大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの社長をしている 大谷光彦のブログです。

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たかがラーメン、されどラーメン 

昨日の日曜日やや遠出をしてさるラーメン屋に行ってきました。10年前くらいまで住んでいた町のラーメン屋です。結構いろんなラーメンを食べてきたけど、尾道の「朱華園」に次いでうまい店だと思っているところです。息子(夫婦?)が久しぶりに帰ってきて、その話になったので勢いで行きました。3年振りですかね。

これはネギを味噌であえたペーストを使っているのですが、これが実になかなかのもので舌に絡みつくその味が時を経ても蘇ってくるような強烈な個性を持っています。
SN3M0161.jpg

いつも長蛇の列で、今回も昼の3時頃着くように行ったのに20分くらい待たされました。とにかく寒い中なので余程この味に惹かれていなければできない所業でしょう。

なんか良くわかりませんが全国2位になっていました。1位がどこなのか興味もありましたが、まあそれだけの味だと思います。
IMG_0140.jpg

ここは家の近くだったのでよく週末に行ったものです。昔は細々とやっていたのに日を追って人気が出て、2代目が切り盛りするようになった今ではこの人気です。もう忘れられたと思っていたけど2代目の息子さんがいて、覚えていてくれました。こんなに遠くまで足を伸ばしたのかと少し恥ずかしかったです。

中国によく出張していたとき何度もラーメンを食べたけど、やはり日本のラーメンとは根本的に違う料理だと思いました。カレーもそうだけど本家を凌ぐ改良をさせるほど日本人の舌の感覚は鋭く、また差別化させようとする多くの店のその意欲がこういう芸術を生むのでしょう。

日本は食の多様性においても、その味においてもたぶん世界一だと思います。特に東京は驚くほどおいしい店がたくさんある。本当に自慢できることだけど、どんな外人でもそう思ってくれるわけでもないことも知っています。
やはり日本人の舌の良さは世界でも孤独になるほど突出していると思うのです。

尾道ラーメンも好きだけど、この味も捨てがたい。シンプルに見えて、このひとつのどんぶりに小宇宙でもあるかの如き深遠な味。たかがラーメン、されどラーメンですかね。

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Posted on 2012/01/30 Mon. 23:55    TB: 0    CM: 0

ありがとうございました 

「リクナビネクスト」の利用者満足度評価の2011年度の通年結果が発表され、わがコア社が3部門でトップ10入りを果たしました。

本当に少人数の会社ですが、創業1年以内でこの評価を頂いたことに本当に驚くとともに利用して頂い方に心から感謝したいと思います。

社員にこの結果をもっと宣伝したらと言いましたが、自分たちでこれを大々的に皆さんに伝えることに抵抗があるようです。予想を超えた評価でもありそのことに少し戸惑っているように思います。

ここで述べることは結局自慢になってしまいますが、社員に代わって僕が感じていることを少し書きたいと思いました。それは、私自身学んだことがたくさんあるからです。

お金のかかる広報宣伝は一切できませんでした。そんな余裕も力もなかったし、自信を持って実施できるサービスがあった訳でもありませんでした。本当にゼロからの出発でした。軸がぶれないことを毎日地道にしよう、それだけを合言葉にしてきた1年でした。

もちろんホームページなどでで自分たちの考えを少しでも表現しようとしました。日々の求人獲得や転職希望者へのカウンセリングには全力投球をしました。でもそれが企業や求職者に評価されるかどうかはまったくわかりませんでした。

経営者は常に最小の費用・最大の売上・最速での成果という量と時間の組み併せで組織作りを考えています。でもコア社は「組織」を意識することはせず、社員全員が個としてまず優れていくことを目指しました。結果を恐れず、そして自分を信じて、愚直に毎日足元の仕事を全力でやること。社員はそれだけ考えてきたと思います。

従来の経営手法では自らの企業価値を認められることが難しくなったとを本当に感じていますし、ある意味「組織」という形態で事業をすることの限界を考えさせられるような気がしています。

マーケットに向かって自己主張することではなく、日々接する顧客との接点の連続性の中に怖々と踏み込み、でも軸だけブレないようにすることしかできなかった。小さな会社だからできることが何なのかを皆さんに教えられた気がします。

2012年度は大変です。このような評価をまた頂くためには相当高いハードルが待っていることでしょう。この結果に奢ることなく、謙虚に地道に社員個々が自己欺瞞なく日々の仕事をしていく「集団」であれればいいなと思っています。

厳しい目で見ていて下さい。社員が皆ナルシストなのだと思いますが、せめて少し進化したナルシストになれればと思います。

もしサービスを利用した方がこのブログを覗いて頂いたとすれば、本当にお礼を言いたいと思います。

ありがとうございました。

カテゴリ: 社長ブログ

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Posted on 2012/01/29 Sun. 23:33    TB: 0    CM: 0

自然は何も考えず人々を癒しまたその営みを破壊する 

今日は「大寒」。東京も寒いわけです。昨日の雪でこの冬初めて手袋が欲しいと思いましたが、今日も夕方外出しましたが、まるで冷たい深海にいるようで暖が恋しくなりました。

先ほどある雑誌を読んでいたら、カリブ海にある「マルティニーク」というフランス領の島を特集していて、昔この島に仕事(?)で行くという幸運に巡り合ったときのことを思い出しました。カリブ海をテーマにしたリゾート開発のマスタープラン作成に参加して「視察」と称しておいしい出張をした時の思い出です。

img_activities1.jpg

とにかく太陽一杯の島でエメラルドグリーンの海に浮かぶヨット。真っ青な空に映えるカリブ特有の赤い屋根と青やピンクや白い壁のカラフルな家。寒い日のせいかまた行ってみたくなりました。

僕は知らなかったのですが、その記事によるとあの小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が日本に永住する前、この島を訪れていたとのこと。「仏領西インドの2年間」という著書を残しているようです。彼の怪談の印象とこの島の気候のミスマッチに驚きました。ぜひその本を読んでみたいと思いました。

実はこの島にはペレ山という火山があり1902年に大爆発を起こして一瞬にして3万人もの人が亡くなったという歴史を持っています。あのあまりの美しさからその時の情景を想像することができませんでした。

今回の東日本大震災でも一瞬にして多くの人の命が奪われました。あの美しい海岸線があっという間に津波に襲われ、それまでの美し景色があっという間に破壊されたのです。

マルティニークのことを思い出しそして今回の津波のことを思うと、自然の持つその巨大なエネルギーとその怖さを思わずにはいられません。

世界的にCO2の問題が大きなテーマになり、「自然にやさしい」とか「自然との共生」というような”自然が人間を守る”ようなイメージが大きく取り上げられていましたが、リーマンショック後の世界的不況とかこのところの欧州の経済危機、日本でも原発問題で見直されている火力発電などにより、今完全にその風潮は影を潜めているように思います。

自然のもう一方の側面。すなわち一瞬にして人の営みに鉄槌を下し、長い年月をかけて築きあげてきた多くのものを破壊尽くすその巨大で無機質なパワーに思い至ります。

地球にやさしいという言葉が便利に使われますが、地球はいつも人にやさしいわけではない。

雪は綺麗でロマンティックばかりじゃあないし、あの美しいマルティニークも自然に蹂躙された歴史を持っている。自然はもっと中立に存在し、意思なくいろんなことをする。一方的な思いこみは危険だなあと思うと同時に、破壊の後また人の営みを再生させ、美しい街並みを作らせ、人を癒す自然に戻るその変わり身の早さを思う。

自然に対する感情はいつも人が勝手に持つ。自然は本当にそんなこと知っちゃあいないのに。

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Posted on 2012/01/22 Sun. 00:31    TB: 0    CM: 0

インターネット情報の功罪 

先日「やらせ口コミ」というのでしょうか、感想を投稿するサイトでわざと良いコメントをして店の評判をあげることをビジネスにしている業者がいることが発覚して問題になっていましたね。

インターネットがビジネスに与える影響はそれだけ絶大なものになっているということを今更だけど考えさせられる話題でした。

インターネットという武器は、ビジネス用のメディアとして特にBtoCの世界ではとても大きな役割を果たしていて、不特定多数の人に訴求する手段として多くの企業が利用しています。また無限大に近い多くの投稿者が寄せるコメントがその商品や会社のイメージを決定付ける役割も果たしています。僕はフェイスブックなども未だに使い方がよくわからないので怖々と使っているレベルですが、大半の情報をインターネットを通じて得て生活している人が本当に大勢いることに驚かされています。

確かにそれらの情報をどこまで信じるのかという問題は大きな問題ですよね。顔も名前もわからないし、載せていても架空の人物かも知れません。文字にされていると、特にちゃんとした文章や言葉にされていると反射的にその内容を信じてしまうというのも活字の力でしょう。

これらを規制しようという動きが今後一段と盛んになるのでしょうが、僕はやはりこれはそもそもがモラルの問題だと考えます。インッターネットのことでなくても、例えば選挙などでもお金が絡むと違法になるが、義理や友情を使った真意と違った投票は防止の仕様がないのと同じで、不特定多数の行為を一定の方向に誘導することはそもそもナンセンスであると思います。

しかし、大勢になればなるほど全員を一定の方向に誘導するということも難しいわけで、群衆心理ということはあっても結局は全部の意見を一定の方向に仕向けるというのは、政治の世界や宗教や思想を使ったそういうものがの歴史上一定程度起こってはいるけれど、企業や商品などのイメージ形成のような現場では結局は困難ではないかと思う訳です。

自動車の運転はその人本来の性格が良く出ると言われます。それは名前や顔が他人にわからない状態だからです。普通の状況で運転している時は他人に自分を見せていないので「社会的」である必要がない状態の時です。この口コミと言うのもそれに良く似ていると言えるかもしれません。

こういうと性悪説になってしまいますが、今回のことは人というものの本質を表しているということにもなるし、そういうツールで入手できる情報の価値の限界なのかもしれません。そもそもTVや新聞というマスメディアでも結局その情報を信用できるという根拠が本質的にあるわけではないということを思い起こさせる事件でもあります。

受領者の自己責任という言い方も出来るし、発信者としての「個人のモラル」と言うか、その社会の文化とか風土のレベルとかが反映される問題とも言えます。

日本は昔から人間関係が濃くて互いの認知が濃いせいか、窃盗や殺人も少なく安全な社会だといわれてきました。まあ、インターネットだから国境や文化の壁はとっくにない訳ですが、こういう口コミの情報の分野ではやはりそういう国民性は関係していると思います。

当たり前のように周りに溢れていて、既に多くを依存して生活しているインターネットと言うものの存在の大きさとその価値の是非を再認識させられる事件でした。

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Posted on 2012/01/16 Mon. 00:10    TB: 0    CM: 1

「絆」が求められるということ 

今年は9日が成人式の休みになったので、正月休みのあとすぐまた3連休がきて、有難いような調子が狂うような出だしになりましたね。

しかもこの土日とも音楽の練習だったので、また明日からまた戦闘モードにしなければならず、余計にそのことを感じています。

ところで去年の漢字(例の清水寺で描くやつ)は投票で「絆」という漢字になりましたよね。震災や原発で家族や友人の大切さが再認識されたのでしょう。

昨年長女が結婚して感じたことですが、家族と言っても実際に生活を一緒にできる時間はそんなに多くはないんだなあ、ということです。子供は少しは大人になったかと思うと家を出てしまうし、自分の親の場合でも僕が上京した後どれだけ一緒にいただろう、この先何回会えるのだろうなどとと思うと、本当にそう感じてしまいます。

そう思うと人間って結局独りで物を考え、独りで行動し、独りで死んでゆく存在なんだなあとつくづく思います。

でも、そう思えば思うほど、家族や友人と一緒にいる時間が重要になり、よりその希少性がその時間の価値を高めてくれる、ということになるのでしょう。

だから逆に定年なんかで夫婦が一緒にいる時間が急に増えると夫婦仲が悪くなるっていう現象も起こります。

そうすると、むしろ「一緒に居られない時間に何をしているか」が重要なのではないかと思い至ります。

最近"work-life-balance"が重要だと言いますよね、特に我がヒューマニーズ社の仕事である職場のメンタルヘルスの世界なんかでは定番の考え方になっています。確かに仕事に充てる時間が多すぎる場合は相当その仕事の質が高くなければメンタルな健康を害すると思います。でも仕事の質が高い(創造的で自己実現ができている状態)場合はそう簡単には言えないことも経験上確かです。

たぶん理想は、いつも充実して周りの人から期待されオリジナリティーのある存在であるという感覚を持って忙しくしている人が、非常に限られた時間だけど(だから?)家族と一緒の時間の質を高めることができる、ってことかもしれないと思います。

つまり、量ではないんですね。仕事も家族との時間も。人間はいつ死ぬかわからない。そしてどんなに長生きできたとしても千年も生きられるわけではない。

この震災の後、今の時間の大切さや、今の時間は当たり前に存在するのではないということが良く言われるようになりました。でも朝から晩まで一緒に居続けられるって言われた家族にとっては結局その時間の価値は下がるのではないでしょうか。

結局楽しい時間も苦しい時間も過ぎ去ってしまうし、時間は常に有限で、またいつ一緒に居られなくなるかもしれないから価値があるのでしょうね。

今の若い人の方がその前の世代よりこう言うことには敏感なような気がします。だから刹那的になる人も多いし、逆に失敗を恐れずに大胆な選択ができる人も多いように思います。

何年かのちに振り返ったとき、今年は大きくいろんなものは変わったと言われる年になるような予感がします。良く変わる人と悪く変わる人の二極化も一段と鮮明になるし、会社も国もそういう白黒がはっきりする時代を迎えたような気がします。

自分のなかに答えがあり、自分のなかに素材がある。そう改めて思っています。

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Posted on 2012/01/09 Mon. 18:34    TB: 0    CM: 0

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