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大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの会長と一般社団法人組織・人能力開発研究所の代表理事をしている 大谷光彦のブログです。

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自分が裁くのか権力が裁くのか? 

今日またカープが負けました。最近とにかく得点できない。

新球場は大リーグの球場みたいで、ビジネスセンスを感じる。

せっかくの滑り出しを何とか3位以内に入ってクライマックスに

出て欲しい。もう悲願です。


何でカープにこんなに熱くなってしまうのか不思議である。

子供のころの刷り込みというのは怖い。僕も親父の影響だけど、

僕の息子もかなり危ないカープファンになった。うれしい限りです。

これぞ「種の保存」に成功した、という実感があるのも、妙にレベル

が低くて悲しいが、シンプルに満足している自分が嫌ではない。


話は変わるが、陪審員制度(日本のは裁判員と言うらしいが)が

いよいよ始まりますね。TVでやっていたけど、日本では裁判が

終わっても守秘義務があって、内容は一切言えないようですね。

裁判中はわかるにしても、その後までずーっとなのだろうか。

そのことがどうも引っかかる。非常に気が重くなるような気がする。


今も賛否両論だし、自分が選ばれたらどうだろうかと考えて見る。

忙しいと嫌だなあとは思うが、興味もある。


でも証拠が明確でないような場合で死刑判決につながるような

ときは結構プレッシャーになるだろう。後味も悪いだろう。


人が人を裁くということ自体、複雑な気持ちになる。権力(法律と

言うべきか?)という免罪符がないととてもできない行為であろう。

ということは、権力とは何かというのがよくわかるような気がする。

権力というのはきっと慣れた後と、最初に行使するときは全然違う

シロモノではないかという感じがする。慣れるとそれ自体何でも

ないものであるように思う。それが無くなったときよくわかると思う。


政治家が犯罪人になるとか、裁判官が被告人になる、というの

がその典型であろうが、小さいところでは定年で公務員を辞める

ときとか、一般のサラリーマンでも名刺がなくなったとき、それまで

の自分と全然違う自分になるような気がする。


去年まで再就職支援と呼ばれる、リストラされた社員のキャリア

カウンセリングと仕事を探す仕事をしていたが、特に中高年に

なってのそういうステータスの変更は、ほとんどの人にとって

大きな喪失感につながる。特に日本人にはその傾向が強い。

名刺がなくなる、組織に属さない、というのは自分のアイデンティティー

を失うことでもあるからだ。


自分は何者かなんてサラリーマンやっていれば考えなくても

済むし、あまりそういうことを考えてもいい結果を生まなかった。


しかし、これからの日本は違うであろう。どっちが良いのか

わからないが、リストラという言葉で表さない転職が普通に

なる以上、いつも自分は何なのか、考えていなければいけない

時代になった。日本人はそういう文化じゃあなかったので、

未知の世界に入り込んでいくのであろう。






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Posted on 2009/05/15 Fri. 23:38    TB: 0    CM: 0

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