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大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの会長と一般社団法人組織・人能力開発研究所の代表理事をしている 大谷光彦のブログです。

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祈りに見る現代 

昨夜はクリスマスイブのミサに参加しようと近くの教会に行ってきました。でも滅多に行かないので、こう言う”おいしいところ”だけ貰いに行くみたいで少々後ろめたさを感じました。昔は深夜ミサだったけど最近は相当大きな教会ででもなければせいぜい夜の9時くらいまでに終わってしまうようです。でもキャンドルサービスもあるし、なんかウキウキした良い雰囲気のミサではありました。四ツ谷のイグナチオ教会なんかは、夜11時からの深夜ミサまで何回もミサをやるし、カップルなんかも大勢参加してそれは賑やかでロマンティックなミサのようです。


行った教会は小さな教会なのに外人が多いので驚きました。まわりに居た人はフィリピン人のようでした。ミサで使う日本語なので良くは知らないのでしょう。口数少なく沈黙の祈りを捧げているみたいでした。でも実に心のこもった静かな祈りをしているようで、好感が持てました。アメリカに居た時、同じような思いをしたのものです。英語でのお祈りを知らないので、一緒に祈ることも、それを理解することもできなくて、心の中で日本語で祈ったものです。ある種の孤独感を感じたものですが、むしろ皆と唱和しないことで、”すがすがしさ”を感じられたことを思い出します。


”沈黙の大切さ”もそうですが、自分の祈り”をするってことがとても大切なことのように思います。これは特定の宗教との関係ではなく、「祈り」の本質のような気がします。もっと言うと、宗教とは関係なく、ひとが自分を見つめたりする姿勢そのものであり、それの延長に宗教というようなものが、ひとによっては存在するのではないかと。


クリスマスとは関係のない話になりましたね。まあ、正直、僕にとってのミサは年々味のないものになって行っているようで少々残念なんです。使う言葉や賛美歌なんかも口語体で奥行きがないと言うか、今の時代の求める”分かりやすさ”志向に同調しているのでしょう。祈りというのはやはり非常に個人的な内的世界だと、改めて思いました。そしてその為にはある種の格調の高さとか、気品とか、静謐さとか、儀式性とか・・・ そういうものがあった方が良いことを昔の人は知っていたのではないかと思います。「改革」されて行く多くのことが、どうも理解できない今日この頃です。







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Posted on 2009/12/25 Fri. 17:23    TB: 0    CM: 0

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