大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの社長をしている 大谷光彦のブログです。

12« 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.»02
 

日揮がんばれ! 

僕のブログを時々覗いて頂いていた皆さん、長い間放っておいて申し訳ありませんでした。正月以来の書き込みになります。

特に体調を悪くしていたという訳でもないのですが、正月明けから仕事が通常のペースではできないような事態になり、ブログを書けるような環境ではなかったのです。(ちょっとオーバーですが、要するに休みがなかった!)

少し落ち着いたので久方ぶりにPCの前に座ってこのブログを書こうと言う心持になった次第です。

この3週間くらいにも身の回りでいろんなことが起こりました。直近のニュースで他人事とは思えなかったのがアルジェリアで日本人が襲われた事件ですね。なんで他人事とは思えないかと言えば“一つ間違えば”という経験をしていたからです。まあ今回のものとはレベルが違いますが・・・

何度か書いていますが29歳から30代半ばまでマレーシアにいて、その半分はジャングルの中で高速道路と橋の現場に居ました。当時はまだマレーシアとタイの国境地帯は共産ゲリラが出没し、我々の工事現場もすぐそこに隣接しているような奥地でした。Curfew(カーフューって発音します)と言って外出禁止令が出ている地域に近くて、実際に工事は軍に守られて進められていた時期もありました。

特に給与の支給日が大変でした。銀行から何十キロも離れていて、社員が車で運ぶのだけど、時間を指定しないで2台を囮にした上にさらに搬送コースを変えたりして強盗を警戒したものです。実際に宿舎が襲われて数百万円強奪されたことが一度ありました。今思い出してもよく人身事故につながらなかったものだと思います。

当時の写真はあるんだけどもう色あせているしデジタルではないので、4年前に家族で再訪した時の現場近くの風景の写真を載せます。(これは現場の上流で手前は公園で人の気配があるところですが、現場はこの向こう岸を20kmほど下流に行った道もないところです。)

Backup分の移動 2538 (800x536)

今回の場所は砂漠という環境、アラブゲリラという熾烈な原理主義者、隣国が戦闘状態・・ 僕が居たところの何倍も危険なところであっただろうと思います。時代も違います。でも「社員の安全を第一に」と言うのは簡単でも本当にそれには限界があるだろうと思っています。企業活動はそういう簡単な表現で片付けられるようなものではないのです。

一度こういう目に合った現場を再開するのは、企業として責任が可視化されていて世間も注視しているのでさらに大変なことだろうと思います。でもこういう極限の現場にも出かけて競争に勝っていかなければならないのも現実だし、プラント建設に従事する日本人と言うのは、今こういう現場を避けていたら自分の仕事もないというのが実際のことであろうと思います。

僕も当時、生きて帰れないかもしれないというような漠然とした危機感が少しあったように思いますが、実際にはそれは切実なものではなく、差し迫った危機という感覚で仕事をし、食事をし、現地の人達に接していた訳ではありません。上手く言えませんが、慣れとか麻痺ということも少しは有るでしょうが、人間の適応力は凄いし、厭だと言ってどこかに逃げる訳にはいかないのです。そしてその環境に適応して一定の楽しみさえ見出して日々を過ごすというのが実態だと思うのです。

彼らも〝一定の期間我慢して帰国する”という目標を皆持っていたと思います。家族や子供や寿司や日本の風景や・・そんなものを思い描きながらカレンダーに帰国の日を書いて日々仕事でそんな“生理的な辛さ”を忘れていたと思います。思うと辛すぎる。

さぞ無念だったと思います。自分にそういうことが起こるという現実感はむしろなかっただろうと思います。それだけにその場での心境は恐ろしくて推し量ることもはばかられるように思います。

でも、「安全・安心」では“仕事”はできない。特に危険領域レベルの高い職業の人にとっては。現実にはそれを仕事にしている人の如何に多いことか。それがむしろ「日常」であるような状況に一定の期間身を置かざるを得ない人が如何に多いいか。僕は「企業戦士」という言葉の持つ“厭らしい陶酔感と自己肯定”が大嫌いですがそれもこういう理由です。

そう、ひとつ間違えば誰にも起こりうることなんです。そういう自分の事として捉える人が多くいて、だけどまた明日からそこに行かなければならない人が大勢いることを理解しておく必要があるのです。こういう事が起こると対策を取ることでしょうが、限界はやはりある。そうやって日本をは支えられているし、そうやってきたし、これからもそうするんです。以前もブログに書きましたが、マスコミや世間はこの事に思いを馳せて「安全」を語って欲しいと思います。

僕も仕事でお付き合いがありました。日揮のみなさん心から応援しています。

スポンサーサイト

カテゴリ: プライベートブログ

[edit]

Posted on 2013/01/27 Sun. 17:59    TB: 0    CM: 0

正月酔いと成熟顔のパートナー 

昨夜は友人夫婦のご招待にあずかり、美味しいワインとステーキを頂いて来ました。毎年、正月の恒例行事になっていますがいつも特にワインが実に美味なのです。このワインも絶品でした。感謝感謝。

IMG_1146.jpg

でもって、今日は少しお酒の話。

僕は元来お酒には強くありません。遺伝的に言えば父親は強いけど母親は弱い。だから母親の方を受け継いでいるのだと思います。すぐ赤くなるし、どちらかと言えば醸造酒系は飲みすぎると結構早めに悪酔いしてしまう。

何かで読んだのだけど、醸造酒はアルコールの分子構造が粗くて、その分短時間でダメージを受けるが逆に処理されるのも速い。つまり蓄積もされにくいと。蒸留酒はアルコール度としては高い分、分子構造も細かくて、その分時間をかけて酔ってくるし分解されるにも時間がかかる。

酒に強いと言うのは短い時間でアルコールが体に回ってもそれに対応できる能力があるという事ではないかと思っています。

だから、アルコールに弱い体質だけどウィスキーとか焼酎とかの蒸留酒の方が悪酔いしないように思う。自分の場合も同じで日本酒を飲むと結構酔いが早く翌日に残り易い。その意味では理屈に合っているようだ。

でもワインはやや例外、特に赤ワインはそんなに悪酔いしないような気がする。白ワインに比べると糖質が少ない。日本酒も糖質は多い。そのことが関係しているのかもしれないし、米とブドウの違いなのかも知れない。
それともポリフェノールのせい?

分子構造が複雑なものを人工的に作るには技術の発達が必要で、だから原始的な酒はみな醸造酒なんでしょう。だから、と言うかしかしと言うのか、僕の知る限り酒好きな人は総じて醸造酒の方が好きだと思う。日本酒はその典型だし、ワインもそのひとつ。

僕は赤ワインが好きですが、時間をかけないで飲むとやはり結構ダメージがある。でもの飲み方を注意すると結構味わえる。

まあ、理屈はともかくワイン、特に赤ワインは奥が深いように思う。気化させない発酵酒の持っている奥深さというものがあるような気がします。日本酒よりもさらに深いような。米の品種よりブドウの品種の方が多様性があると言うことでしょうか?土とか気候とかも多様な気がする。何が言いたいのかやワインに酔っているようでわからなくなってきましたが、とにかくつい講釈したくなってしまう魅力があると言う事でしょうか。

ところで酔って“うたた寝”をしているときにいつも付き合ってくれる僕の可愛いパートナーの今年の初ショットです。少し照れていて、控えめだけど、オーラのある顔。最近とみに威厳があるように見えてしまうのはそれなりに歳を重ねて成熟(?)してきているのかも知れない。自分と比較して劣等感すら感じる。やはり人間は成長するのが難しい??

IMG_1201.jpg


子供たちがそれぞれ帰って行って、いつもの日常が戻ってきた休日の昼下がりでした。





カテゴリ: プライベートブログ

[edit]

Posted on 2013/01/04 Fri. 00:03    TB: 0    CM: 0

“時の区切り”と可能性 

明けましておめでとうございます。今年の新年はディズニーランドの花火で明けました。

IMG_1057.jpg
この正月は少し長めの休み。今年は大みそかも出かけず自宅で静かに過ごしています。仕事納めの日から少し風邪気味で心配していましたが、大事にならず回復見込みです。

さっそく今日は「サクソンファイブ」用に途中になっていたベートーベン「第九」の“歓喜の歌”の部分をゴスペル調に編曲する作業を早々と終えることができました。4分くらいの長さでそれなりの出来であったと自画自賛。しかしこれは名曲ですね。いつも思うのですが、編曲していてアイデアが浮かんでくるものはシンプルで奥が深い。仕事から離れたからか、随分集中できてはかどりました。年末にふさわしい曲で新年を迎えることができました。

この勢いで前からやりたいと思っていたもうひとつのバンド「ムジーカアラカルト」用の“上を向いて歩こう”のロック風編曲に取り掛かりました。先日TVで松田聖子がこれをJazz風の編曲で歌っているのを聴いてひらめいた構想です。でも少し時間がかかりそう。

メールを開いたらマレーシアの友人から“Akemashite Omedetoo”というメールが来ていて早速返信。今年第一号のメールでした。メールと言うのは今更ながらこういう時は便利です。年賀とかクリスマスなどの決まったイベントでのご機嫌伺いには特にピッタリな気がします。Twitterをやっている人はさぞ“おめでとう"のつぶやきが飛び交っていることでしょう。

さて今年はどんな年になるのでしょう。政治が保守になり少しは素人風市民社会主義が修正されそうだけど、日本の制度疲労は簡単に修正できないので、所得が上がらないのに財政赤字が広がって、公約していたほどは強行出来なかった領土問題と、曖昧なまま操業を続ける原発の中で、また消化不良の時間が過ぎて行くのでしょうか・・

明日は子供たちが集まり、一緒に初詣でに行って自宅で新年の挨拶をして、一緒に酒盛りの予定。読めなかった本も溜まっているので2日からは少し読書を、と思っています。

1秒の違いで新しい年が始まる。「新年」というのは人類が発明した素晴らしい儀式としての「時の区切り」。

若い時は少し肩に力を入れて「新年」を迎えたものですが、最近はある種の寂しさを静かに味わいながら迎える新たな「区切り」のような気がします。“可能性”にもシンプルで物理的な好奇心に裏付けられた社会的なものと、もっと私的で内面的な変化に気付こうとする至ってデリケートで個性的なものの2種類があると思います。

歳を重ねるということは前者が少なくなって行って、後者が多くなることだと思います。

2013年はどんな“可能性”を期待しているのか。自問しています。


カテゴリ: プライベートブログ

[edit]

Posted on 2013/01/01 Tue. 01:30    TB: 0    CM: 0

プロフィール

カテゴリ

カレンダー

リンク

検索フォーム

最新記事

月別アーカイブ

QRコード

RSSリンクの表示