大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの社長をしている 大谷光彦のブログです。

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トランプ現象 

トランプ大統領がついに誕生してしまいましたね。これが明るい夜明けなのか、ダイナミックな混乱の始まりなのかわかりません。
株の値段があがったと言う事は少なくとも閉塞感から解放されるという期待が先行したのでしょうが、どちらの可能性もあるので、“好奇心が満たされる”と言える程度には分析しておきたいと思っています。

色々言われていますが、まず驚いたのはメディアの役割が完全に変わったことに気付いたこと。そもそもかなり以前から「信頼できる」ニュース」というものと「信頼するかどうかの基準を持つ国民」というのが少なくなってきたところへ、今回のトランプのTwitter発信のド迫力です。大統領の記者会見なんか不要になってしまう。どんな情報でも信じる人がいて、どんな情報でも信じさせないこともできる。テクノロジーの発達は情報の位置づけを完全に変えつつある。

もう一つは『不満』のレベルを軽視し過ぎていたということ。それが大統領を生むほどに大きなエネルギーだったこと。もっと言えばトランプ選択のリスクより解放への期待の方がはるかに大きかったということまでわからなかったということ。

イギリスのEU離脱やこれから起こるであろうEUの解体ないしは各国の主権回復運動と合わせ、今年はパラダイム転換の年になるかもしれない。資本主義や自由主義は結局綺麗ごとで一部の人の利益にしかならなかったのか?資本主義がなかったらもっと貧しくなっていたのではない、という根拠が良くわからないのに、嫉妬や被害者意識という強烈な美酒に身を任している多くの人々。

“良識はどこへ行った”と最初思っていたけど、何が良識かということ自体がナンセンスな問いなんですかね。
国民の利益という曖昧で非現実的な言葉が跋扈して、他者の利益が自分の利益にならないということを正当化し、そのまま戦争が起こる大河の流れが生まれている、、そんな気がします。

トランプの言っているシステムは随分と昔に多くの国が経験して旨く行かなかったシステムなんだけだなあ、と先祖返りしている世界に深く悩んでしまう部分もあります。

“喧嘩すると考えてしまう方が負ける”ように、教育とか教養の価値が世界的に低下する気もする。残るのは技術だけ。発達してAIができて便利になって不幸になる。民主主義を放棄する歴史の新たな入口なのか?

まあ、こんなことを言っても仕方がない。まずは自分をこの環境に順応させなければならない?方法が解らないけどそれが今年の最初の仕事かもしれない。
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カテゴリ: プライベートブログ

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Posted on 2017/01/22 Sun. 16:49    TB: 0    CM: 0

正月雑感 新年再開号 

最近、ついFBで簡易に近況報告のようなことをする習慣がついてしまいました。
まあそれはそれで良いのですが、このブログを半年以上触らないでいたせいか、言いたいことがどんどん溜まってきていることに密かに気付いていました。
FBって言うのはひとつの癖ですね。何を発信したいのか考えると発信するものがどんどん無くなって、それがむしろ快感って言うような、、、
その点、このブログは自分の考えや感じていることを発信したいと思わないとなかなか発信できないようなところがあって、それが欠点でもあり利点でもある。まあSNSとしての根っこの部分(自己存在を知らせたい、同じ体温の人と同じ感覚を共有して安心していたい、自己弁護をしたい、認められたい、ひとりではない、、自慢したいなど)は同じなんだろうけど。

トランプ新大統領のこと、AIで人の仕事がなくなること、交通事故の死者が4000人を切ったのに自殺者はその5倍以上いること、シリアでのロシアとトルコの連携のこと、、、うちのバルザックが15歳になって様子が変わってきたこと、最近首が痛くて仕方がないけどマッサージでは治らないこと、近くに素晴らし(そうな)音楽ホールが建設中であること、、、冬には植物に水をやらない方が良いって言われたこと、、そして「僕のすべき仕事」ってなんだろうっていうことへの悩みなどなど、、、、、ああきりがない。

で、突然少し休みの日はこのブログをまた始めようかと思った次第です。年も明けたし。ならば「新年」という季語が使えるうちにと。まあ三日坊主なのでこの瞬間の感情でしょうけど。まあ他人にとってはどうでもいい話です。

この正月は穏やかな晴天が続きましたね。血圧が下がると少し気分が悪くなったりするようになった(歳のせい?)ので晴天の意味が、若い時に比べて少し違ってきているので余計に有難かった。

子供達がそれぞれ孫を連れて集まってくれて、賑やかに疲れる“有難い”三が日でした。歳をとってくると(なんだろうと思うけどそうではない気もする)、寂しさを癒したいという欲求の顕在化と、種の保存の達成感の確認と、一方的な無報酬愛に酔える心地よさなど、があるので「孫は可愛い」というステレオタイプの挨拶があるのですが、自分の可愛い感情をむやみに他人に表現するのは、故に醜い。まあそういう自己矛盾と言うか自己否定と言うか、僕が“あまのじゃく”なのでしょうが、まあ非日常的な感情を掌に包んだような正月でした。

そう言えば15歳になったバルザックが一段と老境に至ってきたようで、元来の“たおやかな”な性格が一段といぶし銀のようになってきまして、時の流れにゆったりと身を任せているような「大人(たいじん)」になってきました。

Balzac201701.jpg

時間があったら寝ています。
訳もわからずゆったりとした足取りで部屋を回ります。
食卓から落ちた食べ物にも気付きません。
焦点の合っていなさ風な目でじっと遠くを見つめています。
尻尾を振ってチヤフルに感情を表すことが少なくなりました。
孫を尊重しつつも、うるさがっています。

ああ、あと何日この子と過ごすことができるのだろう、、、無言で過ぎて行く抗いようのない時を感じます。

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Posted on 2017/01/07 Sat. 15:45    TB: 0    CM: 0

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