大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの社長をしている 大谷光彦のブログです。

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週明けなのに・・・ 

いつも思う事ですが月曜というのはしんどいですね。ONとOFFって言うけど先週は日曜だけOFFと言える日で、あとは急ぎ足で駆け抜けていったたような週でした。急ブレーキをかけてまたアクセル吹かすのが月曜だからだという感じがします。まあ毎週そんな感じですが・・

で、そんな月曜なのですが今日は夜またブレーキをかけてしまいました。ロイ・ハーグローブがBig Bandを引きいてブルーノートに出るっていうので体に悪いと知りつつも仕事を切り上げ行ってきました。

ロイ(BN)    ロイ2

彼は僕がサンフランシスコに居た1993年とか94年あたりに新進気鋭のトランペッターとして華々しくデビューした人で、当時はマイルス・デイビスのような曇った厳選されかつ洗練された数少ない音で、黒人らしい内向的な精神世界を歌いあげるような独特のサウンドを醸し出していました。その知的で黒っぽい、ゆえに非常に都会的で抑制されたサウンドはかなり異彩を放っていました。陽で華やかなウィントン・マリサリスと対照的な陰で静謐な音と言う感じです。

僕は当時ひとりでいたので、ほぼ毎週ベイブリッジを渡って対岸のバークレーのブルーノートに通っていました。今から思うとその時の少し孤独で内面的で寡黙な自分とウマが合っていたサウンドだったのかも知れません。屈折してやや不健全な自由を謳歌(?)していだ時代でした。仕事も大変な時期でした。

そんなことも思い出しましたが、そのロイが数年前からビッグバンドを作ってリーダーをしていると言うことは聞いていましたが今回初めてライブを聴くチャンスに巡り合えたのです。

いや、本当によかったです。18人編成(トロンボーンが5本)という大所帯ということもあるのでしょうが、昔の彼のイメージとは違いかなりfunkyで陽性なサウンドになっていました。しかし黒くて知的な片鱗は残っていたので彼らしさを残しつつ少し〝やんちゃ”にグルーブするスタイルになっていたと言っても良いかもしれない。しかし良く考えると僕が自分を投影する形で聴いていただけで、彼は元来こうだったのかも知れない。

この前のマリア・シュナイダーも良いけど、やはり手拍子で笑顔で発散できる黒っぽいのもいい。そう少し硬質な分だけ後味もいい。

そう言えばブルーノートの食事が随分と美味しくなっていた。聞けば「レゾナンス」って言うブルーノートと経営が一緒のレストラン(丸の内にある同じJazzのライブハウス、コットン・クラブに付属していてミシュランでも紹介されている)のシェフが移ってきたらしい。道理で旨いわけだ。ワインは2008年のbarolo。最初は若い明るい味だと思ったけど途中から酸化が進んでなかなか成熟しつつも品のある味に変わって行ってなかなか良かった。サウンドのせいかもしれないけど。

バローロ

そういう訳で、夜だけまた週末に戻ったような月曜でした。気持よく酔った夜の月は満月。明日からがまた大変だ。

満月
(少しピントがボケました。)


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Posted on 2014/02/17 Mon. 23:45    TB: 0    CM: 0

少し贅沢な朝 

今日はいつもの日曜より早く目覚めました。先週もそうだったように雪の朝の輝きを見たかったのかもしれません。
我が家から西は富士山、横浜のランドマークタワー、南はアクアライン、東は姉ヶ崎から千葉マリンタワーまでくっきり見えます。またもや透明な空気という雪の朝のプレゼントです。


先日届いたアルド・チッコリーニのワルツ選集を聴きながら雪景色の名残りの中で読みさしの本でも読みたいと思ったこともあります。巨匠の演奏によるピアノのワルツを集めた小品集。ショパンやグリーグやシベリウス、フォーレやサティやドビュッシーなどもありますが、ピエルネとかセヴラックやタイユフェールなどは初めて聴きます。

多少曲によって好き嫌いがあるけれど予想通り優しい気持ちになれます。どこかの山小屋で雪の朝、小鳥の鳴き声に交じる落雪の音。春の息吹を感じるせせらぎの音・・・ まあそういう連想が沸いてきます。チッコリーニは1925年生まれと言うからもう90歳近い。少し茶目っけがあって、老成した純真さというか、選曲にも自由な我ままさを感じます。気持が楽になる。

本はこれも途中で進まなくなっていたジョン・パンヴィルの「いにしえの光」を手にとっています。翻訳が素晴らしい。内容はこの歳にならなければ読まないような気恥かしさを感じるようなものですが、文章に香りがある。読んだからと言って何かの知識が得られる訳でもないし、何の利益もないような本です。子供の頃に人が持っている寡黙な感性を呼び覚まされるような本です。

このCDと本はまさに〝忙しく”立ち働いている時には決して眼中に入ってこない作品です。週末の雪の朝以外に読めるタイミングな無いかもしれない。

今のところはそんな贅沢な朝です。

午後はまた別のバンドのリハ。Jazzの気分ではないので今日は家に居たいと思いながらぐずぐずしています。

CDが終わってしまった。次は何をかけようかと迷い中。少し現実に戻るためにバッハも良いかと、ジャニーヌ・ヤンセンのヴァイオリン協奏曲をかけたけど、これは心を遊ばせる音楽ではないですね。一気に空気が変わってしまった。バッハには規律があるのでしょう。機能美と言おうか・・ 少し理性的・義務的な感情になりつつある。

音楽は気持を変えますね。驚くほど瞬時に。


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Posted on 2014/02/16 Sun. 13:04    TB: 0    CM: 0

2月14日という日 

テロもなくオリンピックが進んでいきますね。それが少し気になります。

高梨沙羅選手、残念でした。何となく危惧していたことが起こった様な気もします。
その逆の意味であのハーフパイプのメダル。あっさりと大舞台を〝ケレンミなく”通り過ぎた15歳には清々しい頼もしさを感じました。非日本的な強さを持った世代が確実に育っていますね。高梨沙羅との対称で見てしまいます。文化の相対化、伝統と未来、地方と都会、ナショナリズムとインターナショナル(先日書きましたね)、グローバルと言った方が良いかもしれないけど。

ところでまたもや都会の大雪。2週連続で週末を襲うという正確さになぜか感心しています。
㈱マイランドは不動産業なので2週連続の雪の週末は痛手と思っていたら、この雪でマンションを見に来る人は〝本気”だそうで、むしろ効率が良いと現場の話。なるほどとこれにも感心した次第。

温暖化の影が薄くなるほどミスマッチな景色に出会いました。最近増えた亜熱帯型マンションが皮肉な情景を見せています。無理にさらわれてきた南の国の子供のようで痛々しい。

雪の中の椰子

雪の中、今日食事をしたところで出てきた桃の花。雪の中の春。

桃の花

慌ただしく春が訪れるような気もしますがどうでしょう。

バレンタインで義理チョコをたくさん頂きました。有りがたいことですがこれも面白い習慣として商業の世界を脱して定着しましたね。これから未来もこれは残って行くのか、それとも一時代を表わす風俗のように振り返られることになるのか、そういうことに想いを馳せました。

多彩なイベントのあった2月14日でした。

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Posted on 2014/02/14 Fri. 23:59    TB: 0    CM: 0

インターナショナルなナショナリズムーソチオリンピックー 

オリンピックが始まって毎夜ザワザワする日が続いていますね。

少し国力が落ちて来ていたというコンセンサスの中でアベノミクスで少し自信を取り戻してもよいかなあって皆が感じていたタイミングで今回のソチが始まったような気がします。

僕も立派なナショナリストなので、シンプルに気になって、シンプルにがっかりして、シンプルに感動したいんだけど、この瞬間まだメダルがありません。

しょっぱなでメダルが出ると〝行ける”感が出て、何故か余裕が出た大衆に後押しされるようにメダルが続くことがあるように思うけど、今回は苦戦中。

国民の全ての不満がぶつけられるようなダイナミックな〝期待”が明日早朝の〝高梨沙羅”にぶつけられるのが怖くて早く寝ることにします。僕にしては随分早いけど・・・

今度の土曜のサックスの練習にとても上手いリズム隊が参加する予定なので楽譜作りにアドレナリンが出て、オリンピック放送は見なくて済んでます。そのぶん〝沈黙する期待”をひしひしと感じてしまいます。

今更の話ですが、〝本能としてのナショナリズム”をもっとも感じるのがオリンピックのような気がします。「参加することに意義がある」といとも簡単に言ってのけたクーベルタン男爵の洞察の浅さ、と言ってもいいのですが、何にせ〝国境を超える”という〝インターナショナルなナショナリズム”というパラドックスを小気味よく感じさせてくれます。

同時にこれは自分の中にある〝シンプルかつ複雑”な感情を可視化してくれる有りがたいイベントでもあります。

なかなかメダルが出なくて沈黙のストレスが結構きてますね。

あと何日かの4年に一度のワクワクしてよいオリンピックという、〝自分で許しても良いと甘えたいナショナリズムの快感〝を少し味わっています。

それに比べると新東京都知事という「箱庭的政治」は詰まらなかったですね・・・

ではお休みなさい。

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Posted on 2014/02/11 Tue. 22:19    TB: 0    CM: 0

吹雪の朝 

昨日の雪、迫力がありましたね。少し所用で外出しましたが、人は暑さではなかなか死なないけど寒さでは死ぬだろうという感覚を久しぶりに思い出しました。バルザックの肉球の冷たさで、どんなにエアコンをかけても床暖房のない部屋はペットにはあまり恩恵がないことがわかりました。そんな寒い一日でしたね。

バルの肉球

午後からは吹雪で全ての風景も町の音もかき消されて、まるで冷たい海の底のようでした。雪国の人にとっては例年のことでさぞ鬱陶しいことでしょうね。家がこんなに丈夫になる前の北国の冬の夜にはきっと多くの民話が生まれたことでしょう。家に吹きこむ雪、戸をたたく恐ろしい風の音、抗し難い荒れ狂う自然に、ただじっと通り過ぎるのを待つ長い夜。人はそんな長い時間を過ごしてきたのでしょうね。

そう、オリンピック放送がなければストーブのそばで好きな本を読みながら自分の世界に入り込んで行きたくなるような夜でした。が、結局は近くの友人が訪ねてきて酒宴と相成り、またもや文化が遠のいてしまった。後は結局深い海の中でひとりの酔っ払いが冬眠しただけの夜でした。

でも雪のあとの晴れた朝は綺麗でした。富士山は隠れていましたが雪の丹沢が遠望でき、空中の塵が洗い流されて青空に映える街並みは、きらきらと光る海に映えて清々しい。荒れ狂った自然のお返しでしょうか。自然のダイナミズムと言うやつですかね。

雪の朝 雪の丹沢

息子はあのブリザードの中、夫婦でスキーへ行ったようです。どこに行ったのか聞いていませんが、無事に帰ってこれるでしょうか?雪で立ち往生するのもこれもまた経験。昔トルコで雪の中半日動けなくなって軍隊に助けられたことを思い出していました。車だったけどガソリンがだんだん無くなってきて、ひょっとして凍死するのではないかと思ったもんです。

さて今日の午後は、雪でどうなるかと思っていましたが、昨日に続いて来客の予定です。

昨年の国立新美術館でのアメリカンポップアート展と本の出版でお世話になった友人の林綾野さんと出版社の人が来宅します。豪雪の後の陽の光の中でまた次の企画に向けて乾杯でもしますか。一陽来復!!

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Posted on 2014/02/09 Sun. 14:17    TB: 0    CM: 0

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