大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの社長をしている 大谷光彦のブログです。

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広島の災害に想う 

かなり以前にこのブログにも書きましたが、僕がまだ学生だったある日、実家のある広島県尾道市が台風の豪雨に襲われ、土砂崩れで周りの家々と一緒に僕が育った家が流されました。

家のあった場所は土のゲレンデのようになっていて、数軒の家があったとはとても思えないような状況でした。なんとか残った下の家は2階に松の大木が串刺しになっていて、自然の破壊力すさまじいさに言葉も出ませんでした。

僕と弟は大学生で尾道にいませんでしたが、両親が家に居ました。崩れる家から紙一重で奇跡的に脱出して一命をとりとめましたが、周りの家の8人が亡くなりました。9月12日の夕方7時過ぎでした。

尾道は平地がとても少なく、山の斜面に家が張り付いています。火事になっても消防車が上がっていけない急峻で狭い複雑な路地で街ができています。山は花崗岩が風化した「まさ土」で水を含むととても流れ易い土です。今度の広島の場所はそれとよく似ています。

広島の災害は想像以上に大きな規模になって驚いています。僕の両親も家が無くなり親戚の家や友人の家に間借りして1年ほど過ごしました。不自由な生活でしたが命が助かったことの幸運に感謝する方が強くてあまりそれ以外のことは気にならなかったと言っています。

命を落とす人と助かった人を分けるのはほんのちょっとしたことだと思います。両親の命が奪わなかったことに本当に感謝しました。でも犬と猫と、そして育った家と、たくさんの写真アルバムと多くの思い出を無くしました。

広島の災害に巻き込まれた人の気持ちを思い、忘れていた昔のことを思い出しました。

亡くなられた方々の冥福を心よりお祈りします。
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Posted on 2014/08/24 Sun. 22:46    TB: 1    CM: 0

お盆休みと読書 

お盆休みも終わりですね。
今年の休みはどこに行っても混むと思って家でのんびりしていました。
お陰でたくさんの本を読むことができました。

今年の最も気になるトピックのひとつは中国と韓国とのこと。
なんでこうも仲が悪いのか?
”国家も国民も最終的に損をする外交は選択しない”というような綺麗ごとで歴史は動いていないことは百も承知だけど、
最近の中国・韓国との関係は明らかに常軌を逸している。パレスチナとイスラエルもエンドレスな戦いをしているが、これは実際ほとんど両者並び立たない利害対立であり、半端な妥協では国の存立そのものが侵される言わば「死活問題」で、こう言っては何だが一面クリアーで解りやすい。でも日・中・韓の三つ巴の仲の悪さは普通では理解できない深刻な深さを湛えているとしか思えない。今一度きちんと考えたいと思っていたところに出会った名著が“「反日」中国の文明史“(平野聡)。

目から鱗とはこのこと。中国の傷ついた歴史的自尊心、その中国と朝貢関係にあった韓国の中国文明世界における優等生資格への欲望と置き換えられた小中華思想・・ 日本は維新と戦争で大きく犠牲を払いそれにより基盤を変えられたが、彼らはそれをできる環境を未だ与えられないままグローバル(西洋文明にいち早く順応した国に有利になる近代国際法と経済という秩序)に突入したという視点。結局互いに理解しあえる基盤自体がないということに納得。双方向での理屈がかみ合わない本質があるなら、尖閣列島を中国は力で奪いにくることも想像に難くない。

問題はこれに対して今の安倍首相の「積極的平和主義」を一国民としてどう考えたら良いのかということでしょう。これは「平和」の意味をどう考えるかということで、それはその人の戦争体験との関係で考える人たちとそれが出来ない人々の皮膚感覚の違いに拘らざるを得ない、そんなことを考えました。

ホッとするところでは伊集院静の「ノボさん」。正岡子規と夏目漱石の友情を軸にした明治のエリートを通して見る当時の日本人ということかもしれないけど、暖かい気持ちになるのは自分が日本人だからなのか、とまた考えるのは先の本のせい。評論と小説の違いとも政治と文学の違いとも言えるか。明治は遠くなりにけり。

次は久しぶりのサマセット・モーム。学生のとき以来という気がする。彼のいわゆる南国シリーズの短編集。まだ植民地時代を差別と呼ばなくても良かった時代の持つ豊かさを感じることができる。シンガポールのラッフルズやペナン島のE&Oホテルを訪れたときに思ったあの贅沢の意味を再認識できました。昔の南の国のゆったりとして湿った空気とあの驟雨が大好きです。これも今の日本の豪雨を思ってしまう。

変ったところで翻訳物で「SYNC(シンク)」(なぜ自然はシンクロしたがるのか)という早川文庫と「統計学が最強の学問である」(西内啓)。両者に共通する自然の持つ収れんと言う合理性。同時にいくつも読む癖があるのは多動症ゆえか。

そんな中、ギラジルカの誕生日コンサートを聴きに15日に渋谷のJZ-Bratへ。相変わらずうまいけど、Jazzナンバーは
Love for Saleだけで、あれだけのバックなのにもったいない感じ。入れ替えなしだったけど1stで出て来てしまった。やはり単調になると忍耐がなくなるのも自分らしいと納得。そう言えば周りに8月生まれの多いこと。みなさんエネルギーに溢れています。

ギラ
明日からまた仕事です。

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Posted on 2014/08/17 Sun. 19:17    TB: 0    CM: 0

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