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大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの会長と一般社団法人組織・人能力開発研究所の代表理事をしている 大谷光彦のブログです。

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もの言わぬ小動物の〝生きる”ということ 

ついに1月のブログ更新ができませんでした。もう2月に入ってしまった。

やはりここのところ忙しすぎると見えて、いろいろ書きたいこともあるんだけど、気持が〝散文的”なまま睡魔に襲われてブログに手が伸びません。何人かの方に、もう止めたのかと聞かれて困ってしまいました。まあ条件がそろったときは更新したいと思っていますが余裕がないのかなあ・・

今日は我が家の一番小さな家族、バルザック君のことを書こうと思います。

眠いバル
(うちのバル君)

2週間前に急に血尿を出してカミさんが獣医に連れていったらエコーをとられて、膀胱に結石とポリープがあると言われたんです。石が尿管に詰まると3日で死にます、と言うコメント付き。それで丁度一週間前に手術することが決まってしまいました。しかしたまたま昨年私の父親が膀胱癌で手術したりしたもので、膀胱のことには少し詳しくなっていた私は、〝手術以外の方法はないのか”、とか〝膀胱は薄いので削りすぎると穴があくのではないか”とか、〝縫ったあと組織の伸縮性が無くなってひん尿になってしまうのではないか”とかいろいろと疑問が沸いてしまい、質問しに行ったのです。ところが先生がだんだん険悪になり、このまま手術されるとやばいことになるのではないかと心配するような空気になりました。

結局、勇断にて手術を決行。いろいろ心配していたのですが、石も相当出てきて、手術は成功。先生に失礼な事を言ったと反省しきり。でも、犬は人間の10倍痛みに強いと言われていましたが、麻酔が切れたあと点滴を入れられて今まで聞いたことのないような鳴き声で鳴かれた時は心穏やかでは有りませんでした。

カラ―のバル
(手術後、傷口を舐めないようにカラーをつけられた彼。というより誰を信じたら良いのか、という不安顔に見えた彼)

今日は抜糸。その回復の速さに本当に驚く始末。薬はまだ飲んでいるけど、他はまったく以前と変わらない様子です。

つくづく思ったのは、人間だったらあそこまで〝決断する責任”を感じなかったのではないかと言う事。医者の判断に関しても知識が圧倒的に違うのでもっと簡単に従うことができたと言うか、自分で判断するという気持ちに追い込まれることはなかっただろうと言うようなことです。

犬(ペットは、というべきか)と言うのは完全に飼い主の決定に全てがゆだねられている。食事から始まって全て。捨てることもそうだけど、不作為や不注意で死なせてしまうことも簡単(?)にできてしまいます。社会が救済することも出来ないことが多い。今回医者の〝手術しかない”という発言に自分でも驚くほど過敏に反応したのは、どこか〝絶対的な権力”をペットに対して持っている自分に気付いたからだと思うのです。

人より大切というような事を言っているのではもちろんないけれど、行為能力とか判断能力や、もっと言えば自分という自覚とか自己意識すらない(ように見える)動物に対する人間の責任というのか。いい加減な気持ちで何か後悔することが起きるような危険な判断ができないっていうか。

帰ってきたバル
(元気になった今日のバル)

本当かどうか知りませんが、日本ではペットの数の方が子供の数より多くなっているらしい。これはどういうことなのでしょう。少子化とペット愛玩志向に比例関係があるのだろうか。夫婦で働いて時間や経済的な余裕がないことや、将来への不安が原因ってよく言われるけど、これが、責任が重くて自由が拘束される〝面倒くさい”ことを回避するっているもっと単純な現象でなければ良いのにって思ったりしました。

ヒューマニーズの仕事とも関連付けて考えていました。メンタルヘルスの必要性の背景。〝生きる”と言う事を「人間的」に捉える知識人に対して、このもの言わぬ小動物の健気さということに想いを馳せました。

子供達がそれぞれ巣立って、孫まで出来ました。ペットのことにこれだけ心を奪われる自分が少々可笑しくもあり、老化というような意味で不安にもなった出来事でした。
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カテゴリ: プライベートブログ

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Posted on 2014/02/02 Sun. 23:20    TB: 0    CM: 0

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