大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの会長と一般社団法人組織・人能力開発研究所の代表理事をしている 大谷光彦のブログです。

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self-drivenな社員とブータンの国民総幸福量(GNH) 

来週、中小企業の社長さんたちが集まるあるセミナーで話をすることになっていて、今日その打ち合わせをしてきました。それは、若者の離職はどうしたら食い止められるか、どうしたら社員を戦力化できるか、というような話です。会社や仕事に魅力がないから、と言えば簡単ですが、じゃあ魅力とは何なのか?
というようなことになってこのテーマは実に深い話になります。私はサラリーマン時代の最後の時期に海外で社長を少しやっていてそれも入れると20年以上経営をやっていることになりますが、結局一番難しいことは社員の生産性を上げることに尽きると思っています。人の能力は意欲や士気で測ることができる、と前回のブログで書きましたが、外資系の社長をやっているとき、self-drivenという言葉をよく聞いたことを思い出していました。これは文字通り自ら動くという意味で、実際には自分でモチベーションの高い状態をキープして組織の中でアクティブに動くような社員を指して使っていました。常に自分で考え、いろんな提案をしたり、業務改善をしたり、業績を上げたりできる人材です。要するに“指示待ち人間ではない”わけです。問題はどうしたら人は組織の中でそうなるか、ということです。

会社の中では、モチベーションを刺激するのは給与などの「外的報酬」などより、達成感とか、必要とされているという充実感とか、自分にしかできない仕事をしているというようなプライドなどの「内的報酬」が重要であると説明していますが、それはとても大切なことです。ただし、EAPの仕事をするようになってから、実は、これはその人が生まれ育った環境や、生まれつき持っているパーソナリティーなどが大きく影響するのではないかと考えるようになりました。そんなことを言い出すと、どうやってそういう人を選ぶのかということになり、人の採用の方に話が言ってしまいますが、やはり基礎的な素質は無視できないことは事実です。Empowermentという言葉があります。パワーを与えるということではなく、その人の持っている能力を最大に発揮させ、業績を上げたり、組織の成長に大きく貢献できるような人、というような意味で使っています。中小企業であれ、大企業であれ、その人がその場を自分の自己表現の場としてベストな場だと思えばself-drivenになると言えます。

最近「他罰的」とか「他責的」という言葉をよく聞きます。メンタルヘルスの世界でも、他人や周りのせいにするという姿勢は不平や不満を常に抱えていて、精神衛生上好ましくないと言いますが、人が生き生きと仕事をするときには全てを自分の責任にできるような環境肯定型の心境になっていると思います。
自分の中に全ての原因があるという考え方は多くの宗教で幸せになる方法として挙げています。別に宗教の話をしたいわけではありませんが、所詮、人いうのは個人であれ組織人であれ、幸せになる(幸せと感じる)方法、あるいは条件は同じ根っこを持っていると思う次第です。ブータンのGNHの話もself-drivenな社員の話も同じ人の話です。

人は気分で仕事をする。自分は幸せだと思うにはどういうことに気をつけたらいいのか、会社は社員をどう扱うとこういう社員が多くなるのか、、会社の総幸福量はどうやったら上がるのか?答えは難しいのですが、永遠のテーマですね。
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カテゴリ: 社長ブログ

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Posted on 2018/06/14 Thu. 01:20    TB: 0    CM: 0

「ヒト」ではなく「人」になった難しさ 

(前回のブログの続きです)

“人は能力ではなく意欲で仕事をする” の続きですが、能力というのは、“より有利に生きていける技術”というようなことでしょうか。教育や努力によって高めることができる力という感じがします。スキルのようなものも含まれるでしょうね。でも、人の力とか勢いというのは能力ではなく、気持ちとか生理的な力である、ということを言いたいのです。

「人間は知的動物」という言い方をしますが、これも非常に注意を要する言葉です。メンタルヘルスと言うのは、人の原点に回帰することにかなり近いという感じを持つに至っています。余裕があるとき「ヒト」は「人」を自覚しますが、余裕がなくなると「人」という自覚はなくなります。大震災や火事のような自然災害が突如襲ってきたとき、人は動物になります。「脳」を経由しない行動をとります。このことは知的動物という言葉の本質を語っていて、知的ではない動物もやはり僕たちは「人」と呼んでいるのではないかと思うのです。

意欲は感情であり、感情は生理であり、主観であり、余裕があるほどその理由や原因を探す動物なのかも知れない。今の日本は未来を複雑に考えられるほど豊かになり、未来をシンプルに考えられないほど貧しくなった。メンタルということはそういうことを考えることなのでしょう。

メンタルヘルスをビジネスとして考えることに戻ります。ヒューマニーズの仕事を格好良く言えば、社員を幸せにするお手伝いをすると言うことになります。それができれば会社は利益を挙げられます、という文脈です。
こういう視点で、我が社の役割を重要さで順番にすれば以下のようになると思います。
1. 気持ち(つまり意欲)が低くなった人をこれ以上低くしないようにすること
2. 意欲が元に戻るようにし、かつまた落ちないようにすること
3. 簡単には意欲が落ちない人にする、またはそれを可能にする職場環境にすること

この中で一番難しいのが、3の「意欲が落ちにくくすること」です。これが永遠の課題です。人はどういう条件を与えた前向きな気持ちになるのかさせるのか、しかもそれを会社という組織の中で実現する、そういうことの難しさです。

メンタルヘルスというようなものが医療のテーマになったり、ましてや人事コンサル的なテーマになるほど日本は豊かになったとも言えるし、豊かさの難しさをまさに今突きつけられているとも言えるのです。

お腹一杯食べて、何の悩みもなく、何の恐怖もなく、ただひたすら眠りに落ちることができる我が家の17歳の老犬、バルザックに学びます。

たぶん、このような背景で捉えるメンタルヘルスは、きっと「自分と向き合うこと」だったり、「自分を肯定したりそのまま受け入れる」ことだったりするのだと思っています。難しく言えば自己客観視ですか。実に逆説的に余裕がないが故にそれを余裕と感じる境地ではないかと。

シンプルな「幸せ感」は、身近で、そして本当に足元にあって、だから気づかない。まさに「青い鳥」ですね。それに気づくのが難しいほど情報が氾濫し、お利口にならなければならないという洗脳が横行している。そういう時代であるがゆえの現象なのでしょう。

こう文字にするとこのテーマがいかに難しいのか分かります。特にビジネスとして考えたとき今だに手探りで、シンプルに語れないもどかしさを感じます。

「ヒト」は簡単なのに「人」は難しい。自分は簡単なはずなのに考えることは自分を難しくする。ましてやそれをビジネスにすることはやはり難しい。

17年間走ってきましたが、経営者として“自分と向き合う”ことを学んだ17年間でした。そしてそれによって幾らか成長させてもらったような気がします。
それ自体が僕の、僕のための、メンタルヘルスだったように思います。

会社のことはやはり難しい。社長辞任関連のブログはこの2回でやめてまた次回から普通の自分のブログに戻ろうと思います。ヒューマニーズのお客様(企業とその社員の皆さま)と、長くこんな社長に付き合ってくれた社員に感謝します。ありがとうございました。

カテゴリ: 未分類

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Posted on 2018/06/04 Mon. 23:21    TB: 0    CM: 0

人は「能力」ではなく「意欲」で仕事をする 〜ヒューマニーズの社長を辞して〜 

5月末日付で(株)ヒューマニーズの代表取締役社長を退任し、本日付で会長となりました。創業以来17年近く代表を務めてきましたが、会長と言う半分名誉職のような立場になりましたので、少し実務を離れた立場で会社を見られると思っています。今日から何回かヒューマニーズのことを少し書いてみたいと思っています。

2001年に脱サラをしてロンドンに親会社のあるコンサルタント会社の日本法人の代表になったのがそもそもの始まりです。その子会社として従業員のモチベーションマネジメントのひとつとしてのメンタルヘルスに着目し、ビジネス化してきたのがヒューマニーズです。

メンタルヘルスというのは「人」の深いところと格闘することであり、まさに人の根幹に位置するような領域に踏み込む作業になります。我が社は会社の従業員を対象とする、いわゆるEAPをなりわいにしてきましたが、このサービスは、心の問題が会社の中の問題だけではなくその人のパーソナリティーやプライベートな領域とも不可分な問題であることを前提にしているため、職場や組織の話だけでは終わらない非常にデリケートで複雑なサービスになるわけです。

そこがいわゆる体の健康という伝統的な保健領域と異なるところであり、文明の発達した現代では身体の健康が占める課題は格段に縮小し、多くはメンタルと言われる、心の、つまり脳の、不可解な感情を含む広範囲でかつ医学的にもまだまだ未知のメカニズムを相手にするということは、それ自体残されたフロンティアのひとつと言っても過言でないと思ってきました。従って、今振り返って見ると、それをビジネスにすること自体とても難しい課題を終始抱えてきた、という印象を持っています。

メンタルヘルスビジネスは、一方で医療業界、一方で保険業界の一部のようになっています。人件費がもっとも大きなコストであることを考えるとその生産性と会社の利益は非常に密接に結びついていて、「健康経営」という言葉が今流行っている理由もそこにありますが、今まで私はそれらと一線を画した経営をしてきました。もちろん顧客企業の産業医や人事労務の方との連携はとても大切なサービスの根幹ではありますが、少なくとも経営という視点ではそれらから独立した、むしろ人事コンサルタントのような立ち位置を大切にしてきました。それはヒューマニーズが英国系人事コンサルタント会社の一部としてスタートしたからでもあるし、私自身がメンタルヘルスの専門家ではなかったことと関係しています。

人はとても厄介な「感情」という大きくて無視することができないエネルギーに支配されて生きています。自分の損得や好き嫌いは常に理性的・合理的な判断を蹴散らします。どんなに綺麗ごとを言ってもそういう感情の生理現象から逃れることはできません。そう、人は好きなことと得なことしかしないのです。
だから、不愉快さ、自信のなさ、面倒くささ、希望のなさなどネガティブな気持ちに支配されながらすることは何であれ力を発揮でないし、ましてや仕事など前向きにできるわけがありません。場合によっては歩く気力、食べる気力、話す気力もなくなる、そして生きる気力さえなくするような根源的な影響を与えるのです。とても苦痛であり必死に自分を「理性的」に奮い立たせなければ前に進むこともできませんが、そのエネルギーさえ失われてしまうということが起こります。

私は医者でもないしカウンセラーでもなく単なる経営者でしかありませんので、専門的にこの事を理解しているわけではありませんが、このビジネスを通して、人の意欲というものがどれだけ大きな存在か深く考えるようになりました。

“人は能力ではなく意欲で仕事をする”のです。  (次回に続く)


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Posted on 2018/06/01 Fri. 17:32    TB: 0    CM: 0

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