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大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの会長と一般社団法人組織・人能力開発研究所の代表理事をしている 大谷光彦のブログです。

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「絆」が求められるということ 

今年は9日が成人式の休みになったので、正月休みのあとすぐまた3連休がきて、有難いような調子が狂うような出だしになりましたね。

しかもこの土日とも音楽の練習だったので、また明日からまた戦闘モードにしなければならず、余計にそのことを感じています。

ところで去年の漢字(例の清水寺で描くやつ)は投票で「絆」という漢字になりましたよね。震災や原発で家族や友人の大切さが再認識されたのでしょう。

昨年長女が結婚して感じたことですが、家族と言っても実際に生活を一緒にできる時間はそんなに多くはないんだなあ、ということです。子供は少しは大人になったかと思うと家を出てしまうし、自分の親の場合でも僕が上京した後どれだけ一緒にいただろう、この先何回会えるのだろうなどとと思うと、本当にそう感じてしまいます。

そう思うと人間って結局独りで物を考え、独りで行動し、独りで死んでゆく存在なんだなあとつくづく思います。

でも、そう思えば思うほど、家族や友人と一緒にいる時間が重要になり、よりその希少性がその時間の価値を高めてくれる、ということになるのでしょう。

だから逆に定年なんかで夫婦が一緒にいる時間が急に増えると夫婦仲が悪くなるっていう現象も起こります。

そうすると、むしろ「一緒に居られない時間に何をしているか」が重要なのではないかと思い至ります。

最近"work-life-balance"が重要だと言いますよね、特に我がヒューマニーズ社の仕事である職場のメンタルヘルスの世界なんかでは定番の考え方になっています。確かに仕事に充てる時間が多すぎる場合は相当その仕事の質が高くなければメンタルな健康を害すると思います。でも仕事の質が高い(創造的で自己実現ができている状態)場合はそう簡単には言えないことも経験上確かです。

たぶん理想は、いつも充実して周りの人から期待されオリジナリティーのある存在であるという感覚を持って忙しくしている人が、非常に限られた時間だけど(だから?)家族と一緒の時間の質を高めることができる、ってことかもしれないと思います。

つまり、量ではないんですね。仕事も家族との時間も。人間はいつ死ぬかわからない。そしてどんなに長生きできたとしても千年も生きられるわけではない。

この震災の後、今の時間の大切さや、今の時間は当たり前に存在するのではないということが良く言われるようになりました。でも朝から晩まで一緒に居続けられるって言われた家族にとっては結局その時間の価値は下がるのではないでしょうか。

結局楽しい時間も苦しい時間も過ぎ去ってしまうし、時間は常に有限で、またいつ一緒に居られなくなるかもしれないから価値があるのでしょうね。

今の若い人の方がその前の世代よりこう言うことには敏感なような気がします。だから刹那的になる人も多いし、逆に失敗を恐れずに大胆な選択ができる人も多いように思います。

何年かのちに振り返ったとき、今年は大きくいろんなものは変わったと言われる年になるような予感がします。良く変わる人と悪く変わる人の二極化も一段と鮮明になるし、会社も国もそういう白黒がはっきりする時代を迎えたような気がします。

自分のなかに答えがあり、自分のなかに素材がある。そう改めて思っています。
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カテゴリ: プライベートブログ

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Posted on 2012/01/09 Mon. 18:34    TB: 0    CM: 0

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