FC2ブログ

大谷光彦のブログ

一般社団法人組織・人能力開発研究所の代表理事をしている 大谷光彦のブログです。

06« 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.»08
 

新型コロナと企業研修 

コロナの感染者がまたじわりじわりと増えてきました。最初の波が過ぎたのは間違いのないところですが、「コロナショック」とでも言える「初もの」への恐怖が少し減ってきていることも確かです。人の中には必ず「慣れ」という薬が潜んでいて、どんなショッキングなことでも時間によって耐性ができていくものだからです。

今の世の中を見ていると、コロナが“全く目に見えないところにいる敵”ではなく、“居るところがわかっている敵”になってきた感じがしますね。「正しく恐れる」とは良い言い方をしたもんだと思います。

ながく企業の社員向けのメンタルヘルスの仕事をしてきましたが、この何年かはむしろcareやcureよりprevention(予防)の方に関心が強く働くようになってきていました。

例えば出血しているような時にはまず止血しなければ命に関わる。しかしそれを通り過ぎると、“出血しにくくするにはどうしたら良いか”を考えるようになります。その方が最終的には効率が良いからです。ヒューマニーズの仕事はもちろんメンタルヘルスの予防に向かってどんなサービスができるかを目指していましたが、危険を予知して目に見える被害が起こっていないときに、企業として費用をかけ、直近の不便を承知で、そのためにエネルギーを割くことはなかなか余裕がなければできないものです。

ヒューマニーズの社長を辞めて、少し周辺から物事を見ることができる立場になりました。そして思うことは、この予防そのものを企業に訴えて行ける立場になったという自覚を持てたということです。

3年前に「一般社団法人 組織・人能力開発研究所」という長い名前の法人を設立しました。その名称で企業の従業員の中の、次世代のリーダー候補を対象とした研修を始めました。見かけは「メンタル系」の領域ではありませんが、それはメンタルをもっと大きく、もっと「普通のこと」として捉えるという発想から来ていると言っても良いかもしれません。

つまり、「生き生きと働く」ことが一番メンタルの問題を包括的に遠ざけることになり、その意味では当然「予防」になるというアプローチです。この社団法人で実施しているのは「コア社員」研修と言って、”会社の経営に主体的に関わる自分の意欲と、その意欲を会社の未来の成長に結びつけるだけの能力を会社に認めさせ、それを自分の成長につなげることができる能力にまで高めることができる社員を目指す”というような研修です。うまく言えませんが、自己主体主義とでも言うようなものです。

そんなうまい話があるのかと思いますよね。でもこれは研修によってある種のスキルが身に付いたり知識が身に付くような研修ではないので、もちろんそんなに簡単にそんなことが実現できるわけではありません。

ポイントは「自分の力で考え、自分の言葉で発信し、会社の将来を自分のこととして考え、真摯に課題に向き合い、大真面目にその解決に会社人生をかける」ような姿勢を身につけることを目標にしている研修です。外資系の会社にいた時、「self-driven」という言葉をよく耳にしました。言ってみればそんな社員になって欲しいという研修です。

ヒューマニーズを経営しながら、常に悩んでいたことのひとつに、社員は性善説で考えるのか性悪説で考えるのか、ということがありました。今はこう思っています。組織を無機質な大勢の人の集団だと捉えればそれはあくまで人の行動は性悪説、つまり易きに流れ、エゴに従って行動し、決して会社組織に奉仕するよう「自発的に」動くことはない。別に悪意があるとかという意味ではなく、人の自然で平均的な行動はそのようになると考え、規則を作り、強制的に枠をはめ、組織全体の最適解に向かって統制のとれた行動をとらせる、ということです。軍隊の機能を維持するなどはその典型でしょう。

しかし、もっと少人数、あるいは一握りの幹部社員や経営層を考えた時、やはり一人ひとりの能力が圧倒的に重要であり、マクロ集団の物理法則は適用できないと思うようになりました。多くの社員の平均点を教育や育成によって上げていくのは本当に難しいと思います。ところが少人数の対象に、それらの個性を無視して一定の無機質なルールを課していくのもまた「人的資源」の活かし方としてはどうなのかと思うわけです。いわば性善説です。

今私がいくつかの企業で行っている「コア社員研修」は、言ってみればこの少人数の社員に個別に存在する「少し前向きに生きたいエネルギーの芽」を、肯定的に意識的に自分の力で発展させるきっかけ作りのお手伝いをしようというような研修のつもりです。

実はその姿勢を持ち続けられれば、さっき言ったメンタル的にネガティブになる可能性を少なくし、自分の意識すら客観的に見る視点を持ち、自分の組織の中での位置を鳥瞰することができるということだと思っています。そしてそんな社員は組織に依存ししがみつくのではなく、上司に対してすら寛容になり、組織の課題にも忍耐力を持ち、大きなキャパシティーの中でその解決を図っていけるのではないか、と。会社という組織自体は結局利益を作る個人に歯向かうことはできず、その人間を重用する原理が働くはず。そしてその社員は幹部になり、権限を持ち、自分の意図することをより実現しやすい環境に自分を置ける。たとえ特定の上司に疎んじられ、「出る杭」が」打たれようとしても。

最初にコロナのことを言いましたが、消去法で感染しない方策に逃げ込んでいると、経済的に命が断たれてします。国に補償を皆が求めれば国家が破綻する。「正しく恐れる」は「賢く恐れる」ことであり、それが長期間続くであろう新型コロナと共存しながら結局は勝利する方法なのだと思うわけです。社員が生き生きとすることは免疫とも関係するはずで、その根っこは同じなのではないかと。

私の研修もコロナによって4月と5月はまったくできませんでした。6月から少しずつ、そして7月から開始の運びになった企業が増えてきました。また緊急事態宣言が発令されないことを願いつつ、私の研修の方向性とコロナへの対処の仕方は深いところで根っこが同じテーマでもあると、改めて思っている今日この頃です。
スポンサーサイト



カテゴリ: 社長ブログ

[edit]

Posted on 2020/07/05 Sun. 23:52    TB: 0    CM: 0

自分の中にある差別 〜Black Lives Matter〜 

「Black Lives Matter」というキーワードで人種差別反対のデモが世界に拡がっていますね。アメリカの白人警察官による黒人への過剰な行動による死が原因ですが、アメリカでは今回が初めてではなく何度も起こっている事件です。白人警察の黒人取締行為の過剰さが目立っているのは事実です。

もう25年くらい前の話になりますが、僕がサンフランシスコにいた時にちょっとした差別だと思うようなことを2度ほど経験しました。そうかなあ、と思ったことはもっとあるのですが、どうみてもこれはアジア人に対する差別じゃあないかと思ったことがありました。

最初の記憶は、何度も確認して窓際の良い席を予約したはずなのに、理由が理解できないままそのテーブルに案内されなかったこと。案内役の白人の何とも言えない態度を今も覚えています。高級を自認しているようなレストランのいくつかは、そういう差別をしても許されるという様な空気というか一種の白人文化を持っていたように思います。

もう一つの記憶は、お客さんを後ろに乗せて一流ホテルに行った時のこと。Valet Parkingという、車の鍵をボーイに預けたら彼が駐車場に運んでくれるサービスがありますが、前と後ろに白人の運転する車があったところ、僕を飛び越して後ろの車の方を先に案内されたのです。この時のボーイは黒人でした。

僕はどうみても黒人はないのでこれは非白人への差別です。しかし黒人が差別の主体になることもない訳ではないのです。

公民権法が1964年に制定されても奴隷制度の記憶が底辺にあり、貧困から教育の不平等が生まれ、それは次の世代に継承され易い。黒人だからという優遇制度でもない限り黒人の劣勢は再生産されがち。この背景には特に貧困で教育の低い黒人への刷り込まれた蔑視意識がステレオタイプとして存在しているからだと思います。オバマ前大統領が黒人として初めての大統領になっても修正できなかったハンディキャップが存在するのも事実です。
これは形式的には憲法で保障された平等には直接抵触していない。故に例えばマレーシアのブピプトラ政策のような積極的優遇制度を作らない限りいつまでも続くと思います。しかしアメリカはそれをしない国だと思います。それ自体が平等ではないという論理で。

今回のアメリカの話は黒人の話ですが、僕が体験したのは黄色人種であるアジア人に対しての差別だと思います。そもそも人はなぜ差別をするのか、ということを考えなければならないと思うのです。日本においてもいろんな形で昔からこのような差別は存在しています。世界のどこでも存在しています。豊かになって余裕ができて、教育を受けて、知識ができれば減ると考えられてはいますが、「いじめ」のように形を変えたものやSNSなどによる顔を出さない差別は一段とひどくなっています。最近の女子プロレスラーの自殺やタレントなどへの誹謗中傷という言葉の暴力も同じ根っこの話だと思います。スマホひとつで殺せるので指殺人とも呼ぶみたいですね。

話は少し大げさにはなりますが、猿などの動物を見ていたらわかることですが、自分より劣るものを敢えて探したり、勝てない相手には従順な態度をとって自分の利益を守ることもします。常に自分の位置を確認して、できるだけ上の位置にいると思っていたいという優越志向本能があります。それは動物が生きていく上で自然に備わった能力です。こいつには敵わないと思えば媚を売ったりして自分の存在を否定されないような“保険をかける”ことをするのは人間社会でも存在する処世術です。

「差別」という概念は人間しか持っていません。それは「平等」という概念から導き出されるわけですが、自由とか平等はフランス革命の前にはそもそも存在していない言葉でした。だから奴隷制度も存在した。安倍首相がよく「自由や平等という人類の普遍的価値観を共有する国」というような表現を使いますが、「普遍的」と言って良いのかなと疑わしい気持ちになります。北朝鮮、中国、アフリカや南米の一部の国々など、共産主義・社会主義・独裁主義の国々ではそういう価値観は為政者の邪魔になるので排除されます。そういう意味ではそもそも「普遍」ではなく「我々の価値観」でしかない。だから「内政干渉」と言って拒否されるわけです。
話が逸れましたが、人種差別というのは社会的現象として言うことばで、同じように容姿や障害や貧富や能力や体力などでの差別はそこかしこに存在しています。それを禁ずる法律を作ったら一見目に見えなくなるだけです。それは動物としての人間の本能に根差しているから当然です。

僕は、「だからどうしようもない」と言っている訳ではありません。あたかも差別が「不正義」だからやめろ、と言って済む問題ではないということを前提に、考え行動を起こさなければならないと思っているだけです。

社会現象としての差別には法律というルールで対処する方法があります。それが逆差別になると反対の不平等運動が起こることも避けつつ、極端な事例を防止するという範囲の話になるでしょう。今回のアメリカの警察組織の改編などもそのひとつでしょうし、会社や行政における差別禁止の法律などがこれに該当します。しかしこれも範囲が難しい。例えばLGBTなどの扱いは国によってまだ大きく異なっています。それは国民のコンセンサスが違うからです。

でも一番厄介な問題は、「心の中の差別」です。これはルール上の防止策では対処できないことです。解決が難しい問題ですが、これには教育しかないと思っています。大人に対しては「啓発」ということになり、子供に対しては学校と家庭の「教育」です。

汚い、醜い、貧しい、遅い、喧しい、臭い、生意気、不親切、など無数のネガティブな言葉がありますね。逆に、美しい、賢い、格好い、金持ち、早い、謙虚、優しい、親切、など無数の褒め言葉もあります。発言や対応するとき、人は自然にその事象に対して生理的な心の動きが生じます。あの様にはなりたくない人、あの様になりたいと思う人、その気持ちを否定できませんよね。そのどこまでを差別と言うのでしょう。

中国のウイグル族やミャンマーのロヒンギャへの迫害、トルコのグルド人や多くの国の少数民族への施策。これらは政治的な現象でもありますが、「人の行い」の本質に根差しています。そしてこれらが日本で取り上げられることは殆どありません。
マリアテレサはなぜ聖人と言われるのでしょうか。その当然多くの人が持っている差別意識を超えた奉仕活動と犠牲的な行動ができたと言われているからです。それを可能にしたのは「宗教」です。でも世界中でまさにこの「宗教」の違いによる迫害や戦争が今でも起こっています。

宗教にも「社会的な位置づけ」と「心の中の問題」という2面性を持っています。それは差別の解決方法のひとつでありながら、また差別の原因でもあり、紛争の元でもある。

本当に「人」と「人の作る社会」とそれらの「営み」とそれが生み出す様々な「問題」は簡単なことではありません。必ず両面があります。黒人のやることは全て正しいわけでもない。白人のやることに誠意や自愛がない訳でもない。

人は極端に走ってはいけない。どちらかが正しくてもう一方は常に悪いわけではない。いつも優れているわけではない、いつも間違いばかりではない。
他人を救うことがあれば他人を殺してしまうこともある。

毎日膨大な事件が起き、メディアもその一部しか報道しない。またその情報が常に客観的な事実かどうかもわからない。自分で情報に接し、自分でなるべく公平に考えいてみる。自分にできることは何か。自分が守るべきものは何なのか。

この新型コロナの大変な中での人種差別の問題。大変な日々に人類は直面していますね。僕も4月と5月はほぼ全ての仕事が無くなりました。これを禍とするのは簡単ですが、それでは学びがない。どうこれから何を生み、この体験から何を学ぶか。

自分を見つめる機会にしたいと思っています。

カテゴリ: プライベートブログ

[edit]

Posted on 2020/06/16 Tue. 14:33    TB: 0    CM: 0

コロナ禍と性善説的緊急宣言の朝 

もう何ヶ月もこのブログにアクセスしていませんでした。本当に久しぶりの更新です。
物理的な忙しさもあるけど、やはり生活の中で何かを発信したいという意欲に波があったり、仕事とか環境への刺激と関係するのでしょうね。自分の”心の中の社会性”のようなものなのかもしれない。

ということで、今回の更新はタイトルにも書いたように、昨日出された緊急事態宣言を受けていろいろ考えさせられたことが更新の動機になっていそうです。

企業の幹部社員候補への研修がほとんどこの新型コロナの影響で延期になっています。まあ当然ですよね。この研修は将来の会社を社員の力で良くしようと目論むことが動機になっている研修なので、現在の日々のオペレーションが維持できないような事態になってしまえばそれどころではない。未来は現在の延長にしかないのですから。

日本で今起こっている現象は、医学的な側面より日本人のものの考え方ということで世界の中でもかなり特殊な現象が起こっているという実感があります。それは国民の善意を前提にしている感がとても強いということと、民主主義と言っていてもやはり日本人にとっては「お上」意識がかなり強いということを感じますね。その意味では欧米や中国とは大きく違うような気がします。日本人は強制されたからやったと思われたくない、積極的に自ら協力していると言う人になりたい、なんかそんなことを今更ながら再認識しました。国会で”私権の制限を憂慮する”などと野党議員中心に言っていますが、まあ半分実感のないお芝居じみた発言という感じですよね。

ただし、よくわからないけど、若い人と年配者の考え方の違いとかも結構目立っていて、何をもって日本人というべきか、そのあたりもあまり不用意には言えないかも知れません。こんな会話自体拒否されそうです。

でもこのまま性善説で国民の行動変容(これは研修でよく使う言葉です)が不十分だと、急に性悪説になって本当の強制力を行使するでしょうね。もっと早く強制する施策を実行するべきだったという声や、多くの人からからも「非国民」発言が出てきそうで怖い気もします。やはり集団主義というか同質な国民性というか、そのことの良し悪しも感じます。

しかしこのウィルスはどこから来たのか、これからどう共存できていくのか、次の疫病はどんなものが出てくるのか。
歴史的に見て一番破壊力が大きいのが疫病で、戦争や飢餓よりはるかに怖い。戦後初めて世界がそのことを経験しています。対処するまでにどうしてもある時間が必要で、ある時間が過ぎると人類の科学がそれを抑え込み、また次の災禍が襲ってくる。リスク管理という点で言えば、この疫病と言う禍にこんな規模では長く晒されていかったという気がします。ましてやこれが人工的に作られたものだとすれば、その恐さはウイルスそのものではなく「人間」に向かいますよね。やはり一番怖いのは人類自身かと。ウィルスは生物ではない。人という生物を前提に存在しているという逆説もある。

みんなの心がけで経済的損失も大きく違ってくることでしょう。自分も会社もこの「国難」に対してどれだけ協力し、それから何を学ぶのか。未知への恐怖に対して経験したことのない緊張感を抱いています。人命の損失が少しでも少ないことを祈っています。

カテゴリ: 未分類

[edit]

Posted on 2020/04/08 Wed. 15:37    TB: 0    CM: 0

終戦と親父 〜戦争と体罰とヒューマニティー〜 

今日は終戦記念日ですね。広島生まれの僕にとってこの終戦の日と8月6日の広島への原爆投下の日は子供の頃から少し特別な意味をもつ日でした。それは父親が上官の規律違反の出撃中止命令で命を救われた特攻隊の生き残りであり、原爆投下直後に広島に入った話など幼い頃から何度も聞いていたからです。

僕はもう20年以上前になりますが、広島に原爆を落とした爆撃機「エロナゲイ」が飛び立ったという北マリアナ諸島にある「テニアン島」に行ったことがあります。あのサイパン島のすぐ南です。草茫々の中にその滑走路がありました。日本本土の空襲のためBー29が幾度も飛び立った滑走路です。

父親のことはかなり前にブログにも少し書いたと思いますが、この9月で91歳になる父親は74年前の今日17歳でした。特攻出撃の直前、突然覚悟していた死から解放されその後生き方を見失って茫然自失。結局ドイツ人の神父さんとの出会いで救われ、今深い信仰に支えられて長寿の人生を送っています。

先日帰省したとき、この終戦から広島入りするまでの話をインタビューして録音してきました。もう二度と聞けない話ばかりだと思って。そのとき親父が書いたある記事を見つけ写真をとりました。出撃直前で命を繋いだ話と、教師時代に体罰をしなかったという親父の考えの原点がどこにあったかという話。

平和な今、体罰はいけないと教育現場で当たり前のように言う時代になりましたが、もっと深くその意味を考えさせられる話です。戦争は駄目、二度としない、平和を守る。毎年8月になるとこんな掛け声が巷に溢れます。でも、どうしたら平和が守れるのか、どうしたら戦争をしない日本になるのか。僕たちにできることは何なのか、ひとりひとりがその方法を冷静に考えていかなければ、それは単なる机上の希望の弁にしかなりません。また同じことが繰り返されないと誰が言えるのか。先ほどNHKで二・二六事件のことをやっていました。勇ましさとか思想とか、そういうものの奥にある人間の危なっかしさや、誰の心の中にも宿っている”群れて暴走するエネルギー“など、自分の恐ろしさや脆い優しさなどに思いを致す今日でした。

字が見えにくい写真ですが、できたら読んでみてください。「戦争を知らない子供たち」という歌がありましたね。学生の頃よく歌った反戦歌です。今考えるとあの歌詞は何と浅薄な意味なんだろうと恥ずかしくなります。でもあの歌が歌えるということそのものが、まさしく「戦争を知らない」ということなんだろうと思います。そう、僕はこの文章で、父親を通してもう一度あの戦争のことを考えました。そして同時に一度も父親から殴られたことのない理由もこの記事で初めて知りました。

IMG_2228.jpegIMG_2229.jpegIMG_2230.jpegIMG_2232.jpeg



カテゴリ: プライベートブログ

[edit]

Posted on 2019/08/15 Thu. 22:55    TB: 0    CM: 0

大草原の小さな家 

40年ほど前にTVでやっていた「大草原の小さな家」という番組を知っている人は多いと思います。最近このシリーズをNHKのBSでやっていることを発見しました。昔20代の頃好きでよく見ていましたが、素直に随分上質な番組だなあと思っていました。ただ、一方ではW.A.S.P.(White Anglo-Saxon Protestant)的な基盤の上で展開されるストーリーであり、白人とピューリタンを中心とした価値観から出ていない番組でもあると思っていました。その分少しハスに構えて見ていたかも知れません。若かったからということもあるにしろどこか鼻についていたような記憶があります。
あれから僕もアメリカに住み、白人の奢りや移民の過剰な権利主張、自分に向けられた黄色人種への差別などを経験して、益々この綺麗なストーリーをそのまま受け入れられない少し屈折した感情も持つようになっていたと思います。

しかし今、少し歳を重ねた自分がこの番組を見ていると、この原作者が伝えたかった価値観(清貧、勤勉、謙虚、倫理、努力、ひたむきさ、他人への思いやり、学問に対する敬意、罪を憎み人を憎まない性善説等々)がもっとダイレクトに伝わり、とても素直で暖かい気持ちになってきます。
00cc77097bc064c82f5d571fd058f4c1_t.jpg
もちろん今見ても、背景にキリスト教的価値観や白人第一主義という通奏低音が流れています。しかし同時に勤勉で慎ましやかであることを最も尊い価値においていることへの尊敬の念やその価値観の万能性・優越性を感じます。素直に欧米白人キリスト教文化の持っていたレベルの高い民度が伝わってくると言ってもよい。

今トランプがアメリカ人の過半の支持を得ています。背景には白人の過去の栄光へのノスタルジアがあることは間違いがないでしょう。しかし、負け組というコンプレックスを、どこか自分たちの歴史が持っていた清貧さや勤勉さを誇っていた感覚との“すり替え”もあるような気がしています。

せめてWASP的な誇りを取り戻してほしい。そうすると移民への過剰攻撃も“はしたない”と思い、逆に尊敬を受けることになるのではという風にも思うわけです。貧しさを誇って欲しい。移民が貧しさを権利に変えていることを、静かに、そして精神的余裕を持って“いなして”欲しい。

今の白人にもこういう歴史があり、こういう価値観を尊んだ歴史があったことを、教育の中で、政治の中で思い出して欲しい。もう戻れない古き良きアメリカをこの番組で考えてしまいます。

我が日本にも同じことが言えるのでしょうね。日本の古き良き価値観とは何なのでしょうね。

カテゴリ: プライベートブログ

[edit]

Posted on 2019/08/10 Sat. 23:23    TB: 0    CM: 0

懐かしいマレーシアの田舎生活〜ベトナム人向け日本語教育テューターに応募して〜 

先月からベトナム人の日本語教育のテューターボランティアというのをやっていたのが終わりました。日越EPA(ベトナムとの経済連携協定)に基づく看護師と介護福祉士候補者の受入スキームによる来日で、今回がすでに第6陣。5月31日入国の217人(男性31名、女性186名)。彼らは来日前にベトナムで12ヶ月の日本語研修を終了して日本語検定試験の初中級N3(一部はより上級の中級N2)に合格して来日しています。来年の国家試験(介護福祉士は3年の実習後受験)に向けて8月から全国の施設でインターンとして働くことになっています。僕が手伝ったのはその日本での日本語研修です。少し今の国際交流や国家施策という視点で日本に入ってくる外国人の実態を知りたくて参加しました。テューターも倍率が3倍の結構狭き門だった様で、希望者が多いことにも驚きました。
ベトナムイメージ4
印象に残ったのは彼らの真剣さ。家族をベトナムに置いてきた人も多く、名札の裏に写真を入れている。将来のチャンス獲得のために、貯金をして背水の陣で来日しているそのバイタリティー。日本のことを一生懸命好きになろうとしている健気さとか、日本語は難しいということや日本食に苦労している様子とともに何より感じたことは彼らの必死さ。

日本にはもう昔のような右肩上がりの経済発展はないかもしれない。でも昔の日本もそうであったように、ベトナムの未来はこれからという機運や希望や誇りをそのまま纏っている若者達。彼らの生き生きとした熱いまなざしと、たどたどしい日本語と沈黙を恐れるようにまくし立てるその勢いに遠い昔の記憶が重なりました。

1980年代から2000年くらいまでの20年間、途中3年ほどアメリカにいましたが一貫して東南アジア中心に仕事をしていました。当時のベトナムにはまだ日本企業のビジネスチャンスが多くなかったのか、ベトナムを含むいわゆるインドシナ3国には行ったことがありません。でもあの高温多湿で香辛料の匂いの混じった空気、ここかしこにあった熱帯雨林、雨になったらぬかるむ道路、自転車や二輪車が中心の人々の移動手段、スコールとその後の停電、つかの間の涼と雨上がりの虹、、彼らと話していて昔自分が徘徊していた東南アジアのことを思い出しました。どの国も発展して、もうあんな世界ではないでしょうね。遠い夢の国になりました。

どうか日本に来るベトナムの若者のその輝きが長く失われませんように!
どうか日本を嫌いになりませんように!

現在少し関係している市民大学で、今度昔住んでいたマレーシアの話をすることになりました。それで、もう何十年も見たことのない昔懐かしい写真アルバムを引っ張り出していろいろ見ています。どの写真も感光紙の時代で、みな色褪せてしまっていますが走馬灯のように当時の記憶と青春の匂いが蘇ってきます。そのいくつかを紹介します。これらは1982年からのマレーシア滞在6年のうち3年半居た山奥の小さな町「Kuala Kangsar」にあった我が家の庭からの眺めです。
KKHouse_0006.jpg KKHouse_0007.jpg KKHouse_0009.jpg
蛇がしょっちゅう出没するので現地の人のアドバイスで飼っていた蛇避けのグース。つがいでなければ生きていけないほどの見上げたガチョウ夫婦でした。目の前はこんな田舎の小さな町には不似合いながらマレーシアで有名な美しいモスク。空気ボールながら思いっきりできる打ちっ放し。
KKHouse_0011.jpg KKHouse_0010.jpg オースティンマイナー
庭に苗から植えたパパイアは3ヶ月でこんなに大きく身をつけてこの1ヶ月後に大きくなり過ぎた自分の実の重さで倒れました。敷地に入ってきたアルマジロと当時4歳の娘(今なんと40歳!)。隣のマレーシア人の友達と。奥さん専用のオースティンマイナー。おそらく1960年くらいのもの。シフトギアが丸くなっていてなかなか入らなくて何度も立ち往生。この街で日本人の僕たちは何かにつけ注目を集めたものです。





カテゴリ: プライベートブログ

[edit]

Posted on 2019/07/22 Mon. 22:54    TB: 0    CM: 0

「はやぶさ2」を擬人化できる嬉しさと誇り 〜人々の涙の意味を考える〜 

「はやぶさ2」が「りゅうぐう」への2回目のタッチダウンに成功し、地下にある岩石を採取したことに成功したというニュースが今日報道されました。TVで見ている時、JAXAの科学者たちが歓声を挙げるのにはあまり驚きませんでしたが、一般の人が涙を流しながらその成功を喜んでいる姿に少し心が動かされました。そして何年か前に初代「はやぶさ」が地球に帰還して大気圏で炎に包まれるのを見た時の感動をまた思い出しました。

「はやぶさ2」を自分達の大切な子供のように擬人化して感動している人々の愛情を感じます。5年以上真っ暗な宇宙の果てまで孤独な旅を続け、やっと目的地に到達し、健気に目的を果たしたその姿や人知れず孤軍奮闘している“物言わぬ”機械に自分の気持ちを寄り添わせている。すでにそれは機械ではないと。

日本の国力が弱まり、世界に誇れることも少なくなったと感じている多くの日本人が、素直に、しかも健全に喜べるイベントという感じがします。

世の中何でも権利義務で考え、自分の行動を認めてもらいたいというエゴがはびこる今の日本で、“名もなく一途に黙々と地味に努力しているもの”は、もはや機械しかないのかも知れない。物言わぬ機械だからこそ安心して自分の気持ちをそれに乗せることができるのかも知れない。

アメリカのNASAで同じようなことをした時、アメリカ人はこんなに泣くのだろうか?ひょっとしたらこれも日本人の特徴のひとつなのかもしれない。ちょっとそんなことまで考えてしまいました。自信はありませんが、このようなことで涙できるという感情表現がとても日本的で、ひょっとして日本人が世界に誇れる「やさしさ」のひとつであって欲しいなあ、、そんな気にもなりました。

日本人の情緒的「民度」の高さに久しぶりに触れることができたような、そんな一服の清涼剤のような時間でした。
ちょっと考え過ぎですね。そんな風に感じた僕自身、少し疲れているのかも知れないとも思いつつ。
c608c7e6cd749370c35fddc24252dfde_t.jpg はやぶさ2 180728_ryugu2.jpg
(写真はJAXAのHPより拝借)

カテゴリ: プライベートブログ

[edit]

Posted on 2019/07/11 Thu. 23:13    TB: 0    CM: 0

梅雨に想う 

梅雨に想う

また随分筆が止まってしまいました。このブログもたまにしか更新しなくなっています。と言うのも、ヒューマニーズ社の方は事実上卒業したとは言え、社団法人での研修講師やコンサル業務(組織風土改革とか次世代幹部養成塾)も増えてきている上に、他にも結構いろんなことに手を出していて、多動症がまたひどくなってきているからです。少し優先順位をつけて時間の整理をしなければならない状況です。

最近は時間の合間を縫って、ボランティアでベトナム人の看護師と介護福祉士候補生の日本語テューターとか、市民大学のお手伝いとか、はたまたサックスのレッスンとかですが、会社組織でやってきたものと違って、何から何まで自分で考えて準備して行動できる環境になかなか適用できていないようで、時間配分などがうまく行っていないためです。少しずつこの新しい時間の使い方や、自分の情緒に合った力の入れ方などに慣れていかなければならないと思っています。

まあそのことはまた追い追い書こうと思っていますが、今回は今まさに梅雨まっ盛りでもあり、雨について書こうと思います。かなり前のブログにも書いたような気もしますが、私は「雨が嫌いではない」タイプです。「好きです」というには抵抗がありますが、特に文章を書いたり本を読んだりするには圧倒的に雨の方が集中できるし、その空気を楽しむことができます。好きと言えないのはどこかに罪悪感があるような気がするからで、まあ晴れがいいし、その方が健康で明るくて陽性ですよね。

しかし、正直に生きることもとても大切なわけで、そういう自分がいることは確かです。これは子供の頃からそうだったようで、両親が働いていて家に一人でいることが多かったこととも関係すると思いますが、晴れていない方が家にいても不自然でないと言うような気持ちの落ち着きもあったような気がします。

雨の日は空気中の騒音が少なくなるのか、雨だれの音にかき消されるのか、独特の静寂感があります。また植物の緑も生き生きし、自然がアクティブにならなくても許される「内的な」美しさを取り戻す文字通りの“みずみずしさ”に、自分の精神まで地に足が着いたような落ち着きを取り戻します。

学生の頃1ヶ月あまりお世話になった鎌倉の建長寺(この話も昔ブログに書いてあると思います)でも、雨の日はあの素晴らしい庭を見ながらの読書が許され、司馬遼太郎や川端康成などの世界に入って行って、まるでその時代や本の世界の主人公になったような一種の変化(へんげ)感覚を味わったものです。
晴耕雨読とはよくぞ言ったものですね。

マレーシアのジャングルにいた時も、サンフランシスコのアパートから見ていた景色でも、それぞれ「雨の形」は随分と違っていても、大地に振り注ぐ雨粒と雨だれの音に心が洗われた感覚には共通するものがあります。生き物は海から来ただけあって、水との親和性は高いはず。水は命でもあるし、人間にとっても生きる上で決定的に大切なものです。

しかし近年、温暖化の影響で水が昔にはなかったようなレベルで大きな損害を与えることが多くなりました。メガクライシスというのか、恵みを超えて破壊をもたらすケースが多くなっています。僕もちょうど東京の学生だった頃、尾道の実家が土砂崩れで流され、幼馴染を含む周りの人が8人亡くなりました。あれは9月12日で台風の豪雨でしたが、降り続く雨の怖さを身を以て体験しています。幸い両親は命からがら助かりましたが、長く入院していました。あの家があったあたりは今もスキー場のゲレンデのようになっていて、とても住めるところではありません。同じような災害が毎年この時期になるとニュースになります。雨を“愛おしむ”などとんでもない、という話です。

それでも、特に“一人でいる時の雨”は今も好きです。幼児体験であり三つ子の魂なんとかですかね。毎日降る雨に家内は愚痴を言い、満員電車に揺られるサラリーマンにはジメジメと嫌な季節ですが、とりわけこの歳になって思い出す雨には多くの良い思い出があるのも事実です。災害に遭われた方々には本当に申し訳ない気持ちで一杯なのですが、僕にとってはやはりいろんな思い出のある「雨」です。
5e602c7cbcb876486a6207d99f6ae284_t.jpg ad694a03f266ef2b9cec01ee9dbecc9d_t.jpg e02a58cb6ea03cf11d6e4a071fa30fab_t.jpg 98d7f3a428d0b91353eb0ce23c5f7764_t.jpg



カテゴリ: プライベートブログ

[edit]

Posted on 2019/07/08 Mon. 15:46    TB: 0    CM: 0

接木という事業継承を終えて  

世の中もかなり「令和」に適用し、落ち着きを取り戻してきました。一生に一度あるかないかというようなイベントが一段落して一種の「令和疲れ」のような空気もありますが、これからオリンピックに向かってまた全国民が走ることになるのでしょう。「令和」のことは、天皇制や、それを通して「日本」を考える良い機会になったように思います。

ヒューマニーズの社長から会長になり、現場を退いてもう少しで1年になります。経営者はいつか事業継承に踏み出さなければなりませんが、それも体力と気力があるうちに実行しなければ後悔することになります。私もこの数年そう思い実行してきましたが、1年経って会社も新しい体制の下また新たな成長に踏みだしていることを実感しています。

「接木」という言葉がありますが、新しい力を元の幹に継いで元の社員も新しい指導者の下、新たなギアで別の力を発揮しています。この接木はまあうまく行ったとホッとしているところです。http://www.humaneeds.co.jp

この1年はひとつの山を越え、私にとっても新しいペース配分を模索する1年でした。これからこのブログも少し違う立ち位置で書けることもあると感じていますのでまた再開したいと思います。本当に久しぶりのブログですが、今日は少し最近自分がやっていることを書いてみたいと思います。

今は少し前から始めていたコンサルタントや研修に軸足を移しています。自分としては、メンタルヘルスの“社員を守る”から“社員を強くする”ことにシフトしているつもりです。この3年くらい、一般社団法人としてですが、次世代の幹部社員を対象に「考える力・発信する力・活用される力」をテーマに、次の会社を担う人材を養成する企業向けの研修や現場管理職に「ボトムアップ」の風土形成を促す研修をしています。

また市民大学のお手伝いや通訳ボランティアの活動にも少し時間を割き始めています。時間がなかった時にはできなかった世界ですが今までとまったく違う立場に立つことで見えてくる新たな学びがたくさんありそうな気がしています。

また、我流で長くやってきた音楽活動もアクセルをふかして行きたいと思っていますが、並行してサックスの個人レッスンを受け始めています。身についてしまっている自分の欠点を修正し、まだ演奏者としてさらにワクワクできる新しい自分を発見できないかという挑戦です。同時に編曲のための楽典も習っていてそちらにも力を入れていきたいと考えています。これは介護施設などでの演奏に繋がっていて、「音楽の力」、「生演奏」の力の持つ効力感に意を強くする毎日です。

世の中タフな事件が増えています。「平成」は確かに“戦争のない平和な時代”ではありましたが、それで何を得たのか。新しい「令和」の時代にどう対処するべきなのか、人と話しながらそう言う懐疑感に囲まれているような気がします。またいろんなことを感じ、その意味など自分なりに考えて行きたいと思っています。

カテゴリ: 社長ブログ

[edit]

Posted on 2019/05/18 Sat. 13:59    TB: 0    CM: 0

新年明けましておめでとうございます 〜「天皇の世紀」と新元号に思う〜 

新年明けましておめでとうございます。
2019年に入って初めてのブログになります。
昨年はいろいろ盛り沢山のイベントで落ち着かないことが多かったので、今年は少し“内的”な自分を充実させたいと思っています。と言ってまずは“フィジカルから”というアプローチをしたのが失敗(笑)で、インナーマッスルを鍛える体操のし過ぎで正月早々腰を痛めたり孫からうつった風邪などであまり良いスタートではありませんでした。自分ながら単純な思いつきに反省しきり。

今年は元号が変わりますね。天皇の生前退位というのはあまり経験できないことなのでつい考えてしまいます。昔「天皇機関説」というものを法学部の授業で習いましたが、明治の憲法下での天皇の統帥権のようなものと対峙して盛んに論じられたように記憶しています。「人権」と紐づけられて戦後の風潮の中で論じられていましたが、今から思えば現憲法でいうところの「象徴」の方がまだ「機関」より人間的であるように思います。会社でもワンマン社長のことを“天皇みたいだ”ということがありますが、「天皇」という言葉には、そういう意味で違和感を持ったものです。機関より象徴の方がオーガニックな感じがするけど、同時に象徴は抽象概念であり過ぎて何かから逃げているようにも感じますね。

少なくとも日本の「戦後文化」の下では、天皇も人であるということが強調され、メディアでもことさらその人間的な部分が取上げられてきましたが、それが過去への贖罪という以上に、人としての天皇陛下(あるいは皇室)への興味を持つ正当性(というよりそのことに対して何かしら嬉しさを醸し出す方が視聴率を稼げるという感覚?)に裏づけされたものであることは間違いのないところであろうと思います。そうすると結局は人格的な魅力とか立ち振る舞いから受ける“個性”から遊離して話をすることは意味を持たないと言うことになります。

いっとき盛んに論じられた生前退位の是非についても、この「天皇というもの」を日本という国家がどう「機能」として捉えるのかという事と不可分で、このように天皇がすでに”人間としての個性”という情報の中で捉えられるようになった時点でそういう無機質な語感のある「機能」を云々することにまた違和感を覚えたものです。特に海外に住んでいた時に昭和天皇と現天皇(もっと言えば明治天皇まで)をいずれも「エンペラー」と呼ばれる存在として説明しなければならなかったことに難渋したことを思い出します。少なくともあの大佛次郎の“「天皇の世紀」という言葉で語られる日本”にはもう二度とお目にかかれないと言う寂しさがあるのは僕だけでしょうか?

この話は難しいですね。ともあれ、新元号は何となく想像ができる範囲の名前になりそうな気がしますが、昭和・平成・??という“3つの時代を生きた”と言われる人がこんなにも多い長寿社会の一員になることに誇りを持つのか恥ずかしさを感じるのか、、、やや複雑な気持ちで新年を迎えました。内憂外患の多き2019年ですが香り高い良い年になれば良いですね。今年は昨年よりブログを更新するというやや惰性的ながら新たな決意をしておりますので、また皆さん宜しくお願い致します。

IMG_0411.jpg IMG_0493.jpg

カテゴリ: プライベートブログ

[edit]

Posted on 2019/01/07 Mon. 19:53    TB: 0    CM: 0

プロフィール

カテゴリ

カレンダー

リンク

検索フォーム

最新記事

月別アーカイブ

QRコード

RSSリンクの表示