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大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの会長と一般社団法人組織・人能力開発研究所の代表理事をしている 大谷光彦のブログです。

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女性が女性でなくなるとき 

「女は弱し、さえど母は強し」と言う言葉があったが、最近はてんで聞かなくなった。たぶん理由のひとつは、「女」と「母」の区別が社会的営みの中でその存在を変えてきたからであろう。「gender」で表す女性が日本にも浸透してきたのかもしれないし、女性を画一的に論じることの出来る世界はもう存在していないからかもしれない。このことは、何度考えても深い。

出産でき乳のでる女と筋肉・瞬発力のある男は、忍耐力と普遍的な力を持っている女と権力・体力がなくなるとほとんど依存心の塊になる男と紙一重であった。でもそれが紙一重になるには物質の豊かさが必要だった。飢餓のアフリカや戦時下のイラクではまだ昔の価値感の中で健全(?)で伝統的な男と女が多く存在する。

動物的な意味での女の強さと欠点、同じ意味での男の強さと弱さ。これは元来自然の中で必要として進化発展してきたもの。特に長い狩猟と農耕の社会システムの中で種の保存のために互いに必要な能力を“注意深く”勝ち取り整理してきたものであるはずではなかろうか。

「区別」が「差別」になるのは“必要性が形骸化”してきたからに他ならない。人の幸せは何かよくわからない。というより、画一的な幸せなんかあるわけがない。「画一的」な意味で男と女が論じられていないのは、幸せも画一されなくなったとの認識が世間に認知されてきたかもしれない。

わが社の半分は女性である。一度納得すると自分で自分をコントロールする力に優れている。物事を「主義主張」で判断しない。損得の考え方に豊かな自由を持っている。誰が教える訳でもなくてもそれを実行していると思う。エゴがクリアーでとにかく解り易い。成熟した先進国の定義とは、「女性の社会的特性」が「動物的特性」を基盤としつつ、それゆえに成果を社会的に現出できる社会になっていることなのかもしれない。それを成熟と簡単に言ってよいのか疑問を抱きつつもとりあえずそんな気がする。

わが社も女性でもっている。ずっとそうあって欲しいし、そのための要件を女性自ら気づいて欲しい。そんな静かで大きなパワーに少しこわごわと、そしておおらかに期待をしている今日この頃である。
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Posted on 2008/03/19 Wed. 09:23    TB: 0    CM: 0

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