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大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの会長と一般社団法人組織・人能力開発研究所の代表理事をしている 大谷光彦のブログです。

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思い違いが出来る幸せ 

忙中閑あり。休みにしては早起きの今日、朝から秋のコンサート用に手がけているユーミンの「中央フリーウェイ」の編曲。半分くらい完成でしょうか。13時からのリハまでの時間にブログアップしようかと。

言わずとしてた名曲ですが、思っていたコード進行と違うことを今回発見。つまり何となく覚えていたメロディーが間違っていたんです。何度も何となく聴いていたメロディーですが自分に都合の良いメロディーに勝手に変えていたと言う事なんですが、譜面にすることがなければ一生気付かなかったかもしれない。そう、サビの前で転調していたんですね。恥ずかしい限りです。

この事で思い出したのは、自分が子供の頃、例えば「台風一過」を「台風一家」とか、「不通になっています」を「普通になっています」と思い込み意味がわからないと思っていたことです。もう忘れたけどこういうのが一杯ありました。大きくなって行く中で人知れず「目から鱗」が如何に多かったことか。

向田邦子に「眠る杯」というエッセイがありますが、あれも滝廉太郎の「荒城の月」に出てくる歌詞「巡る杯」を「眠る杯」と思いこんでしまっていて歌うたびに間違ったという話でした。シューベルトの「野中の薔薇」を「夜中の薔薇」と思えた話もありました。まあ誰でも子供はやるんだ、と安心した思い出があります。ちょっと知的レベルとエッセーにできるだけの“奥深き誤解”なのが僕とは全然違いますが・・

子供って意味が解らなくても抵抗がない世界に住んでいることがわかります。自由な言語発想がとても素敵な情景を生みだしたり、それで勝手に心豊かになっているとも言えますね。意味が解って辻褄が合うことの貧しさという考えもできると思います。思い違いをしても許される幸せは得ようとして得られるものではないなあ、と。

まあ、いい歳をして、ユーミンで久々の新鮮な間違い発見をして小さかった頃のあの独特の「幸せ感」が蘇ってきたと言うのも気恥かしい話ですが、この歳になってそういう新鮮な発見はそうそうあるもんじゃないんで、少し“素直に得した”感があります。

そう言えば、一昨日の金曜、スーパーボーイの三田社長と会食をして、そのあと知りあいが出ているというので、土砂振りの雨の中、お茶の水の「NARU」に行きました。宮本貴奈のピアノトリオで、米国で活動していた女性で最近日本で露出が増えているようです。そこでの新たな発見は、ゲストプレーヤで出ていたテナーサックスの鈴木央紹(ヒサツグと読むそう)のプレー。全体的に暗くて修道僧的雰囲気を纏い過ぎているかとは思うけど、なかなかオリジナリティーがある。特にバラードの表現は秀逸でした。もう少し花があれば、もう少しグルーブしてくれれば・・なんだけど、上手いプレーヤーでした。今まで知らなかった。

NARU.jpg
(やっぱりプロはプロですね)

根が単純なんで、またエチュードでアドリブ練習をうんとしたくなりました。どうせいつものように続なかないんだけど。
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カテゴリ: プライベートブログ

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Posted on 2014/07/20 Sun. 12:19    TB: 0    CM: 0

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