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大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの会長と一般社団法人組織・人能力開発研究所の代表理事をしている 大谷光彦のブログです。

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林真理子恐るべし 

またブログを書く余裕がなかなかない今日この頃・・・  久しぶりです。

もう2カ月くらい前から時々手に取っている本があります。そういう言い方をするなら、僕の場合常に複数の本をいろんなところに置いていて気分によって読み継ぎをするので、多くの本が無秩序に手に取られて〝読み継がれ”ながら選ばれているに過ぎないのですが。

その本のひとつに林真理子の「正妻」という講談社から出ている新刊本があります。上下2巻あるので結構読み応えがあってなかなか進みませんでした。が、今日はこの本のことを少し書こうと思います。

正妻

これは最後の将軍である第15代将軍「徳川慶喜」の〝正妻”である「一条美賀子」が自分語りをしている本です。
感心するのは林真理子の想像力です。ほとんど前篇が会話です。会話でつないで行こうとすると言葉自体は無から紡ぎだすようなものなので、その会話内容自体はフィクションになります。その会話が行われたその時空を、登場人物に息を吹き込んで生き還らせ、人物から言葉を出させてそのキャッチボールを繰り返して行くことで、ほとんどゼロから作り上げていかなければなりません。しかも登場するのは歴史に実際に存在した(ほとんどは)の人物です。

つまり完全なるフィクション小説かと言えば素材から言ってそうではない。むしろ多くの歴史的資料が存在する人々や時代を描いている。「記録」という史実に基づいた時代背景とそれらの人物の属性を、会話を想像することにより生きた人間として今によみがえらせ、彼らに言葉を出させるっていうことで、むしろ逆説的にノンフィクション性を感じさせている。つまり〝本当さ”を実感させる。こういう歴史小説はそこが難しいけど、小説の力とはそもそもこういうものだったかとも思う。

とにかく凄いイメージ力で舌を巻きます。しかも徳川慶喜やその取り巻きの話は多くの作家が書いてきたと思うのですが、その奥方から見た彼とその時代を書いた本はなかなかないと思います。そして相当踏み込んだ徳川慶喜像を描こうとしている。将軍であり夫である男。その誠意とか愛嬌と、そしてたぶん歴史とか生きることの「理不尽さ」。ちょっと大げさですが(笑)

それと大げさついでに言えば「京都」の文化(権威・美学・衣食住・人等々)の博覧会のようなその内容。さらに言えば京都=公家=女性価値感と言っても良いような徹底した視点。京都や公家が本質的に持っている非原理主義的柔軟さであり、ある種の普遍的価値感(何が結局お得どすか、、的な)とその〝迫力”を余すところなく縦横無尽に活写しているところかなあ。

おそらく林真理子自身の持つ高度な洞察力・人間観察力・透視力のようなものが何の障害もなく展開されている。面目躍如と言ったところでしょうか。彼女のエッセイは読んでいましたがこういう本は初めて読みました。彼女はきっと、格好つけて本当のことを棚に上げて綺麗事で済ますような嘘をそのまま受け入れられないタチで、その感覚を駆使すると世の中のありとあらゆるものが描けるし、筆にする興味の対象になる。だから幅の広い題材で多くの本を出しているのでしょう。正直今までそのあまりの「素」とか「開き直り」に少し抵抗があった作家なのですが、この本は感心しました。こういう人と話すのは怖そうです。好奇心の強さに自分でも抗えない人でもあるのでしょう。林真理子恐るべしですね。

途中でパターンが一緒になってしまい確かに飽きてしまうことがありますが、将軍と天皇、江戸と京、武士と公家、庶民と貴族、さらに言えば組織と個、殿方と女子・・・  枚挙に遑がありませんが時間がある方にお勧めです。

フィクションとは何か、史実っていうのは何かを考えさせられます。そういう本の読み方もあるかと。ある意味究極の娯楽としての読書かも。








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カテゴリ: プライベートブログ

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Posted on 2014/03/16 Sun. 17:28    TB: 0    CM: 0

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