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大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの会長と一般社団法人組織・人能力開発研究所の代表理事をしている 大谷光彦のブログです。

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喪失の記憶と15年前の大震災 

今日は阪神淡路大震災の日ですね。朝早く目が覚めてベッドの脇のTVをつけたらちょうど黙祷の2分前でした。思わず起き上がって一緒に黙祷しました。あの日も今朝と同じように寒い朝だったのでしょう。

15年前の今日、僕はサンフランシスコに一人で住んでいました。確か夜の9時か10時だったと思います。冷凍庫に入れていたカレーと茶碗ごと凍らせたご飯をチンして、食べようとCNNをつけたら、どこかの大きな都市が燃えている映像が画面一杯に映っていました。高速道路が横倒しになり、町の至るところから火の手があがっているヘリコブターからの映像で、アナウンサーが一生懸命興奮してしゃべっていました。英語がすぐ頭に入らなかったけれどJapanとEarthquakeと言う言葉はわかりました。咄嗟に東京か名古屋だと思った。家族のことが心配になり自宅に電話したけれども話し中で通じない。何度かけても通じなかった。夜中の12時を過ぎても映像は続いていた。結局Kobeという言葉を拾うまで時間がかかったし、家の電話は朝まで通じなかった。関東や東海ではなく神戸と大地震は結びつかなかった。

あれから15年ですね。あの日に生まれた子供も15歳。もう15年ですか、、、

僕が学生の頃、尾道の生家が大雨による土砂崩れで流されました。僕も弟も大学生で実家にいませんでしたが、家は跡形もなく流されて、周りの家も合わせて7?8軒が土砂に埋まり、両親は奇跡的に助かりましたがその後長く入院していました。9月12日の夜7時12分でした。結局7人の方が亡くなり、飼っていた犬と猫は最後まで見つかりませんでした。尾道に帰って坂の下から見上げた実家一体は、まるでスキーのゲレンデのようで、それは恐ろしい光景でした。家も幼なじみも皆一瞬にして無くなっていました。今でも古いピアノと落書きだらけの壁をよく思い出します。寝るところもなくなってしまってその夜は親戚の家に行くのですが、バスの車窓から見た瀬戸内に沈む夕日と、そのときの心細かった気持ちは今でも忘れません。

あの日も東京から電話してずーっと話し中でした。CNNの映像が東京ではないと分かってからも、実家の災害の記憶がダブってしまって頭が混乱していたのを覚えています。

自然は残酷で、時に何の前触れもなく人々の営みをいとも簡単に破壊してしまいます。でもその中からも新しい命が芽生え、記憶の質が少しずつ変化して、生きていく力に変わっていくのでしょう。

今朝、黙祷しながら、覚醒しない頭の中で、そんな記憶が蘇り、厳粛な気持ちで一日を過ごしました。改めてご冥福をお祈りします。
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Posted on 2010/01/17 Sun. 21:00    TB: 0    CM: 0

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