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大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの会長と一般社団法人組織・人能力開発研究所の代表理事をしている 大谷光彦のブログです。

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震災から1年 

特攻隊の生き残りの親父が海軍時代の戦友と発行している「白い雲」の3月11日号というのが届きました。一度死を覚悟し、終戦の時17歳だった父親にとって、第二の人生は”意味を考えなければ”生きられなかった歳月ではなかったかと思います。今「生と死を考える会」というのを主催して元気にいろんな活動をしています。

今日は多くの命が失われたあの震災から1年経った日。「白い雲」に書いた親父の文章は命や平和についてのものでした。特攻として国のために死を選んだあの時の異様な状況と、それを異様と言ってよいのか迷う戦後の風潮について書いていました。

東北を襲った津波の映像や生き残った人たちの証言を聴いていると、被害に会った方のリアリティーと被災地から離れている地域の人々にとっての震災はまったく連続していない別次元の世界であると強く感じます。

「あの日を忘れない」という掛け声は全国共通の言葉になっていますがその言葉のリアリティーは違うのです。確かに僕も朝まで揺れるビルのなかに居て、帰宅しても電気と水とガスがない1週間の生活を送ったあの震災の記憶はいまだに鮮明です。でも自分の周りに死はなかったし、自分も死ぬとは思わなかった。

「超体験」という言葉があります。他人に伝えられない体験や、自分にしか理解できない感覚を伴った体験のことです。戦争とか特攻とかと同じように今回の震災もその「超体験」なんだと思います。

だからまた自然災害が起き尊い命が失われることでしょう。人類はいまだに戦争を止めていません。「平和」という抽象的な言葉が好きな人でも人を殺したりすことがあるでしょう。反省をすることがあってもすべて自分という個人の体験から出てきた動機でなけらば自分を動かすことはできないのです。社会的な行動になった途端、リアリティーが無くなるのです。

学生時代に実家を襲った土砂崩れの光景を忘れません。育った家が跡形もなくなり、そこで自分が生活していた感覚が、まるで映画の中のシーンのようにリアリティーがありませんでした。隣人の多くが亡くなったことはもちろんのこと、自分の両親がそこで被害に会って一命を取り留めたことすらどこか実感がなかったのを覚えています。
それは土砂が襲って家が流された時、そこに自分がいなかったからだと思います。

親父の体験を理解しようとしても出来ない非当事者感覚を、”震災被害者に寄り添う”という言葉を聞きながらまた感じています。罪悪感があるのは自分の偽善を知っているからです。

自然と同じように国とか政治とかも無機質に功罪を繰り返します。

人とは何なのか、自然とは何なのか、そして自分が今居るこの空間や時間の意味な何なのか・・・
そして、「友情」とか「親切」と言うのは何なのかを。

自分はこれからの人生をどう生きたいのか。親父の文章を読み、TV画面に繰り返し流される恐ろしい光景を見ながら、気持が沈んでいくような1日でした。

また明日からの毎日、追い立てられるように時間が過ぎていくのでしょう。振りかえることは自分を弱くすることなのか、それとも単に逃げることなのか。

久しぶりにやや哲学的なことを考えた寒い一日でした。
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カテゴリ: プライベートブログ

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Posted on 2012/03/11 Sun. 23:31    TB: 0    CM: 0

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