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大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの会長と一般社団法人組織・人能力開発研究所の代表理事をしている 大谷光彦のブログです。

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無縁社会という言葉に思う 

先日NHKで「無縁社会」というタイトルの番組をやっていました。本能的に嫌な言葉だと思いながらもつい見てしまいました。

無縁という言葉に非常に大げさに何かを表現する嫌らしさを感じます。そしてどこか”何もしてくれない”という受け身の贅沢さを連想します。

本当に無縁というような存在があるでしょうか?ロビンソンクルーソーですら動物と対話したりしていたと思います。本当に一人になるにはレベルの高い意思が必要だと思うのです。「孤高」と言えばまた大げさになりますが、無縁になるには修行が必要かもしれないと思うほどです。

誰か、何かによって生まれた自分です。意思を持たない、受け身なのは生まれた時だけかもしれませんが、それゆえにそこにも縁があります。

何事も単純に言い切るものには必ず嘘が含まれていると思っています。そんな種類の言葉の浅薄な暴力を感じました。

メンタルヘルスのビジネスをしていると、「人」を深く考えます。自己存在の偽善とプリミティブな力の大切さを思います。”社会的動物”である人間の弱さと、そして強さを感じます。自殺によって表現される”したたか”な存在を思います。だから不毛感を感じるのです。

あまり誇張すること自体何かを誤摩化そうとしている自分を感じるので、この文章自体が矛盾していますが、でも、最近、こう言った分かりやすそうで多くをショートカットしてしまう危険な風潮がないですか?

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Posted on 2011/02/15 Tue. 23:20    TB: 0    CM: 0

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