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大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの会長と一般社団法人組織・人能力開発研究所の代表理事をしている 大谷光彦のブログです。

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最高裁判決で考える教師と親の違い 

先日、正直ちょっと拍手したくなる判決が最高裁で出た。

そう、教師が児童に体罰を加えたと言って親が民事訴訟を

起こした事件。教師が行ったのは「体罰」ではなく「指導」

だと判断し、原告が敗訴したもの。


最近、教育現場が荒れているとか、いじめが多いとか、

そういう問題が紙面を賑わしていたが、もうワンパターンと言うか、

叱ったら体罰とか暴力だとか、そう見られる風潮が定着してしまって、

「俺が教師だったら何かできることがあるんだろうか」と暗くなっていた

ものだ。


もちろん暴力がいいなんて言ってない。でも「子供は子供」で、

「悪いことは悪い」と”はっきりわからせる”ことをしなければ

それを大人になって理解するのが大変なのである。

口で言って簡単に解るなら苦労はしない。

それはもう子供ではないかもしれない。


昔「教師は聖職」などと言われた時代があった。お寺の

お坊さんとか先生というのは、「労働者」ではない。

なぜかと言えば「ひと」を作って(?)いるからで、時間で

その労働の量を測ったりできないものだと思われていた

からだ。医者なんかも同じだと思う。だから「先生」と呼んで

尊敬されていた。その分先生も理想を持っていたり、先生に

なるのが、決して「安定した公務員」という理由”だけ”では

なかったように思う。


こう書き出すと、いくらでも言いたいことが出てきてしまうが、

人間を強くすることとか、ひとりで他人に迷惑をかけずに

生きていく力を身につけさせるのが教育の目的だと思う。

(少なくとも初等教育・中等教育は)


親の役割ってなんだろう。教師と親の違いは何だろう?


僕は、自分の子と他人の子の違い以外は本質的に違わない

のではないかと思っている。どっちも「教育」しなければ

「いっぱしの大人」にはなれないんじゃないかと。


先生を尊敬できる親は幸せだと思う。親に尊敬される先生も

幸せだと思う。もう、日本人は本当に弱くなってきたと思うんだけど。


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Posted on 2009/05/01 Fri. 16:26    TB: 0    CM: 0

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