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大谷光彦のブログ

㈱ヒューマニーズの会長と一般社団法人組織・人能力開発研究所の代表理事をしている 大谷光彦のブログです。

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ひとりの日本人が残したもの 

後藤さんの残念なニュースが入ってきましたね。

このところ連日報道されていたニュースですが、このニュースをどう受け止めたらよいのか自分の中で整理がうまくできません。そのことが気になってブログを書いています。

「人道・非人道という軸」や「テロに断じて屈しないという理念」。この2つのことはどう議論しても今回の事を理解するのに何の役にも立たないでしょう。

きっと、「日本としてどう対処していくのが国益にかなうのか?」とか、「なぜ後藤さんは危険を犯してまでイスラム国支配地域に入ったのか?」というようなことを考えなければ今回のことへの気持ちの整理はできないのでしょう。

もし自分にとってかけがえのない人がこういう目に会ったら自分はどうしただろう、どんな気持ちになっただろうか。そういう気持ちがまずあります。そして同時に、安倍首相は何をどの順番で考えて行動していたのだろう、ということも思いました。前者は自分をとても暗い気持ちにさせ、後者は自分を評論家にさせました。

よく「他人ごとだから」と言います。被害者と加害者とそれ以外という区別で言えば他人とは被害者でも加害者でもないということで、その状況であれこれ言うことに少し罪悪感があります。政治家が加害者という論点も今回は相当ずれていますね。

でも「自分ごと」というのは自分にとってはきっと〝ニュース゛ではないんです。なぜなら他人に説明できないからです。

後藤さんの今までの発言がいろいろと紹介されています。戦場の子供たちへの寄り添いという形で平和とか人間への希望を行動で示したという風に感じます。

残念ながら人類の歴史上、戦争が絶えたことはありません。今この時も世界中で殺し合いをしています。にもかかわらず人間という存在に「善」を見ようとする勇気を持ち続けたその力に感服する自分がいます。否、戦争が絶えないから希望を持ち続け得たのかもしれない。

絶えざる「意思」がその行動に繋がったのだとしたら、それに頭(こうべ)を垂れる以外にない。それがどれだけ本物で強かったかという証明ができているようにも思います。それが彼の信仰によって支えられていたとするなら謙虚に宗教の力の大きさを思います。それがどれだけ楽観的であってもです。

イスラムも宗教ですよね。だから宗教の定義を、人間が平和を希求するという希望を信じる力だとするなら、「イスラム国」と「イスラム」は真逆であることを示しています。でもどちらも人間が信じ行動しているもの。宗教とカルトの違いですか?

後藤さんの死は多くの人に、それぞれ違ったメッセージを残したことでしょう。
僕にとっても、彼の死はこれからも記憶に残る強烈な死に方だったと思います。



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カテゴリ: プライベートブログ

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Posted on 2015/02/02 Mon. 23:00    TB: 0    CM: 0

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