大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの社長をしている 大谷光彦のブログです。

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Most Valuable Agent - 株式会社コア 

身内の自慢をするのは気が引けるのですが、我が社(コア社)が2011年度の”Most Valuable Agent”として表彰されました。

http://corejp.blog.fc2.com/blog-entry-83.html

会社の理念に誇りを持てと言うのは簡単ですが、ルーティーンの中でそれを実際に実践するのは大変なことです。創業1年と少しでこのような賞を頂くことになるとは本当に有り難いことで、望外の幸せと思っています。我々のパッションと熱い想いが少しは形になり、皆さんに認められたことに心より感謝申し上げたいと思います。

そういう意味では今年は一段と厳しい目で見られることでしょう。創業初年度の直向きで謙虚な思いが社員を支えてくれたと思っています。これからが自分との戦いのような気がします。

サポートして頂いたクライアントのみなさんに感謝しながら、また新たなボールを皆で考え、日々投げ続けて行きたいと思います。また受け取って頂ける方が大勢いてくれれば社員も、そして僕も、またひとつ成長できるチャンスであると考えています。また今年も見守って頂ければ有り難いと思います。

正直に”うれしい”思い出一杯です。社員の努力を誇りに思いながら、またチャレンジして行きます。
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カテゴリ: 社長ブログ

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Posted on 2012/03/29 Thu. 00:03    TB: 0    CM: 0

ネオテニーと老化について 

やっと次の季節の足音を感じられるようになりましたね。
天災やら人災やら、いろんな事がどんどん起こって本当に目まぐるしくも不安定な日々です。政治も橋下大阪市長の考えを支柱にする”超民主主義的”な勢力が出てきて、流石にやはり日本人は変わっていないという安心と不安と期待を同時に持っているところです。日本人のDNAは太平洋戦争くらいでは変わらないのかという奥読みもしています。

ところで、neotenyという言葉があります。生物学用語で、幼い形のまま大人になった、というような意味ですが、最近読んだ雑誌の対談で、福岡伸一さんが、「子供である期間が長く、子供の特徴を残したままゆっくりと成熟すること」という意味だと説明している記事を見つけました。
彼は基本的にダーウィニズムに批判的ですが、最近世間でよく言われる「多様性」の生物学的意味(意義)についての彼の考えは、例えば組織経営の視点でも随分と参考にさせてもらっていますが、このネオテニーの意味がそういう風に解釈されると言うのは知りませんでした。
今起こっているいろんなことを考えるにあたりこの言葉は一種のキーワードになるような気がしています。

学生時代にヨハン・ホイジンガの「中世の秋」という本を読みました。

 

【ヨハン・ホイジンガ:中世の秋(1)(2)】


そのなかで人類の最大の特徴として「遊び」という概念が取り上げられていたことも紹介されていました。のちに彼は「ホモ・ルーデンス」という本で人間を「遊ぶ動物」として捉えているのですが、それは読んでいません。いずれにしても当時はその意味がわからなかったのでもう一度読み返そうと思っています。(倉庫においているのでまた取りに行かなければならない・・)



【ヨハン・ホイジンガ:ホモ・ルーデンス】

この前(ブログにも書きましたが)オランダ人夫妻を鎌倉観光に連れて行きましたが、このホイジンガはオランダ人。その友人はイタリヤのボローニャ大学の哲学科を出ていてなかなかこう言う話が好きな人。その時ホイジンガの名前も出て(フェルメールやゴッホだけではなく・・)遊びと芸術の話をした覚えがあります。



「大器晩成」という言葉がありますね。また人はとても長生きするようになりましたよね。このネオテニーという言葉を、人がなぜ長生きしたり、突然変異ではなく動物が進化する土壌が子供らしさとか好奇心とか柔軟性にあるかっていう考え方と捉えると、この言葉は”「老化」の功罪”ということを考えるに当たってとても示唆に富んでいる言葉だと思うのです。

経験が邪魔をすること、柔軟に物事を考えられなくなること。そういうことは”子供らしさ”の喪失なんですね、きっと。子どもである時間が長く許されるというのは、種としての豊かさであり、それを可能にする経済的豊かさや生理的な強さに裏付けされている訳ですが、同時に「遊び」が芸術に通じていることは明らかですし、芸術が「積極的な無駄」であることの意味(存在意義)とも共通する価値感だと思うのです。

こういった一連の考え方は、組織の能力を決めるのは「人資源」、という時代になってきた今、組織の機能とか「機能美」を考える上で非常に参考になる言葉ではないかと思うところです。なかなか本を読む時間がなく、あってもビジネス書ばかり読んでいて、ストレスを感じています。

今度の5月の連休が少し楽しみなのですが、きっとこう言うことに使える時間にはならないんだろうと思っています。ネオテニックで多動症的な自分としては、いろんな形にならない事をしてあっという間に時間が過ぎていくのでしょう。

カテゴリ: プライベートブログ

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Posted on 2012/03/25 Sun. 16:19    TB: 0    CM: 0

天上の声とバッハ 

久しぶりに早めの帰宅。
サッカーのバーレン戦を見たあと、バッハのイタリア組曲を流しながらPCに向かっています。

今月初めに聖トーマス教会合唱団とゲヴァントハウスオーケストラのバッハ・マタイ受難曲を聴きに行ったことを思い出しました。サントリーホールが六本木のオフィースのすぐ横だったので早めの開演でも間に合いました。


【バッハ:マタイ受難曲 指揮リカルド・シャイー 聖トーマス教会合唱団】

生でマタイを聴いたのは初めてだったけど、声変わり前の男の子の声の美しさ(いわゆるウィーン少年合唱団のあれです)に改めて感動しました。こう言っては女性に叱られるかもしれないけど、男の子と天使の相関関係に思いを馳せました。

最近、改めてバッハにやや凝っています。
主催しているサックスアンサンブルでもジャズではなくバッハの譜面をとりよせてチャレンジしている始末。なぜバッハなのかという事ですが、たぶんその静謐さというか特定の情念を押しつけない「大人さ」みたいなものが、ある種の忙しい時のバイオリズムに合致するのではないかと思うのです。
以前もこういう時期があって労働環境(?)がその時とよく似ているのだと思います。

僕の一押しは「ゴルドベルグ変奏曲」です。
特にグレン・グールドのCDは愛聴していて、唸り声があっても許せるというか、だからバッハっぽいアドリブ性というか、自由さを伝えられていると思っています。


【バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1981年録音)】

コード進行がシステマティックで、幾何学的な音列のなかに突然胸を揺すられるような美しい旋律が混ざっている。安心して聴ける安定感と惜しげもなく飛び出してくる無尽蔵の天上のメロディー。

でも声で聴くバッハも素晴らしかった。特に男の子の声の持つビブラートや艶のない声が実にマッチしている。(そもそもバロックにはビブラートがない。そこにまたひとつの世界がある。)

音楽は間違いなく気持を規定し、脳に格納されている自分の幾つもの性格の中から、その音に合う性格(人格と言った方が正確かもしれないが)を選び出してくれます。僕の場合バッハとかビルエバンスで出てくる人格と例えばチックコリアや演歌で出てくる人格はそれぞれ違います。たぶん誰でも音楽によってコントロールされる心の動きってあると思います。

先日用があって同じく一押しのジャズ歌手、ギラジルカ(僕の友人の音楽プロデューサー三田君のレーベルに所属してういます)の20周年(だったけ?)のコンサートに行けなかったけど、彼女のコンサートも明らかにひとつの人格を引き出してくれます。そういう意味では流石のスキルというか空気感を持っている歌手です。

【ギラジルカ:appearance】

まあ彼女とバッハと比較するのもどうかと思うけど、そういう音楽の力を久しぶりに感じたコンサートでした。

サッカーの試合中に結構大きな地震がありましたね。
国立はあまり揺れなかったようですが我が家は船酔い状態でした。

最近また増えていて少し身構えてる感じです。

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Posted on 2012/03/15 Thu. 00:09    TB: 0    CM: 0

震災から1年 

特攻隊の生き残りの親父が海軍時代の戦友と発行している「白い雲」の3月11日号というのが届きました。一度死を覚悟し、終戦の時17歳だった父親にとって、第二の人生は”意味を考えなければ”生きられなかった歳月ではなかったかと思います。今「生と死を考える会」というのを主催して元気にいろんな活動をしています。

今日は多くの命が失われたあの震災から1年経った日。「白い雲」に書いた親父の文章は命や平和についてのものでした。特攻として国のために死を選んだあの時の異様な状況と、それを異様と言ってよいのか迷う戦後の風潮について書いていました。

東北を襲った津波の映像や生き残った人たちの証言を聴いていると、被害に会った方のリアリティーと被災地から離れている地域の人々にとっての震災はまったく連続していない別次元の世界であると強く感じます。

「あの日を忘れない」という掛け声は全国共通の言葉になっていますがその言葉のリアリティーは違うのです。確かに僕も朝まで揺れるビルのなかに居て、帰宅しても電気と水とガスがない1週間の生活を送ったあの震災の記憶はいまだに鮮明です。でも自分の周りに死はなかったし、自分も死ぬとは思わなかった。

「超体験」という言葉があります。他人に伝えられない体験や、自分にしか理解できない感覚を伴った体験のことです。戦争とか特攻とかと同じように今回の震災もその「超体験」なんだと思います。

だからまた自然災害が起き尊い命が失われることでしょう。人類はいまだに戦争を止めていません。「平和」という抽象的な言葉が好きな人でも人を殺したりすことがあるでしょう。反省をすることがあってもすべて自分という個人の体験から出てきた動機でなけらば自分を動かすことはできないのです。社会的な行動になった途端、リアリティーが無くなるのです。

学生時代に実家を襲った土砂崩れの光景を忘れません。育った家が跡形もなくなり、そこで自分が生活していた感覚が、まるで映画の中のシーンのようにリアリティーがありませんでした。隣人の多くが亡くなったことはもちろんのこと、自分の両親がそこで被害に会って一命を取り留めたことすらどこか実感がなかったのを覚えています。
それは土砂が襲って家が流された時、そこに自分がいなかったからだと思います。

親父の体験を理解しようとしても出来ない非当事者感覚を、”震災被害者に寄り添う”という言葉を聞きながらまた感じています。罪悪感があるのは自分の偽善を知っているからです。

自然と同じように国とか政治とかも無機質に功罪を繰り返します。

人とは何なのか、自然とは何なのか、そして自分が今居るこの空間や時間の意味な何なのか・・・
そして、「友情」とか「親切」と言うのは何なのかを。

自分はこれからの人生をどう生きたいのか。親父の文章を読み、TV画面に繰り返し流される恐ろしい光景を見ながら、気持が沈んでいくような1日でした。

また明日からの毎日、追い立てられるように時間が過ぎていくのでしょう。振りかえることは自分を弱くすることなのか、それとも単に逃げることなのか。

久しぶりにやや哲学的なことを考えた寒い一日でした。

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Posted on 2012/03/11 Sun. 23:31    TB: 0    CM: 0

忙中閑(2) 

今日は久しぶりにお酒のない夜で、割と早く帰宅できました。

今週も毎日会食でしたが、オランダから前の会社の時のボスが夫婦で来ていて、ちょっと非日常な夜があった一週間でした。久しぶりに”国際的”な夜でした。

彼は実に2メートルを超す巨人でありまして、椅子で食事するときでも膝がテーブルに引っかかって入らないことがあります。日本の規格からは彼のサイズは「想定外」でありまして、いつも冷や冷やしたもんです。今回も新しいレストランではリスクがあるので安全が実証されている一度行った店にしました。ホテルも普通のところではではベッドサイズが合わず苦労するそうです。「普通である」ことが如何に便利であることか!

ところで今ヨーロッパは本当に大変みたいです。富める国と貧しい国の格差が誤魔化せなくなってしまって、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」状態です。もちろんドイツとフランスが一緒に「カンダタ」の役割だったのが、今はドイツとフランスの分裂によってドイツだけがカンダタになっていると言う感じです。
互いに得をすると思って多くの国が縁組をしたのに前提条件が狂って仲たがいをしている。まあ無理が露呈されたと言う事か。
地続きというのはややこしいですね。仲良くしなければ気づまりで仕方がない関係なんでしょう。もともと他人であったのに友達ごっこをしなければならない雰囲気があるのでしょう。余裕があるときはうまく行くけど余裕がなくなると邪魔者が目立ってしまう。まあ人間も国家も同じですね。

その点日本は韓国や中国とも陸続きではないので過剰に友達ぶることもしなくて良い。その分外交力とかが子供のままなのかも知れないけど。欧州に比べるとそう言う意味では恵まれているという気もします。

ときどきこういう機会があると日本を客観的に見ることができる。

しかし人間のサイズもこんなに違うとは、改めて地球の多様性(?)を再認識しました。

そういえば明日は久しぶりの自主コンサート。練習が不十分なのでちょっと緊張しています。最近は歳のせいで楽譜も暗いと見えないことがあって、#とbをやたら書き込んでいなければうっかり落としてしまうことがあります。今から楽譜チェックしないと・・・

そして明後日はこのオランダ人夫婦と鎌倉に行くことになりました。学生時代にお世話になった建長寺でも案内しようと思っています。この週末もまたバタバタしますが、緊張感と国際感覚(?)を楽しみたいと思います。




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Posted on 2012/03/02 Fri. 22:32    TB: 0    CM: 0

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