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大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの会長と一般社団法人組織・人能力開発研究所の代表理事をしている 大谷光彦のブログです。

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梅雨明けに想う ?マレーシアの思い出? 

梅雨が明けて一段と暑くなってきましたね。温暖化と言ってしまえばそれまでですが、ひと昔前までは夏でもだいたい32度とかそんな気温だったのが、最近は平気で35度とかの日も珍しくなくなってきていますよね。

僕はマレーシアに6年以上も住んでいたので暑いのは慣れているはずなのに、東京は緑が少なくて人が多いせいか、(歳をとったこともあるかも、、)本当にこの暑さには閉口してしまいます。マレーシアでは、最初の3年半はクアラ・カンサーというジャングルの中の町(ジャングルの中のペラ河という河に橋をかける仕事をしていました)に住んでいました。この話をすると小説みたいな話がいくつもあるのですが、とにかくのんびりして非常に人間的(自然に従順な生き方という意味で)な生き方をしている人々に囲まれていました。だいたい台風というのは赤道直下では発生しないので(もっと北で発生します)とにかく“嵐”というものがない。一年が、日本の梅雨のような“雨期”と、スコール以外ほとんど雨の降らない“乾季”に2分されていて、それはそれで安定(最近は不順になってきているようですが)していたものです。もちろんスコールはすごい雨量で一瞬にして道が川のようになりますが、短い時間で済んですぐ太陽が照り付けてきて、自然の循環を肌で感じたものでした。

マレーシアは、服装も正装でも“バティック”というロウケツ染めのシャツだし、もちろんネクタイなんかしている人は首都クアラルンプールのビジネスマンくらいです。すごい雨で倒れた木で電線が切れて停電することは多かったけど、多くの家ではクーラーがあるわけでもないのでそんなに大騒ぎにはなりません。ときどき家に蛇が入ってくるのにはまいりましたが、周りがジャングルなんだから、そこに住んでいる人間の方が悪い。壁には何十匹というヤモリがそれぞれ縄張りを持って昆虫を捕獲すべく忙しく働いていました。

住んでいるときは適応するまでそれなりに苦労することも多かったけど、今思えばゆったりとした時の流れに包まれていたもんだと思うわけです。またマレーシア時代のことはいろいろ書きたいと思っていますが、僕の青春の1ページとしては悪くない6年でした。これからはあの世界はきっと見直されていくんだろうなと思います。
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Posted on 2007/08/10 Fri. 11:45    TB: 0    CM: 0

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