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大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの会長と一般社団法人組織・人能力開発研究所の代表理事をしている 大谷光彦のブログです。

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BGMとしてのクラシック?メトネル 

注文していたメトネルのCDがやっと届いた。

ラフマニノフとほぼ同時代のロシアの作曲家で、最近その存在を

知った。ピアノ曲がほとんどで日本ではあまり有名な作曲家ではない。

HMVにCDを注文したらイギリスから取り寄せたようである。

これがなかなか良い。刺激されたのでブログにしています。


メトネルの曲は、ちょっとドビッシーとかシベリウスとかのピアノ曲に

感じが似ているが、メロディーラインが勝っていない分、作品による

違いが少ないように思う。20世紀の匂いがしつつ古典的である。

こういうのは本を読んだり、ものを書いたりするときのBGMとして

最高である。Jazzで言えばキースジャレットのピアノソロ(たとえば

ケルンコンサート)である。最近こういう感じの音楽を求めている

自分がいる。力を入れて聞くのではなく、”耳に障らない普遍の香り”

といったような音楽に惹かれる。オーソドックスであり一貫性を持って

いるもの、つまり「古典」と言いたくなるもの。


話は飛ぶが、舘野泉のフィンランド人作曲家を集めたピアノの

小品集が好きで最近よく聞いていた。彼は今「左手のピアニスト」

として有名になった。脳梗塞でピアノを諦めかけたけど動く左手

だけで演奏できる曲に出会って一段と奥深い演奏ができるように

なった。大変な努力であったと思う。でも両手の演奏で才能を

発揮することより易しいかもしれない。それだけ才能があり、それが

証明されたとも言える。ハンディキャップというものの効用、という

誤解されそうな言い方だけど深いものの感じ方を教えてもらった。

ハンディキャップというのは、その人の力量が本当にどのくらいか

を残酷に教えてくれる試練である。しかもその人自身にしかそれは

わからない。(こころの健康障害の場合にも一部当てはまるような

気がする。すごく孤独だけど、超えたとき自分にわかる強さを残して

くれるように思う。)


実はバッハなんかを聞いていると、この「古典」ということを考え

させてくれる。極端な考え方だとは思うが、古典というのは長い

時間を経て残っているある種普遍な価値で、一見地味であるが

(いや、地味だから)大きなものを伝える力を持っている。

舘野さんの左手のピアノから感じるのは、曲としての古典ではなく

人間の中にある古典である。雨の日なんかに聞くと一層それを

感じる。


ここのところ風は強いがよい天気が続いている。メトネルを

聞いていると、ちょっと雨の日曜日が待ち遠しくなりました。

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Posted on 2009/02/08 Sun. 14:38    TB: 0    CM: 0

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