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大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの会長と一般社団法人組織・人能力開発研究所の代表理事をしている 大谷光彦のブログです。

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お節介文化という考え方 

昨日珍しい光景に遭遇しました。前の日に寝ていないので終日アドレナリン欠乏状態でしたが、あの浮遊感の中で出てくる企画が結構斬新で、かえって得るものの多い一日でした。健康ではないけど健全な一日になりました。


そういう日だから過剰に反応してしまってこれを書いているのであろうと思いますが、帰宅の電車の中のことです。


私がいつも通勤に使う電車は、途中から90度北に上がってしまう路線と合流しているのですが、当然そっち方面に行きたい人は真っすぐ行く電車に乗ってはいけません。昔営業である会社に行ったとき、それを知らないためにまったく違うところに行って大変な遅刻をしてしまったことがあるので、そのことは身にしみてわかっていました。もちろんその時はその電車を使うところに住んでいたわけではありません。


発車を待っているとき、右隣に50代風のサラリーマン男性がイヤホンで音楽を聴きながら夢中に本を読んでいました。そうしたら向いに座っていた中年女性2人が、車両の中の駅名の掲示を見て、「○○駅って書いてあるから大丈夫ね」という会話をしたのです。ここまではこのイベントがあったから覚えている会話で、本来そういう会話を記憶することはまずないような普通の会話でした。


とその時です。右に座っていたその男性が、何やら独り言を言ったと思ったら、突然大きな声で、「○○駅に行かれるんですか?」とその2人に聞いたのです。間に何人か人が立っていたので、少々異様なボリュームでなければ届かない空間ではありましたが、唐突であることは確かです。実はその○○駅はその電車では行かない駅だったのです。その男性は”そこに行きたいのであればこの電車は行かない”ということを教えてあげようとしたのでした。


結局、「いや違うんです。さっき聞かれたのでそう答えたのですが、間違ってなかったって確認したんです」と答えられて、当の男性は結構バツが悪い結末でした。


驚いたのは、この男性の聴力のこと。次にその距離の隔たりをモノともせず、忠告したパワー(あるいは勇気)。

結果は少々空振りだったけど、周囲は尊敬50%、っていう反応。


これでちょっと言いたかったことは、「お節介」ということです。”大阪のおばちゃん”なんかに象徴される”お節介文化”は、歴史のあるソサエティーのひとつの特徴でないかと思っています。下町にはまだ残ってはいるでしょうが、東京、とりわけこういう通勤電車ではみられなくなった文化だと思います。もっと距離が近ければそういう忠告はするでしょうが、この距離感(反対のシートですよ!)ではないですね。(,この男性の行動は間違いなく極端なお節介で、少々「文化」に結びつけるのは強引ではありますが・・)


実は「こころの健康」とこの「お節介」は大いに関係があると思っています。”親切”(お節介と親切は少々異なりますが)をするにはパワーが必要です。見かけでもよいけど「自己肯定」も必要です。自信と言ってもよい。一方リスクもあります。恥もかくかもしれません。だから、元気のないときにはまずできなくなります。さらに親切を受けることにもエネルギーが必要なので、それを避ける本能が働きます。


ところが、だからと言ってお節介を避けているとお節介も親切もできなくなってしまいます。その技術は退化するのです。最初からそのやり方やそれをする効用(親切では実はされる側よりする側の方が気持ちが良い)を知らない人も結構いそうなので、退化すらしない。


皆がそういう状態になると悪循環が起こります。スキルがダウンしてますますできなくなって、実践がないのでまた退化する。される機会もなくなるのですることも無くなる。歩かなくなって、歩く人も見なくなると、皆歩くことを忘れてしまうようなもの。


最近よく「コミュニケーション能力」という言葉が使われます。その力を上げると称するセミナーとかトレーニングがたくさんあります。EAPをやっている人間の感覚を正直に言えば、その根本にあるべき能力は実は「お節介」になれる(そして続けられる)能力ではないかと。もっと言えばお節介をいつも当たり前と感じられる能力(つまり習慣)ではないかと思っています。互いにこれができる社会には「孤独」が少ない。うるさくて手間のかかる濃密な人間関係に溢れている。この”ウザさ”が実は大切なのではないかと思っています。


これは親子の関係や教師と生徒の関係などにも当てはまると思います。日本はもう遅いかもしれないけど、出来ることがない訳でもないでしょう。


会社の中で起こっているメンタルヘルスの問題の原因は、「お節介欠乏症」ではないかと思っています。お節介をしようとすると周りの人間への関心が広がる。された迷惑感もうれしさもわかる。そうすると、どうすると迷惑で、どうするとうれしいのかもわかる。そしてお節介スキルが上がる。


これをトレーニングするって難しい。そもそもトレーニングすることでもないけど・・・ 

でもそういうことも必要な時代になってきたことは間違いないでしょう。



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カテゴリ: 未分類

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Posted on 2010/02/19 Fri. 17:15    TB: 0    CM: 3

この記事に対するコメント

3 ■Re:Re:おせっかいと心の健康

>otani-mさん
料理への言及、さすがです★
料理、というか食生活ってバランスなんです。「これだけ食べればオーケー」なんてもの、ないのです。バランスが大事っていうのは心の健康も同じですよね。やはりこの二つはつながりが大きいと思います。

URL | 綾子★マクロビオティックお食事レッスンin恵比寿♪ #79D/WHSg

2010/02/24 10:13 * 編集 *

2 ■Re:おせっかいと心の健康

コメントどうもです。料理の世界にも同じようなことがあるような気もしますがどうでしょう。食材って体に入っていろんな働きを干渉し合ったりする複雑な関係を持っているような気がします。それでリスクヘッジしていたり・・・

URL | otani-m #79D/WHSg

2010/02/23 22:54 * 編集 *

1 ■おせっかいと心の健康

確かにリンクがありますね。
とても納得する日記でした。
ありがた迷惑にならないことにばかり気を使っていつのまにか必要以上に。長けてしまって、その結果「美しいおせっかい」もすたれてしまったんですね。ありがた迷惑は確かにちょっと・・・でもそれを恐れないで、ということも必要なのかもしれないと感じました。

URL | 綾子★マクロビオティックお食事レッスンin恵比寿♪ #79D/WHSg

2010/02/22 13:12 * 編集 *

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