大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの社長をしている 大谷光彦のブログです。

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父の日の息子たち 

広島カープが10連敗を免れたうれしい日にW杯は初戦敗退。人生ままならない分、奥が深い。

ひさしぶりに息子の家に。食事だけだと思っていたら父の日のプレゼント。

Polar Bear

自転車につける保冷ボトル。知らなかったけど金属ホイルと空気層で二重構造になっているブランド品だとか。そう言えばしばらく自転車乗ってない。なんか物欲の多い父親向きの凝った1品でした。

父の日メモリー

親馬鹿ついでに今年13歳のもう一人の息子。今日のバル君の写真。邪気がないので犬は大好き。頭が下がります。

今日のバル1 今日のバル2

明日からまた頑張ります。
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Posted on 2014/06/15 Sun. 22:46    TB: 0    CM: 0

父の日とバルテュス展 

明日は「父の日」だそうです。昨日帰宅したら娘から大きな花束が届いていました。毎年何かしら贈ってくれますが今回は特に目立つ感じがしました。昨年娘に子供が出来て母親になったからであるような気がしています。それってどういう事なんだろうって少し考えました。

父の日の花
(右は今年も健気に咲き始めた蘭)

子供が〝子供”であったときは贈る側は照れる部分があって、なかなかこうは行かない。自分が子供の時もそうでした。だから、こういう堂々とした贈り物(特に花束など)をする娘はもう子供ではない証拠って言うような感じです。母親になっているので当然のことですが、こういう贈り物をもらうとそう言うことが際立ってしまう。娘が親になるのと息子が親になるのでは同じ親でも僕との関係が違って、また贈り物によってメッセージが異なるような気がしますが、まあ娘と花は似合っています。

自分の親を自分が「親」という視点で見られるようになったからできるプレゼントってあるように思います。子供ではあるけどもう「子供」ではないわけです。どこかホッとして重荷を降ろした感じと、自分がもう本当は必要ではないという寂しさですかね・・  そんな気持ちが混ざっています。きっとどんな親でも通る道です。

ところで、昨日上野でたまたま客と合うアポが夕方あったので、ちょっと気になっていたバルテュス展に行ってきました。金曜は夜の8時までやっていると聞いていて丁度時間的にもぴったりで。

バルティス展

どの絵も時間が止まったような独特の静寂感を持っていて、それらと決して自分が同化しない冷たさを感じる。相当狭いが深い排他的な美意識。不均一な構図から受ける不自然な動きがある絵もあります。自分にとって好きな絵と好きではない絵がはっきりしている画家でした。難しい人だなっていう感じが強い画家。

仕事柄、バルテュスの心の在り方に興味を持ってしまいます。近くに居た人は自分が超然として彼によって揺らぐことのない個性を必要としていたに違いないと思います。日本人の妻、節子さんの性格もさもありなんと言う感じですか。芸術家、特に画家の性格にみる共通性に想いを馳せ、彼らと生活が成り立つパートナーの個性のまた共通性を考えながら絵を鑑賞してきました。

ところで、久しぶりの上野でしたが、嫌いではないですね。どこか〝贅沢″な空気感が漂っていて。東京文化会館は工事中だったけど、きっと「芸術」を味わう事に肯定的な場所って言うか、忘れがちな〝ゆとり″を思い出させてくれる何かがあるんじゃあないかと思った次第。

そして気分良く家路についている途中見た公園の中の交番です。実に醜く最後にまずいデザートを食べてしまったような後味の悪さでした。このセンスはいただけない、、 そう思いませんか?

上野の交番

明日は息子が食事に呼んでくれるようです。何だかんだ言っても、「子供」には恵まれました。好き勝手してきた我ままな「親」なのに。感謝です。

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Posted on 2014/06/15 Sun. 00:24    TB: 0    CM: 0

久しぶり 雑感 

広島カープが広島カープではなくなったのか、広島カープになっているのか・・・  悩ましい現象です。
投手総崩れってそりゃ何とも大胆な!

〝ビジネスは生きるか死ぬか”って力こぶを入れて言ってもその言葉に白けないような世の中になって、それゆえ景気が良くなっていると感じる今日この頃です。日本の変わっていく部分が可視化されているように思います。社長業で感じる世界や価値観と個人のアクティビティーの中で感じるそれがまったく対極にあると思う日々ですが、それはそれで正しく合理的です。つまり機能的です。

まあ実社会がそうであればあるほど私的な世界が重要になるのは、人が右脳と左脳をもっている理由でもあり、月と太陽が存在する理由であり、そして男と女がいる理由でもあるのかと思います。そんな事を考えています。

その文脈で気付いたことです。次のライブのために「歌暦(うたごよみ)」という四季の歌のメドレーを10人編成のバンド用に作り始めてはや2カ月。何とか17曲(このうち4曲は重ねて使ったけど)のメドレーで終局を迎えました。終われない無策に苦しみましたがやっと解放されそうです。気付いたことと言うのは、日本には「夏」の歌が相対的に少ないということ。ちゃんと数えたわけではもちろんないけど、四季の中で「夏」に一番共感しない人種なのかもしれない。一番多いのはたぶん秋、次が冬、そして春かなあと。

最近の新しい曲を考慮できない世代ですが、夏ですぐ連想できる曲は「夏の思い出」、こじつけも少しあるけど、他は「我は海の子」とか「花火」くらい。秋や冬は枚挙に遑がないくらい実に多い。日本人が「静かさ」とか「黄昏」とか「忍耐」などを尊ぶ風土を感じます。

これはなかなか他国の人に理解してもらえないマイナーな文化です。その苦労を日本は今、一杯しているんじゃあないかと。

梅雨になりましたね。「雨」もとても日本的な〝景色”だと思います。
そんなことを梅雨空に感じます。

izumi G
(僕の背中から見えるの雨の情景)

izumi G 3
(晴れている同じ景色)

izumi G 2
(都会は人を明るくするけど、軽くもする)


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Posted on 2014/06/09 Mon. 22:10    TB: 0    CM: 0

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