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大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの会長と一般社団法人組織・人能力開発研究所の代表理事をしている 大谷光彦のブログです。

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忙中“編曲”あり 

本当に久しぶりに何のイベントもない週末が2日続いています。外は寒いのかもしれないけど、南向きの書斎の窓からは暖かい陽の光が注いでいて静かで穏やかな午後になっています。

休んでいる工場が多いのか、ゆるんだ空気なのに透明度が高く、遠く三浦半島まで見えるようです。

急に聴きたくなったベートーベンのピアノソナタのCDをかけています。ヴィルヘルム・バックハウスの1951年の録音。古い録音ならではの温かい感じが今日にあっているかも。

問題はこの部屋の乱雑さ。キーボードの上までメモの紙切れが散らかっていて、読みかけの本やCDが無秩序に転がっています。昔から”整理整頓”が苦手で、余程切羽つまらなければ片付けることをしないので、その性癖がこの“たおやかな”午後の価値を減じているように思います。

今日は時間があるので何度も挑戦して壁を破れないサックスのアドリブ練習をしようと意気込んだのですが、この緩んだ空気のせいか、あるいは緊張感のない気分のせいか、放りだしてしまってPCに向かってこれを綴っているところです。

ジャズのアドリブは無数の基本パターンを指に覚えさせ、そのどのパターンも12音階全てで出来るようにならなければいけません。と言うか、それが出来なければ必ず成長が止まって、そこで一生を終えるという感じです。
しかもどういう風にメロディーを作るかはその時瞬間に浮かんでくるものに忠実であるべきで、それを習得した無数のパターンを組み合わせて音にする・・・ 結局こういう訓練は若いうちに徹底的に体に覚えさせる以外になく、もう僕の場合絶望的に遅すぎる修行を今しているような不毛感にとらわれます。いつもあるところから先に行けない。体が(と言うより脳が)ついて行かない。悔しい限りです。

今の若い人には随分アドリブの上手い人が多くて、きっとそんな練習を頭が柔らかいうちからしているんだろうなと、失った時の価値を恨めしく思っています。昔は何でもそうかもしれないけど、先生について習ったり、教則本を見て真面目に基礎練習なんかする雰囲気はなかった。適当に見よう見まねでやってしまってそのまま技があるところで固まって、そのまま一生を終える。プロではないのでそれでも良いんだけど、後になってそこそこ演奏するようになると、その超えられない壁が悔しく思われるようになる。残念でもあるけど、何度人生やっても同じことを繰り返しそうな気もします。仕方のないことなんでしょう。

「悲愴」の第2楽章になった。ベートーベンにはこういう素晴らしく心をえぐるメロディーラインが突然飛び出す傾向がありますね。この前第九をゴスペル風に編曲(下にMIDIファイルで掲載)しましたが、この悲愴を聴いていると3拍子のジャズ風にしてみたい衝動が沸いてきました。確かに名曲だ。ハ短調というのも良いですね。以前編曲した「運命」と一緒。アルトサックスだとちょうど#もbもないA Minorになる。そう思いながら興味はそっちに向かい始めています。でもメンバーが評価してくれるとは限らない。まあ。アマチュアだから別に構わないか・・・独善的でも済まされるようになるのも歳の功??

日が長くなりました。この前までもうこの時間は外が暗くなってきて、“明日からまた仕事”モードだったのに、まだ明るいと依然「今日」に留まっていられるような気がします。

(ところで友人から編曲作品を聴きたいというリクエストがありました。初めての試みなので音が聴けるどうかわかりませんが先日完成した編曲作品、以下掲載してみます。どちらかで聴けるでしょうか?たぶんこれは作曲の著作権は関係ないと思うので。)

ベートーベン第九(ゴスペル風)

ベートーベン第九(ゴスペル風)

<ベートーベン第九(ゴスペル風)>
(これは楽譜をなぞってPC音源で出しているものです。実際にはこの楽譜を生のサックス5本で演奏するのでもっとちゃんとした音になります。)
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カテゴリ: プライベートブログ

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Posted on 2013/02/24 Sun. 17:37    TB: 0    CM: 0

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