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大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの会長と一般社団法人組織・人能力開発研究所の代表理事をしている 大谷光彦のブログです。

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若さと無知の力 

先週は会食が連続したせいか胃腸を壊してしまいました。無理がきかないですね。
やっと週末になって食欲が回復。馴染みの店で春を少し味わってきました。久しぶりで美味しかった。
和の世界は深いなあ。
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先日の日曜日は2月22日でした。随分昔のことですが、若かった頃のことを考えているうちにその日のことを思いだしました。その日とは1982年の2月22日です。もう33年前のことになります。
霞んで見えないくらい遠い昔の一日ですが、いろんな意味で僕を飛躍させてくれたマレーシア駐在が開始された日なのでよく覚えています。

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懐かし写真を探したらいくつか出てきました。それをスマホで撮ったので少しボケていますが、この写真は成田空港でマレーシアに駐在する僕を家族が見送りに来た時の、29歳の時の写真です。

その時は3年間と言われて旅立ちましたが、結局その倍の6年になりました。約束というのは反故にされるものですが、マレー半島中央部のジャングルの中に高速道路を作る仕事ですから、最初から6年と言われたらきっと腰が引けていたと思います。

当時の海外赴任と言うのは〝重大な覚悟″を持ってしたもので、会社の同僚や上司までもが空港に見送りに来たものです。少しの誇らしさと不安を読みとられないように虚勢を張っていた気持を思い出します。今の海外赴任とは随分違いますが、あの高揚感というのはそれなりに懐かしむ価値があります。

マレーシアへの直行便はまだなくて、台北ー香港ークアラルンプールという長旅でした。最初は首都のクアラルンプールにいましたが3か月くらいして山の中に移りゼロからの現場の設営でした。工事が完成したあとクアラルンプールに移り法務や行政との折衝。そしてその後はペナンで建設したホテルのトラブルシューティング。結局最後は会社を閉鎖して帰国。最初のひとりであり、また最後の一人として残ったことになります。双発のプロペラ機に乗って去っていく社員をひとりひとり見送るあのローカル空港の匂いと、その時の自分の寂しかった気持を良く覚えています。

今から思うとこのマレーシアでの6年は、その後の僕の人生の基礎を作ってくれました。ろくに苦労もして来なかった僕を少し大人にしてくれた6年だったような気がします。本当に全てが新鮮で謙虚になれた。勉強させられました。

日本の常識が通用しない驚きの世界があること
何でも一から作らなければない世界であったこと
人には必ず善と悪の両面があること
中途半端な善意は悲惨な結果を招くことがあること
電気がない世界は本当に孤独で怖い世界であること
自然と争うとろくなことがないこと
日本人の美徳とその器量の小ささのようなもの

枚挙に暇がありません。その時はそんなことは考えられずただ目の前のことに夢中でした。そして振り返って思うのは、“若さとか無知”は本当に大きな力だったということ。

蚊に悩まされ、水は煮沸して飲む。ドアは2重で鍵の数が凄い。ヘビが家に入ってくるのでガチョウと犬を飼っていて、植えたばかりのパパイヤが3カ月で実をつけ、そしてそれを大きくし過ぎて自分で倒れてしまう。種をまき散らして鳥がそれをついばんで運んで行く。

困ったことだらけだったけど、スコールの後の涼しさと高い空。そしてドリアンの匂いと、あのどうしようもない蒸暑さが懐かしい。

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カテゴリ: プライベートブログ

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Posted on 2015/03/02 Mon. 00:41    TB: 0    CM: 0

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