大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの社長をしている 大谷光彦のブログです。

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「エイジレス章」 

つい昨日まで夏だと思っていたら今日は少し寒いくらい。この秋初めてセーターを羽織って過ごした雨の日曜日でした。午後からは外の景色全てが霧に包まれ、陽が沈むのも早く、夕方にはまるで海の底に居るような気分でした。地球が止まることなく公転し続けていることを自然はこうして時々教えてくれるのでしょうね。

ちょっと身内の自慢になってしまいますが、先日僕の父親が内閣府から「エイジレス章」というのをもらったそうです。恥ずかしながら紹介させてください。

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“表章内容”いわく:「死に直面した2回の体験から、生きること、死ぬことを考えるようになり、「尾道生と死を考える会」を立ち上げ、これまで70回もの講演会を開催。また、平成22年度から尾道市ボランティア連絡協議会で会長を務め、子育て事業にも積極的に活動している。」だそうです。

親父は特攻隊の生き残りであり、また家(僕が育った家ですが)が土砂崩れで流され九死に一生を得た経験などから、こう言う活動をするようになった様です。

僕と二回り違う年男ですが本当に元気。生きる目的がしっかりしていて軸がぶれない。僕がその歳になってこのように輝いていられるのか自信がない。生きた時代が違うと言えばそれまでですが、足らざることが人を大きくするという典型ですね。

18世紀後半から19世紀に生きたスイスの教育者、ペスタロッチを尊敬していて、そのように生きたいと言うようなことを僕が子供の頃から言っていました。ある意味自分の好きなように生きて来られて幸せであるとも言えますが、ずっとそう思って生きて来たその徹底振りには正直頭が下がります。

いろいろ理屈は言えるのですが、いつも超えられない壁のように思っていました。身内を褒めるのはどうかと思いますが、今でも教えられています。まだまだ元気で活躍して欲しいと思っています。

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Posted on 2012/10/28 Sun. 20:07    TB: 0    CM: 1

Moondustの”はかない美しさ” 

一週間の長いこと! やっと週末になったというこの弛緩する感じがここ毎週末続いています。毎夜の酒はさすがに体力を奪っていますが、忙しいことは有難いことです。時間の経つのが遅いときは、振り返るととても短い時間に感じます。そういう人生はきっと悪くない人生なんだと思います。でも人生の多くの時間はそうではない時間かもしれない。

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花の話が続いていますが、ひょんなことから青色のカーネーションが届きました。「Moondust」という名前だそうです。「月」の光を連想させる冷たい優しさを感じます。確かに魅惑的な花です。でも少し不安になって何かを探したくなる色です。

サントリーホールにブルーローズという名前の小ホールがありますが、その薔薇と同じようにサントリーが開発した青い色のカーネンションだそうです。ベチュニアなどの青い花から青色染色体を取って遺伝子組み換え技術で人工的に作ったカーネーションであると。

“何かを惑わせる”怪しい魅力を持っているのは自然界にない花だからでしょうか?

昨夜遅く乗ったタクシーの運転手さんと何故かiPS細胞の話で盛り上がりました。病気の治癒だけではなくそのうち老化した臓器も新品にできる技術です。人がさらに長く生きるようになると食料が無くなるだろう。でもそれも遺伝子技術で大量生産ができるようになって克服できるようになるだろう。天候に左右されない農産物もできるだろう。

“不老不死の不幸せ”と”自由がある故の不幸せ”には共通するものがありますね。ともに“限界のない辛さ”です。“どこまでも続く道”の持っている脱力感とでも言えようか。

でも心まで遺伝子技術で変えられるのであればそれでもそれを“永遠に”楽しめるようになるのだろうか・・

自分というものの実態と言うかアイデンティティーが解らなくなくなる恐怖と、解らないから心配する必要がないという安堵の両方を思います。

この青いカーネーションは、自分が青い神秘の色をまとっているって解っていないから美しいのかも知れない。美しさというものの本質は実は自ら意図していない結果を身にまとっていて、それに気付いていないことかも知れない。でもそれは”はなかい美しさ”とでも呼ぶべきものかも。

そう言えば昨日突然友人から電話があって今年で引退することが決まったと。また酒を飲む夜が1日加わりました。彼の時間はこれから速く過ぎてゆく時間になるのだろうか? 聞いてみたいものです。

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Posted on 2012/10/27 Sat. 17:19    TB: 0    CM: 0

一杯やりながら考えます。 

先日僕の還暦のことを書いていましたが、その2日後はWifeの誕生日でした。まだ還暦ではありませんが・・

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今日やっと時間がとれたのでレストランに行ったらanniversaryでお花を頂きました。家族の誕生日は結構忘れてしまい肩身の狭い思いをすることが多いのですが、自分の誕生日と近いと、祝ってもらうことで思い出すことができるので家内に関してはミスすることが少ないです。もっともちゃんとお祝いをするようなことはなかなかなくて申し訳なかったのですが。

それと、先日僕のブログを本にしてもらった感動の秘話(ではないけど)を書いたら昨日またちょっと嬉しい還暦祝いを頂きました。今度は「マイランド社」のスタッフからです。辰年の還暦なのでマイセンのタンブラーで龍のイングレーブが入っているものでした。さっそくスコッチをと最近一押しのラフロイグを、と思ったら氷がなくて今仕込中。あとで楽しませてもらいます。

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普通の誕生日だったらこんなことはないのですが、還暦というのはそれなりに特別な日なのでしょう。かえって迷惑をかけてしまったように思います。気を使わせて申し訳ないです。このブログを見てくれていたらお礼を言います。本当にありがとう。

みなさんのお陰で今週は少し上気したような特別な一週間になりました。一回りして元に戻った訳ですから、これからは一味違った人生でなければならないでしょうね。何を最優先の価値にするのか考えなければいけないと思います。難しいですね。龍のタンブラーで一杯やりながら考えます。

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Posted on 2012/10/21 Sun. 00:49    TB: 0    CM: 0

荒ぶる魂 

今帰宅しました。

「荒ぶる魂」という言葉が好きだと言う事を何故か思い出しました。だから少しブログを書きます。

今夜は弊社の専務と酒を飲みました。社長の戦略になぜ合致しないのか現場の声を聞くためです。勝負している時に不一致は致命傷になるからです。そう思う自分に正直で有りたいから。

平社員から課長さんになり部長さんになり、そして競争に勝った社員だけが役員になる。でも本物はそこに留まらない。“荒ぶる魂”があれば。

成果は数字であり、最後まで数字です。社長はどんな経緯があろうがP/LとB/Sが通信簿。其れ以上でも其れ以下でもない。

でも、人は永遠に生き続けるわけではないので、自分の“ピーク”を無意識に演出しています。そう、“無意識”にです。

だから、自分の歩いてきた足跡に心を留めているし、優秀な人はそれに溺れないように注意をしています。

足跡に心を残すから酒が旨く、溺れないようにする力がある人は残念ながらその分酔えません。

人生は一本道ではない。でもやはり一本道ですね。常に複数の道が目の前に現れ、常に迷いながらその中からひとつを選んでいる。多くは成り行きだったり、行きがかりだったり、時には自分のプライドだったり。それがひょっとしたら“外れくじ”かもしれないと思っていても・・・・ 止められない自分が存在する。

振り返るとそれがわかる。その時に解っていると言うのは浅い。

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この写真は僕が29歳の時に住んでいたマレーシアのジャングルの中の町「クアラカンサー」に聳えるモスクの写真です。この寺院の前に住んでいました。若かったときの自分を今でも忘れないための写真です。自分のキャリアのスタートだと思っている写真です。

ジャングルの中を流れる茶色い河に橋をかける仕事をしていました。蛇や蜥蜴に囲まれながらもこの美しい寺院に魅せられていたから頑張れたのかもしれない。

今を生きる。そしてやはり過去を生きている。

少し酔いましたね。

明日も皆さんにとって発見のある一日でありますように。僕にとってもそうであるよう願っています。

”荒ぶる魂”をいつも心の中に置いていたい。

おやすみなさい!

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Posted on 2012/10/17 Wed. 23:44    TB: 0    CM: 0

ありがとう! 

昨日とてもうれしいことがあったのでブログします。 “還暦のプレゼント”の話です。

一昨日の還暦の日に届いていたようなのですが、僕が不在で昨日受け取りました。

贈り物と言うのは本人が全く想像できないものであり、またそれを自分で入手(または制作)する発想がまったくないものであった時、その効果を最大に発揮するものだと思います。さらに言えば、それを贈られることをまったく予想できなかった人からであれば、もう芸術的と言ってよいほどの効果を発揮するのでしょう。

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僕が社長をしている会社のひとつ、「ヒューマニーズ」の社員が僕のブログを本にしてくれたのです。“世界にひとつ”の本です。上下2巻です。

この発想はもちろんなかったし、うれしかったのは“自分たちができる究極の贈り物”をかなり真面目に考えてくれた結果であり、それを考え出してくれたエネルギーと心配りに大きな愛情を感じました。また、自分の想像の範囲を超えていることがサプライズであり、そう言うことは自分には“滅多に起こらない”ことだと言う事がわかっていたからこそ本当に”嬉しかった”。恥ずかしいけどうれしかった。

僕のブログは540回を超えていますが、それを自分史として捉える発想はありませんでした。それほどの内容でもないし、そういう意識を持って書いたことはないからです。しかし、途中中断したりしたりもしたけど2007年から飽きもせず540回を超えるまで続けたということは、意識外に、あるいは潜在的に、自分の考えていることを後の自分に残したいという“ナルキッソス”的世界がなかったとは言えないのです。

たぶんスタッフはそのことを慮ってくれたのかもしれません。そのことにも深く感謝します。

自分というのは、当たり前ですが、“自分にしか理解できない(と思いたい)自分”と、自分の意思とは無関係に発生し変化してコントロールできない“周囲の人に映る自分”の2種類が存在します。

このギャップがうれしく感じられることもあるし、哀しく感じることもあります。そのことをどうでも良いと思うにはそうしようとする「意思」が必要です。ほとんどの人はそんな意思も持つこともないし、そう出来るほど強くもないし暇でもない。

“嬉しさ”もひとつの生理であり、動物的な健全さなのです。

理屈はこれくらいにしましょう。

これからもなるべく自分史を書き続けることができるほど恥ずかしく感じないと言う“老化”を期待しながら、お礼のブログとさせてください。

本当にどうもありがとう!

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Posted on 2012/10/16 Tue. 22:20    TB: 0    CM: 0

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