読める日が1日作れるから。
そしてその本は仕事に関係ない本でも構わない気がするから。
普通の週末の2日間は趣味のバンドの練習か、編曲に費やしてしまい、相対的に必要順位が低い読書が最後になってしまいます。

今日の本、久しぶりに僕の好きな文章に出会いました。



だれか来ている―小さな声の美術論


杉本秀太郎「だれか来ている」という本です。

美術中心のエッセイ集です。以前日経で紹介されていたもので、今日やっと手に取ることができました。

仏文学が専門の作家で、生家は重要文化財指定を受けている江戸中期からの老舗の京呉服屋とか。1931年生まれの方だからかなりの人生の先輩にあたる。やはりこのくらいの年齢の人の本には今は失われた良き時代の教養を感じます。

何がどうというのは言葉で表しにくいのだけど、価値を置く知識の感覚が近いのと、その自分に対する謙虚さとか含羞の香りが好きというような感じだろうか。教養の厚みも素晴らしい。

先日書いた「村上春樹」に感じる、自分の感性を等身大にえぐった感覚とはまったく違う。
感性への距離感が違う。

どっちも好きだけどこういう違いが何故生じたのかつい考えてしまいました。年齢とバックグラウンドが違うので、手に触り呼吸してきた文化が違うのは当然としても、杉本はやや社会的地位からの影響もその個性に反映されているか・・・

同じエッセイでもこっちは心の動きを説明しない。その爽やかさにも魅力を感じているのかも知れない。

3連休の最後の日にちょっと旅行にでも行って新しいけど好きな風景を見てきたような心地よい一日でした。

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Posted on 2011/09/20 Tue. 00:35    TB: 0    CM: 0

It's only a paper moon  

今日は15夜。お月見の日です。今この時間、非常に高い南東の位置にあります。よく晴れているのか、冬でもないのにとても空気が澄んでいて、鮮やかに青みを帯びた高みの月です。

学生時代に聞いたまだモード奏法に行っていなかった時代のマイルスデービスが、若きジャッキーマックレーンのアルトと絡んだIt's only a paper moonの力の抜けた良い演奏を思い出します。(Diggin' with the Miles Davis Sextet)


歌詞の意味はよく解らなかったけど、「君の愛がなければ月もただの紙っきれみたいなもの・・・」というような意味だったような。でもとても可愛い素敵な曲です。アドリブコピーした想い出があります。

生命は天体と共鳴してリズムを作っているという、いわゆる「バイオタイド理論」に一時期凝って、それはそれで興味をそそりましたが、確かに満月をただ見ているだけで、精神が冴え冴えとし、どこか自分を鼓舞してくれる心地よさがあります。きっとそれも月の力なんでしょう。

生き過ぎると発狂するのかも。「躁」になるという理由も頷けるし、出産が多いというのも同じエネルギーなのかも知れません。

「うさぎ」もとっくに居なくなり、月が岩石で出来ていてほぼ生命が存在しないことが解った今、確かに何かを失ったような気がします。美しい妄想を、ですかね。

太陽の「動」に対して「静」の月。陽の太陽と陰の月。活動と睡眠。生産と蓄積。表と裏。そして送り手と受け手の関係・・・

命に限りがあることを生命体は本能的に知っています。月は地球に近いだけ、その無常感に共鳴する、静かさゆえの強い力を及ぼしているのかも知れません。

節電も終わったようですね。もう少し続けば月もさらに明るく見えたかもしれません。

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Posted on 2011/09/12 Mon. 21:44    TB: 0    CM: 0

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